連載「ひとつの心・面白い話」

【静かなお祝い】2008.10.14

ある日の夜、私は家族のために晩御飯の用意をしていると、隣の部屋のテレビが突然消えました。 子供たちがいつものように騒ぐのかなと思っていましたが、いつの間にか隣の部屋が静かになりました。
すると突然、目覚ましが鳴り、音楽も鳴り、6人の子供たちが部屋から一斉に出てきて、 私に「母さん、誕生日おめでとう」と言いにきました。
とても素敵なプレゼントと思い、涙がポロポロ出てきて感動してしまいました。
私は子供たちに「安らかな誕生日をありがとう」と感謝の気持ちで言いました。



【配慮を受けた人生】2008.07.29

私が作家になれたのは高校時代の担任の先生のお陰でした。
私は、高校二年の時に学校の処分を受けるほどの劣等生でした。殆どの先生は私を見放していました。 しかし、担任の王先生は私に手作り料理までご馳走してくれ、 また、彼は代行で国語のレッスンをしてくれました。 さらに、「僕は50年教えています。あなたは将来絶対成功する学生だ」と時々励ましてくれました。 先生はすごく優しかったので、私はもう悪戯事が出来なくなり、真面目に勉強しました。
卒業の日、私は王先生に「どうして私を救ってくれたのか」とたずねました。 王先生は、「人への配慮は無限大の力になる。僕は学生の頃、貴方と同じ劣等生だったが、 一人のやさしい先生に救われて、先生になった」と微笑んで答えてくれた。



【ヤモリの愛情】2008.06.24

これは実話である。とある日本人が家を建て直そうと古い家を壊した際、壁に針付けにされているヤモリがいた。このヤモリ十年も動くことは出来なかったのに、何故生きているのかがとても不思議だった。
その時、もう一匹のヤモリが食べ物をくわえてきた。 なるほど。このヤモリはもう一匹のヤモリへ愛があり、十年間食べ物をくわえて持ち運び、動けないヤモリに与え続けていた。 二匹のヤモリは夫婦か兄弟か親子かわからないけれど、とにかくこの愛の力に感動させられた。



【価値の標準】2008.05.11

 ある人は、大理石の彫像を持って美術品収集家のところに売りに行った。収集家は高い値段を出してその彫像を買った。
彼は、お金を握りながら「お金がさえあれば良い生活ができる…」とぶつぶつ口ずさみながら喜んで帰っていく彼の心には、「ただの彫像なのに、何故こんなにもお金を出して買う人が居るのか」と思っていた。
 一方、お金を惜しむことなく出した収集家は「この彫像はイキイキしていて、とても素晴らしい作品である。何故こんな素晴らしい作品を手放し、お金を欲しい人がいるのか」と不思議に思っていた。
 この物語は、人生の目的による人間の価値観の違いや感受性の違いなどを教えてくれている。



【安全は大事な事である】2008.05.04

 ある大手企業は社長専用の運転手を募集していた。三回のテクニックテストを行なった結果から四人の応募者を残した。その中1人を採用する予定だった。
  社長は、4人の応募者に以下の質問をした。「ある日、貴方が運転した車の目の前に突然断崖絶壁が現われた時、どこで車を止めるか?」と。

1人目の応募者は、
「断崖絶壁から30センチのところで停めるか…もっと近くでも停める事が出来る」と答えた。
2人目の応募者は、
「社長に危険がない場合、断崖絶壁のぎりぎりのところまで停める事が出来る」と答えた。
3人目の元軍人である応募者は、
「社長の命令に従い、指令されたところで車を停める」と答えた。
4人目の応募者は、
「社長がどこで車を停めろと言うか解らないが、断崖絶壁から遠いところで車を停めた方がいいと思う。
なぜならば、断崖絶壁の近くで停まると危ないと思うから」と答えた。
 この物語は社長に好まれるためには、社長の心を分からなければならない事を我々に教えてくれている。



【生命に花を開く】2008.04.21

 ある日、某会社の社長は、事故に遭い植物人間になってしまった。
社長は、いつも社員達に優しくしていたので、皆はお見舞いに行き、社長の快復を祈った。 また、医者のアドバイス通りに常に寝ている社長に話しかけていた。
 しばらく経った頃から、社長は表情を表せるようになり、顔色が良くなり、一年後には歩けるように・・・、 それから一年半の後、会社に出勤できるようになった。
 この物語は生命を維持するよりも同情や思いやりの気持ちの方がずっと多い。
これらの愛を必要がある人に捧げる事によって、生命に花を咲かせるということを教えてくれた。



