| 連載「少林寺の秘話」 |
| 24.捶譜堂にある泥人形の意味 後編
十番目は「基本功」を苦しみながら練習することです。少林寺の僧侶が行う基本功は非常に多いのですが、七十二あると言われており、内功や外功、硬功、軽功、気功などに分かれています。最も基本的なものには、梅花チュン、沙包功、上岳功、龍遊功、臥虎功、および帖壁功、吊臂功(ちょうひこう)、ホウ立磚(ほうりつせん)、ソウ滑板、插沙功(そうさこう)などがあります。どんな基本功であれ、長期間練習し続けさえすれば、おのずとマスターできます。
十一番目は「十三棍僧、唐王を救う」この泥人形は、善護和尚や?宗沙弥など十三人の少林寺の僧侶は、夜に洛陽に入り、王城の監獄に捕われていた唐王「李世民(り・せいみん)」を救出した故事にもとづいて作られたものです。僧侶達は東門を破った後、王世充(おう・せいじゅう)が兵を引き連れて追いかけて来た時に、十三人の棍棒を持った僧兵が応戦しつつも危険が差し迫ってきたその時に、秦叔宝(しん・しゅくほう)が兵士と共に駆けつけて、敵を殺した場面が再現されています。
十二番目「小山和尚挂元帥」明朝の嘉靖(かせい)年間、中国の東南沿海は倭寇(わこう=日本や朝鮮の海賊)によって悩まされていました。少林寺第二十四代住持の小山書禅師は、嘉靖(かせい)皇帝や明の世宗に命じられて、元帥となり、僧兵を引き連れて東南沿海の倭寇退治にでかけたのです。この泥人形は、小山和尚が僧兵を連れて少林寺の山門を出発する光景を表現したものです。
現在、少林寺の山門の外には、当時小山和尚が元帥に任命されたときの、「帥」の字がある旗を立てた、一対の石が残されています。その事を知る人は、一対の石を見るたびに、小山書禅師と、禅師が当時元帥に任命されて寺を去るときの威厳に満ちた勇ましい光景のことをすぐに思いだします。この泥人形は、まさに、そのときの光景を再現したものなのです。
十三番目は「月空和尚の倭寇退治」です。これは嘉靖(かせい)年間の初めに、小山和尚が元帥に任命される前に、少林寺の高僧である「坦然和尚」は、?州都督(びんしゅう・ととく)の「万表」による、救援を求める書状を受け取りました。そこで「坦然和尚」は弟子の月空を派遣したのですが、月空は「月忠、玉田、一舟、太虚、性空、古泉、大用、古峰、了心」など、三十二名の武僧を引き連れて、倭寇退治に赴き、今の福建省の泉州で倭寇を退治しました。この十三番目の泥人形は、月空をはじめとする武僧達が、泉州で倭寇を退治した時の戦闘を再現したものです。
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