| 連載「少林寺の秘話」 |
| 28.日本人僧「邵元(しょうげん)」法師とヤドリギの物語 後編
「邵元(しょうげん)」は続けて、「兄弟子よ、日本と中国は“一衣帯水”というごとく、地理的に非常に近い関係です。両国の友情は、ヤドリギと柏の木のように互いに協力し、互いに発展しあって、永遠に変わらないものであるべきではありませんか?」と言います。 「息庵和尚」はその答えを聞くや、「邵元(しょうげん)」の話の道理をたちどころに理解し、びっくりして「ああ!」と言った後に、「師は、いつも君のことを、先の事まで良く考えており、広い心の持ち主だとおっしゃっていたが、本当にその通りだ。」と話を続けました。 二人の兄弟弟子は、話をしながら洛陽に向かう道を歩いていました。途中、十八盆という美しい山道にさしかかります。これは、十八個の曲がった山道と言う意味で、道路の状況がよくないので、車で行くとけっこう大変な道です。二人は、その山道を歩いていたとき、「邵元(しょうげん)」は少し先を歩いていました。そのとき、狭い山道の、少し下のところから子牛のような大きい豹が現れました。1回飛んだら、何メートルも跳躍できるようなその豹が、「邵元(しょうげん)」に向かって飛びかかってきます。「邵元(しょうげん)」は驚いて倒れてしまったのですが、「息庵和尚」はその様子を見て危険だと思い、大きい石を両手で持ち上げて、豹に向かって投げつけました。豹は「息庵和尚」の姿を見て、すぐに逃げました。 「息庵和尚」は「邵元(しょうげん)」を助け起こしましたが、「邵元(しょうげん)」は顔面蒼白となって、心臓はどきどきが止まらないし、両足も震えが止まりません。どうやっても、立ち上がれなかったのですが、しばらくして何とか歩けるようになり、「息庵和尚」の肩に手を置いて、ゆっくり山を下りていきました。やっと山のふもとに下りてきたとき、「邵元(しょうげん)」の心臓のドキドキもおさまってきたので、「兄弟子、私達は先ほど見た木のように、互いに助け合い、また一方に頼りました。これは、日中両国の兄弟のような友情が永遠に続くことの表れではないでしょうか?」と言いました。 「息庵和尚」も笑いながら「本当にそうだね。そうだね」と言ったのでした。 その年の七月十五日、二人の師であり、管長でもある「菊庵照公」和尚は、病気ではなく、突然亡くなられます。その後に「息庵和尚」が管長になったのですが、兄弟弟子達はみな「邵元(しょうげん)」に追悼文を書くよう勧めたので、「邵元(しょうげん)」は亡き師のために筆を取り、塔の銘を書きました。 「息庵和尚」が管長になったとき、「邵元(しょうげん)」は管長の次に位が高い僧侶になりました。「邵元(しょうげん)」は昇格した後、「古源」という法号を自ら名乗ります。「邵元(しょうげん)」は50歳近くなった時、帰国したいということを兄弟子、つまり「息庵和尚」に申し出ました。管長の「息庵和尚」は別れを惜しんで、100キロ以上見送り、合掌して別れました。 このヤドリギと柏の木は、互いによりそい、助け合う、日中友好の証とも言えるでしょう。 |