【責任】2008.04.17

 1920年、11歳の男の子はアメリカでサッカーをやっていた時、隣人の家の窓ガラスを割ってしまった。 隣人は12.5ドルの賠償を求めた。
当時、12.5ドルは125匹の鶏を買える程の価値であり、すごい額だった。
 男の子はお金がなくて賠償ができないと父に謝ったが、父親は12.5ドルを男の子に貸し、一年後私に返してと答えた。
これから、男の子は半年間苦労してアルバイトをして、やっとの思いで12.5ドルを
父親に返すことが出来た。
 この男の子は、まさにアメリカの大統領リンカーンである。
彼はこの事から自分の間違えに対して自分自身で、責任を取らなければならない事を学べたと言ったという。



【草と水稲の苗】2008.04.11

 昔、孔子は東へ行き、誰もいない畑に置いてあった農具を見て、鋤を持ち、水稲の苗の周りを一所懸命すくった。
 暫く立ってから、農夫が戻ってきて怒った。
「何故、私の水稲の苗をすくったのか?」と孔子に尋ねた。
孔子は苗を指しながら、
「ほら、私がすくったのは草だけである」と答えた。
農夫は更に怒り、
「私が植えたのは馬に与える飼育草である」と言った。
 孔子は驚きのあまり呆然とした。
 この物語は我々に本当の事情がわからないのに、他人を助けると逆に迷惑をかけることになるかもしれない事を教えてくれた。



【幸福】2008.04.07

 イギリスに、ある美少女がいました。彼女は良い生活をしたいので、ひとりのお金持ちと結婚をしました。
この商人の青年は、彼女のお爺さんと同じでお金を稼ぐことしか考えていない人でした。
新婚の当初、彼女は贅沢な生活を続けていたが、暫くたつと心は段々空しくなっていった。
豪華な宮殿、ゴージャスなパーティには興味が無くなり、終日一人で寂しく泣いていた。
 その後、彼女に友達は「貴方は若いし、綺麗だし、きっと幸せに暮らしているでしょう?」と聞いた。
彼女は「そんなことはないわ、私達は合わない。」と答えた。
友達は「二人で同じ行動をしたことがないの?」と聞いた。
彼女は「あるよ。火事の時、一緒に逃げたことがある。」と答えた。
 この物語は、お金を持っていても決して幸せになれるわけでは無い。本当の幸せは欲望からは生み出されない。 互いに通じ合う関係になければならない事を教えてくれた。



【すべての果実はかつて華だった】2008.04.02

 あるお坊さんは、よく辛酸をなめて老人を軽視していた。
 ある日、彼は師匠と一緒に外出した。彼は、一輪花を摘み取って、師匠にこう言った。

『我々若者は、この花と同じ生命力があるが、老人には、生命力が無い。』と言った。

 師匠は、しばらく黙ってそのまま歩いていた。そして、林を通った時、一つの胡桃を摘み取り若者にこう言った。

『もし貴方が、花だったら、私は、この胡桃である。花は、生命を花びらを開き外に向かって咲くことがすきだが、果実は、生命を種の中に植えているのがすきである。』と言った。

若いお坊さんは、
『もし花が無ければ、果実もない。』と反発した。

 師匠は、大笑いして
『確かに果実は、すべて花からだけど、すべての花は、果実になれるわけではない。』と答えた。

 この物語は、我々に、すべての花が、果実になるわけではなく、努力して一所懸命頑張る人しか果実となれないことを教えてくれた。



【一番好きなパン】2008.03.31

 あるカップルは、自分達の結婚50周年記念の祝賀パーティを行なった。
二人は、お祝いに来てくれた親戚や友達と歓談に忙しく、パーティーでは何も食べなかった。
パーティが、終わってから急いで帰って、自家製のパンを食べることにした。

そして、旦那さんは、手作りのパンを出して、一番後ろの方を切って、奥さんに渡した。
 奥さんは、いきなり怒って、『50年間貴方は、ずっとパンの後ろの方しか私に食べさせなかった! 私の好みをあなたは、全然解かっていない。』と言い張った。
 旦那さんは、びっくりして黙っていた。
 暫くたってから旦那さんは、奥さんに
『私が、一番好きなところは、まさに後ろの方である。』と言った。
 この物語は、自分が一番好きなものを一番好きな人にプレゼントするのは、愛であることを。



【才能】2008.03.23

 ある日、お婆さんが古い一冊の作文を持ち、バルザックに
「貴方は、この作文を書いた子供が作家になる才能を持っているか」と尋ねた。

バルザックは作文を見て、
「この子にはあまり才能が無く、大作家にはなれないかもしれない」と応えた。

 お婆さんはバルザックの話を聞き、大笑いしながら
「この作文は、貴方が三十年前に書いた作文であり、忘れてしまったの?」と言った。

 この物語は、人にとって才能があるかどうかが大切ではなく、沢山の人達は、努力で成功した事を伝えたかった。



【"貴方はだめ"という否定の言葉は、使わない】2008.03.14

  アメリカ、有名な野球チームのトミー監督は、絶不調の選手に対して、どういう態度をとるのか?
昔ある選手が
『どうして私を出場させないのか?』とトミー監督に聞いた。
トミー監督は、今、出場させているのはすべて本チームの最優秀な選手だが、
明日になれば、あなたの番だと答えた。
トミー監督は、もし選手に「君はダメだ」という言葉を使ったならば、
相手の自尊心が損なわれ、自信を失う可能性がある。
 この物語は我々に自信というものが人にとって、とても大事なものであり、
叱るよりも褒める事の方が大事なことを教えてくれた。


【自尊は,連城の壁である】2008.02.27

 ニューヨークで成功している商人は、ある日街角でボロボロの
服を着たセールスマンが、鉛筆を売っているのを見ました。
商人は、一元$を出し、セールスマンに渡し去っていきました。
しかし商人は、自分の行動が良くなかったと思い直し、再びセールスマンのところへ戻り、
先ほど鉛筆を受け取る事を忘れたので、受け取りに戻ったと言いました。
また、自分も商人であることをセールスマンに伝えました。
 数ヶ月後、あるパーティーで身なりがきちんとしている商人が、ニューヨークの商人の元へ行き、
『貴方は、私を覚えていないでしょうが、私は、あなたのことをずっと覚えていました。
貴方は、最初私に会った時、私の身なりを見て、ただ鉛筆を売っている乞食だと思ったのでしょう。
そのあと貴方が、また私のところに戻ってきた時、貴方も商人であると教えてくれました。
その時、私は、貴方と同じ商人であるのに、自分は、ずっと乞食のようなボロボロな服を着て
商売をしていたことにきずかせてくれました。
自分自身をどう扱っているのか?
当時の私は、貧乏で当たり前、成功しない商人であることを自ら見せていたという事に気付いたのです。
貴方は、私に自尊心を教えてくれた恩人です。
今の商人としての成功は、貴方とであったからです。
ずっとお礼を言いたかった。ありがとうございます。』
 そう言って自信たっぷりに嬉しそうに話しました。
その姿は、以前街角であった鉛筆を売っていたセールスマンとは、まるで別人のようでした。

このエピソードは、ニューヨーク商人のどんな人に対しても相手を尊敬し正しい行いをすることが、
どんな人の中にもある成功、自信、可能性を引き出したということです。


【フランクリンのレッスン】2008.01.22

 フランクリンは、アメリカの有名な政治家、科学者であり、
独立宣言起草委員の1人でした。
彼は、アメリカ建国の時、アメリカの父と呼ばれていました。
 ある日、彼が先輩の家を訪ねたとき、入り口は、小さく低かったので、
案の定、頭をぶつけました。すると先輩は、フランクリンに、
「痛かっただろう?人生はいつも頭を下げ、謙虚にならなくてはいけない。
これが貴方にとって、今日の一番の収穫である。」と言いました。
 その日から、フランクリンは、どんな時でも頭を下げ、
謙虚であることを大事にしました。


【リンカンとの会話】2007.12.20

 昔、一人の若い兵士は、リンカンと会話した。
二人は、戦争の難しさと敵を撃つための武器の種類について話した。
 若い兵士は、戦争に勝つにはどうしたらいいかを聞きたくてリンカンの答えを待ちきれなかった。 リンカンは、長い日々敵との境界線に立って領地を守っていたが、ある時、やっと敵に勝つ方法が分かったと言っていたからだ。
若い兵士は、「どんな方法だったの?」と聞いた。
リンカンは、「とても簡単なことだよ、敵が友になれば。」と答えた。


【地面に出来た穴】2007.12.06

 工場前の道路に大きな穴ができた。晴れの日、運転手は穴の存在を見つけ、避けて通ったので無事だった。雨の日、その穴には大量の水が溜まり溢れかえっていた。穴の存在に気付けなかった運転手は、まるで落とし穴に、はまるように落ちてしまった。
 その時、工場の警備員王様は、何時間も板とシャベルを持って、運転手を助けた。多くの運転手達は王様に感謝し、粗品やプレゼントを持ってきたが、王様は全て拒否した。
そして、とある運転手が感謝の文面を綴り、工場長へと送った。王様は工場の模範となった。
王様は鼓舞され、一人で穴を埋めた。
 その後、穴に落ちた運転手がいなくなった。


【アメリカ文化】2007.12.03

 在米中国留学生黄様はある日、アメリカロサンゼルスのバスに乗った時、
とあるアメリカ老人に席を譲った。
しかし、アメリカ老人は突然、怒った。
「私は男であり、女ではない、どうして私に席を譲ったのか?」
とアメリカ老人は黄様に訪ねた。
「貴方は女性ではないが、お年寄りだから席を譲ったよ」
と黄様は答えた。
 すると老人は更に怒り、「私はそんなに老けているの?」
と叫び、バスから下車した。途中、黄様に貴方は中国人でしょう。
中国文化は、お年寄りを尊敬する文化があるでしょう。
 この物語からアメリカ老人は、自分が苦労してでも他人に老人と扱いされたくない。
これがアメリカ文化である。


【耐性】2007.11.25

 ある著名なマラソンのコーチは、インタビューをされた時、一つの物語を述べた。
 昔、コーチは、新しいマラソン選手を育てたいと思い、1人の男の子に興味を持った。そしてその男の子に、『明日僕に電話一本してください。』と言った。
 翌日、一回目の電話は、六回しかならなかった。二回目の電話は、七回しかならなかった。三回目の電話になった時、コーチは、電話に出て、『前二回の電話は、貴方からの電話ですか?』と彼に聞いた。彼は、『そうです。』と答えた。
 コーチは、彼の答えを聞いてがっかりして、この男の子を採用しないことにした。 コーチは、『普通、電話は、十五回になったら切るものである。しかし、彼は、一回目と二回目の電話を途中で切ってしまったから、彼は、忍耐が、足りない人であることが分かった。』と言った。前二回、先生は、彼の性格を測るため、わざと電話に出ないことにした。
 コーチは、『マラソン選手にとっては、忍耐と耐性がとても重要なものである。彼には、忍耐と耐性がない。』と言った。
 耐性は、マラソン選手にとって重要だけでなく、人生にとっても必要な物である。
成功とは、忍耐の総和であり、偉人には耐性がある。


【黒板の解剖図】2007.11.14

生理学の授業が始まった日から、黒板に人体の解剖図が掛けられた。図には人体の骨格筋の名前が書いてあった。学期が終わるまで、先生は解剖図に関して、何の説明もなかった。テスト前、突然解剖図は無くなっていた。そして黒板には人体の骨格筋の名前と部位を述べなさいと書いてあった。
 クラスメイト達は、我々はこの勉強をしたことがないと抗議した。
 先生は、それは理由にはならず、数ヶ月前から既に解剖図は掛けてあったと応えた。我々は適当に回答を書いて出した。先生はチェックした後、質問紙を破ってしまった。勉強とは、ただ人から教わるものだけを言うものではないということを忘れないでください。と言いました。


【誰が一番苦痛であるの?】2007.08.09

 古代のインドに一つの物語がある。ある日、菩薩は人間の苦しみを解消するために、人間の中で自分が一番苦痛だと思っている100人を選んで、自分の苦痛を紙に書いてもらって、お互いに交換させた。100人は他人の紙をみて、驚いてすぐに自分の紙を奪って取り戻した。
 人の人生と人生観が同じものではなくて、苦痛も違うである。また、他人の苦痛が分かれば、自分の苦痛より大きくと思うようになり、自分の苦痛は小さいと思うようになる。しかし、何故人間はいつも自分の苦痛が一番と思うのが?これが、人間の嫉妬である。


【リンカンのユーモア】2007.07.19

 リンカーンはアメリカで一番ユーモアな大統領と言われています。ある日、一人の部下がリンカーンに電話してこのように言いました。「税務担当が居なくなったばかりなので、私に税務担当をやらせてもらえませんか?」リンカーンは「もし葬式場が許せば私も許しましょう。」と答えた。
 ある日、リンカーンは公衆面前で講演した時、一人の聴衆がジョークを書いた一枚の紙をリンカーンに渡した。リンカーンは紙を見ながら、「私はよく内容は書いてあるが、名前を書いていない匿名の手紙を貰います。しかし、先ほどお客様が渡してくれた手紙は逆に内容を書いておらず、名前だけを書いてくれました。」


【ベートーヴェンの運命】2007.07.12

 ベートーヴェンは彼女と別れた後、毎日落ち込んでとても切ない日々だった。ある日、彼の耳が聞こえなくなった。音楽家として耳が聞こえなくなってしまったら、人生の全てを失ったのと同じことである。沢山の有名な医者に見てもらったが、誰も彼の耳を治せなかった。彼は絶望しそうだった。
 ある日、彼は自分が「今こそ運命と戦う必要ある」と思うようになった。決心した後、彼は全ての社交、接待、演出を止めて、作曲に没頭した。
 二年の間に、卓越な作品を作り出して、世界でも有名な優れた作曲家になった。
 この物語は我々に、偉人は必ず意志が強い人であることを教えてくれた。


【馬と犬】2007.07.06

一つの農場に馬と犬がいた。ある日、馬と犬が各自の功績を議論し始めた。
 犬は「我々は昼間に牧場で役畜を守り、夜農場を守る。貴方達はトレーラーと田を耕す以外は何も出来ない。やはり犬の方が偉い」と言っていた。
馬は負けずに「貴方の言っていることは正しいけれど、もし馬が田を耕さなければ、犬は農場でやることがなくなるよ」と反発した。
 この物語は功績を評価する時に、他人の功績を評価しなければならないことを私たちに教えてくれた。



【フランクリンのレッスン】2007.06.21

 フランクリンはアメリカで有名な政治家、科学者及び独立宣言の創始者であった。アメリカの父と言われている。
 ある日、彼が先輩のところに尋ねて行った。小さいドアから入ろうとした彼は、ドアが低くて、頭を強く打った。
 迎えに出て来た先輩は彼に、
 頭がぶつかったことが、今日の最大の収穫であったようだね。もし平穏無事に生きていきたかったら、いつでも頭を下げなければならない、これがあなたに教えたいことである、と告げた。
 それから、フランクリンの心には謙虚という言葉が刻み込まれた。
 この逸話は、我々に謙虚な人は傲慢な人よりも成功できるはずだと教えてくれる。


【成功の心理状態】2007.06.18

 大昔、二人の友が十年間共に学び、一緒に受験のため上京した。受験会場へ行く途中でお葬式に遭った。その時、一人は、受験当日なのにお葬式に遭うとは、縁起が悪いことだ、受からないかもしれないと思い、沈んだ気持ちで試験を受けた。結果は予想通りで不合格だった。
 もう一人は、棺は官に通じる、いい予兆ではないか、今日はきっと受かると思いながら、機嫌よく受験に臨んだ。そして本当に合格した。
 二人は里帰りすると、周りの人に、自分の直感が霊験あらたかだったと語った。
 この諺が我々に教えてくれることは、成功の機会は皆に平等に与えられており、物事の捉え方と、心理状態が積極的か消極的かで、結果が違ってくるということである。


【傘】2007.06.07

 後悔の想い出がない人が、あるだろうか。私のこの思いは、何十年が過ぎても、心から消えることはない。
 三十年前のある大雨の日、新聞配達の少年がひとり、我が家の前に立っていた。雨はたいそう激しく、彼は新聞を濡らさないように抱えて、雨宿りをしていた。
 彼に傘を貸したいと思ったが、返してくれないかもしれない。私は家にある傘の中から、古く破れた傘を選んで彼に貸した。
 翌朝、その子が傘を返しに来た。傘をさした瞬間に、私が目にしたものは、ほころびのない綺麗な傘だった。彼は、私の壊れた傘を直してくれていた。「ありがとう・・・」を言いながら、私は涙をこぼしていた。


【ブッシュは原稿を破り捨てた】2007.06.01

昔、アメリカ元大統領ブッシュは、ハンガリーを訪問し、国会広場の前で公開講演をする予定になっていました。しかし、ブッシュ元大統領が飛行機を降りた瞬間、大勢の人々が大雨の中傘をさして、自分の講演を待っている光景が目に飛び込んできました。すると、ブッシュ元大統領は、待っている人々ができるだけ雨に降られないように、すぐに講演の原稿を破って、即興的に講演をしました。短い講演を終えると、嵐のような拍手を貰いました。 このストーリーは我々に、状況によって変えることが必要だと教えてくれました。ブッシュ元大統領は、このような思いやりの行動で人々の支持を得ることができました。他人のためを思えば、またさらに他人も見返りをしてくれるのです。

【リンカーンとダグラス】2007.05.24

 ある日、アメリカ大統領リンカーンは宴会に行きました。宴会にはダグラスという人物が来ていて、初めて会った時リンカーンはまだただの店員であったこと、また出身のことを嘲笑しました。最後には、リンカーンは優秀な弁護士のようだ、と皮肉を言いました。それで、その場にいた客達も大笑いしました。すると、リンカーンは言いました。ダグラスさんが言っていることは事実だと。自分は確かに店を経営していたことがあり、綿花と蝋燭とお菓子、ウィスキーなどを販売していた。そして、その時ダグラスさんは私のお得意様でした。だけど、今は私たちの関係は違います。僕はもうその業界を離れたが、ダグラスさんは相変わらずその立場に居ると。
 リンカーンが発言を終えると、大笑いしていた人々はすぐに静かになりました。
 この物語りは我々に、出身が低いことは笑われることではなく、自分の努力で成功すれば尊敬されることを教えてくれました。

【レーニンへ忠告するアメリカ人】2007.05.17

 アメリカ人ハーモはかつて、レーニンに青銅彫像を送りました。その銅像は一匹の猿が<種の起源>という本の上に座り、人類の頭蓋骨をじっと見つめている青銅彫像でした。それはレーニンに、人類が平和と共存を学ばなければ、強い武器が世界文明と自分達人類を壊滅させるだろうと教えるものでした。レーニンはこのプレゼントの意味を理解すると、秘書に、永遠にこの銅像をテーブルの上に置くよう命じました。
 この物語は、一人の商人が政治家に忠告をしようと、ただのささやかなプレゼントで深い内包を伝えたことで、我々に平凡の中で大道を発見するべきことを教えてくれました。

【時機を外さず即決する】2007.05.10

 海外に住むIT業界で有名な中国人王安博士は彼が6歳の時に発生した"あること"で彼の人生を変えたと言った。
 ある日に彼が外で遊んでいて大樹の横を通った時に、上から一匹の小さく可愛い雀が落ちてきた。
彼は雀を持って帰った。玄関に着いた時、突然母が家で動物を飼うのを禁止しているのを思い出した。そして、雀を玄関の前に置いて、母の許可を貰いに入った。暫くしたら、母が彼の哀願を聞き入れ例外的に許可を与えた。王安はとても喜んで玄関に雀を取りに走って行った。しかし、玄関の前には雀の影さえも無く、唯一匹、口を拭いていた黒猫が居た。雀は黒猫に食べられてしまったので、王安はとても悲しかった。
 このことから、彼は一つの教訓を心に銘記した。それが決めたことならば、絶対に優柔不断にならないことであった。
勿論、躊躇すればある程度の間違いは少なくなるが、成功する機会も無くなるということである。


【誠実で王位を得られた】2007.05.03

 昔,賢明で尊敬されている子供が居ない国王がいた。ある日に彼が「これから国内で一人義理の息子を選ぶ」と宣告した。
 集まった子供に一人づつ花の種を配って、一番綺麗な花を植えることができたら、その子供を私の義理の息子にする約束した。
 全ての子供が親から助けてもらって、丁寧に植えている。その中に一人、雄日という子供が、毎日丁寧に感情を込めて、花を植えていたが、十日に過ぎても、一ヶ月に過ぎても、なかなか花が咲かない。
 締め切りの日に、子供達が綺麗な花を持って国王の前に集まった。雄日君が空っぽの盆栽を持って、後ろで泣いていた。国王が見て、彼の前に行って、何故泣いているのを聞いた。そして、雄日君が毎日丁寧に花の面倒見てあげたが、なかなか花が咲かないので、今、悲しんでいると答えた。
 国王が話を聞いて彼の手をあげて、「これがまさに私の義理の息子である。何故ならば、私が配った種が熟して、花が咲けない種であるから」と喜んで叫んだ。
 この物語が我々に詐欺は一時的なものであり、永久に存在はせず、誠実は唯一信頼を得られるものであると教えてくれた


【張良は靴を拾った】2007.04.26

 漢の時代に一人張良という若者がいた。ある日、彼は石橋を通った時、一人老人は自分の草靴を河に投げ込んだのを見た。老人は張良に僕の草靴を拾いなさいと命令した。張良は老人を尊敬するために、拾ってあげた。しかし、老人は拾ってくれた草靴をすぐに再び河に投げ込んで、また張良に拾いなさいと命じた。しかし、張良が嫌がらなく三回連続拾いに行った。
 その後、老人が張良の道徳行為に感動されてって、世に名前を知られている《太公兵法》を彼に伝授した。それから、張良が劉邦の補佐として、入れ知恵をして、一緒に天下を統一した。
 この物語は我々に忍耐と容認が成功するために、欠かせない美徳であり、人の美徳は日常の細かいところで表していると教えてくれた。

【潜在力】2007.04.12

 昔、張様という人がいて、彼はよく一人で夜中に歩いて帰っていたので、とても大胆な人だと言われていました。
 ある日の夜中、彼が普段のように墓地を通って歩いていた。するといきなり彼が「痛い」と叫んで、墓穴に落ちてしまいました。その日の昼間に誰かが路上に穴を開けてしまったのです。そして、彼が一所懸命、墓穴の塀を登って出ようとしたが、やはり墓穴が深くて、最後には疲れきって諦めてしまいました。張様はどうせ出られないから、ここで寝て、明日誰かに助けて求めるしかないと思って寝てしまいました。
 暫くして、彼は「ドン」という大きい音に驚かされて目が覚めました。何時の間にかもう一人酔った男が落ちってしまった。彼は、なるほど、僕一人ではなくて良かったと思っていました。
 酔った男も一所懸命登ろうとしていたが、なかなか成功しなかった。それを見ていた張様は、酔った男に「もう諦めなさい、力の無駄です」と言ってあげました。しかし、酔った男は諦めずに塀を登り続けて、やっと出られた。
 実は誰でも巨大な潜在力を持っていますが、隠されているので、一生発揮できない可能性もあります。しかし、我々は一旦持っている潜在力を発揮したのなら、あらゆる困難に打ち勝つことが出来るでしょう。
 
【運命】2007.04.05

 一人禅の師匠がよく皆と運命の話をしていた。一人の聴衆が運命を信じて、毎日奇跡が起きるのを待ち望んでいた。彼は運命があるから、全て運命に任せようと思っていた。しかし、日々を経っても、彼の生活は平凡で、相変わらず暗くて貧困であった。彼はこれが自分の運命ではないかと思った。
 彼は疑問を持って師匠のところに尋ねに行った。彼は師匠に「本当に運命があるか?有るとしたら、私の運命はどこにあるの?何故私の運命はこんなに暗くて貧困なのか?」と聞いた。
 師匠は彼の左手の裏を指しながら、「この横の線は愛情線で、斜線は事業線で、立っている線は生命線」と語った。
そして師匠が自分の手をゆっくりと握って、また彼を同じようにさせた。その後、師匠が彼に「このいくつかの線は何処にあるか?」と聞いた。
彼は自分の手にあるよと答えた。
師匠は「それでは運命は何処にあるの?」ともう一度彼に聞いた。
彼は、運命は自分の手が握っているではないか?自分が馬鹿だったではないかと悟った。
それから、彼は自分の行動で運命を変えると決心した。しかし、彼は努力していた時、沢山の挫折と困難にあった。その時、彼は自分の手を握り、師匠の話を思い出して、諦めずに、挫折や困難と戦った。


【成功を忘れる】2007.03.21

作家は作品が成功して有名になり、それが自慢そしていつしか怠慢となります。
読者からの手紙で、褒められたりしているとそれだけで満足します。これが自慢となり作家は自分のたくさんの成功の経験を本に書きました。
その作家は前の作品を超えるといわれる作品を作る事はできませんでした。
いつでもいつでも昔の成功を参考にして、それを本にしていました。しかし書くことは所詮過去の成功なので、昔の自分を超えることはできません。
昔の成功というベッドの上にずっと寝ていては、新しい成功を求めることはできません。
またもう一つ中国の話で、ある学校の一つのクラスは成績・素行ともに一番悪く、先生たちは誰もみな受け持ちたくないクラスでしたが、ある先生がそのクラスを受け持つ事になりました。
その先生が初めてそのクラスの生徒と会ったら、そのクラスの全学生の履歴を破り捨てました。この履歴の中には生徒達の色々な悪いことが書いてありました。
しかし先生は学生達の過去を一切知らないので、平等に扱おうと言うことを考えて白紙の状態で生徒と向き合うと考え、生徒達に向かって言いました。
「自分のイメージを大切にして守ってください。」
一年後、このクラスは学校の中でも優秀なクラスとなりました。 過去の成功や過ちを覚えていても良いのですが、ある意味での忘れる必要もあります。新しいスタートには、今までの成功や過ちといった荷物は捨てたほうがいいと思います。


【ヘアピンの効果】2007.03.16

ある女の子は男の子は私の事をあまり好きではないと思っていて、あまり自信がありませんでした。
ある日彼女は商店でキレイなヘアピンを偶然見つけました。
彼女がそれを試しにつけてみると店のお客さんはすごくキレイと言ってくれ、そのヘアピンを買って急いで学校に行きました。
そうすると不思議な出来事が起こりました。
普段は彼女と挨拶をしない友達は彼女に近づき、男の子は遊びの約束をしたりと、人気者になりました。
この女の子は急に変わる事なんておかしく、不思議のヘアピンの効果と思いました。
商店の中には多くのヘアピンがあったので、試してみようと思い、学校が終わり、すぐに商店に行きました。
その商店に入ったら、社長がニコニコしながら
「あなたが来ると思っていましたよ。あなたが買ったヘアピンが、急いで学校に行くときに髪から外れて床に落ちてしまっていたのですから。」
と言いました。
このときに彼女は初めて頭の上にヘアピンがないということに気づきました。
この話で言いたい事は、自信と自尊は外部や形からのものではなく、人それぞれの内部にあります


【蛙の実験】2007.03.01

コロラド大学で行われた実験の事です。
研究員の人は、鍋の中に油を入れて煮立たせ、その中に蛙を入れました。
その蛙は物凄い早い反応で、鍋の外に飛び出しました。
それから30分後、鍋の中には油でなく水を入れ、その中に蛙を入れます。
蛙の様子はというと、鍋の中で泳いでいますが、その鍋の下に木炭を敷き徐々に加熱していくと、水は熱くなり蛙は跳ぼうとしたのですが、跳ぶ事もできずそのうちに死んでしまいました。
私達の人生の流れは、例えば生活の中で大変な状態の時、呼吸もできない混乱の状態に陥った時にこそ自分の潜在能力を引き出し、生きる術を見つけます。
だからこそ危険な場所は不幸な場所でもあるかもしれませんが、たとえ安全な場所であってもそれは気をつけたほうが良いと思います。


【尊敬】2007.02.22

 ある先住民族には一つのルールと習慣があり、集団で集まるときに必ず裸となります。
これはその民族の昔からの流れで、以前とまったく規律は変わっていませんでした。
ある時、この村に伝染病が流行しました。多くの村人が起きる上がる事も出来ず、この村の医者に聞いても治す方法が分かりません。
 そこで隣村の有名な医者に診てもらおうと思いましたが、この医者はこの村の習慣を風評で聞いていたので、とても恥ずかしいと思うのですが、人間の助けることが一番大事であると考えていたので、何とか了解しました。
この村の皆は考え、わざわざ隣村から医者が来てくれるのですから、相手に尊敬の意を表すために、全部の人は服を来て、ネクタイをして集会堂の中に集まりました。このとき初めて昔より受け継がれてきた習慣を破りました。
 そしてこの医者も肩から重い医療用の荷物を背負い、裸になりました。
他人を尊敬すると自らも尊敬されます。もし人間が人間を尊敬するのであれば、その人の個性と習慣を尊敬し守る事は守ってください。

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【二つの石】2007.02.15

 山の奥にAの石とBの石、2つの石がありました。Aの石はBの石に
「私達は大変な道に旅に生きましょう。その道中では色々ぶつかったり、転んだりと大変な事もありますが、頑張って自分の人生も楽しいでいいじゃないですか。」
と言いましたが、Bの石は
「なぜそのような事をしなくてはいけないのでしょうか?いやです。自分は一番高い山にいて、花も植物もあります。楽しい苦しいを選べと言われたら、だれが苦しいを選ぶのでしょうか?また、大変な道に行くと、自分は粉末になってしまいますよ。」
 そしてAの石は山から転げ落ちて行きました。雨風などが容赦なくAの石を研磨していきます。でも意識を強く自分の道を走っています。
Bは皮肉に笑って、自分は高い山の中で安定し、周りの花や草、大昔から残っている景色を見ています。
 その後、時が経ち、Aの石は多くの人に褒められて世の中の珍しい石の展覧会に出てていました。
ここでBの石が
「なぜ一緒に行かなかったのだろうか?世の中の経験をしたいですし、私もAの石のように褒められたい」
と後悔をしました。
しかし行くとなると、たくさん大変な事を想像してしまい、結局行く事が出来ませんでした。
 ある日人間はAの石の珍しい姿を保存するたために大きな博物館を作ろうと、山に建築材料となるBの石を取りに来て作りました。
苦労は大変な事は成功の中の試験です。意識が弱い人は世の中から捨てられてしましますし、意識の強い人は行きたい道を歩くできます。



【りんごの中の星】2007.01.25

息子が幼稚園から帰ってくると大きな発見を父親に話しました。
「リンゴの中に星が隠れているよ」
父親は目を丸くして驚いていましたが、息子がナイフでリンゴを横に切りました。
すると息子は
「きれいな星でしょ?」
と言いました。
今まで多くのリンゴを食べた事があった父親でしたが、いつも決めた方法で縦に切っていました。
これは物事を一面性のみで判断するのではなく多面性で判断することにより今までとは全く違う新しい面が見えるということをいっています。



【意識は弱くてどのような大きな事ができるのだろうか】2007.01.11

大きなある会社が中間管理職の人を募集する事になり、筆記試験と面接結果から選ぶ事になりました。 募集は10名でしたが、実際の申し込みは数百人いました。その後、試験の結果をコンピュータで計算して10名の優秀な人を選びました。 社長は採用者の人を一人一人見ていたときに、成績は優秀で、面接のときに印象の強い人が10人の中に入っていないことに気づき、部下に調べさせました。 実際にその人の総合成績は2番目に優秀な成績でしたが、何らかのミスで間違ってしまいました。 その社長はその間違いを直して、その人に採用通知書を送りました。 次の日になると、会社の人は社長にびっくりする報告をしました。その人は不採用となりビルから飛び降り自殺してしまいました。この事を聞いた社長は長い間沈黙してしまいました。 社長のお付きの人は「本当に残念ですね。そのような才能のある人を間違えから採用できずに」と言いましたが、そこで社長は「いや逆に採用できなくてよかった。意識の強くない人は大きな事を成し遂げる事はできい」と言いました。


【自分の良いところ】2007.01.04

中国のある小学校では変わった宿題が出ます。 全生徒が1週間の日記をつけて、その中に自分の良いところ書いて提出するというものです。一週間後、クラスの全生徒55人のうち十数人は一週間の日記書き上げて先生に渡しました。その中で先生は発見した事がありました。 クラスの中でも優秀な人は、良いところを書く事は少なく、欠点と足りないところはそれ以上に書いてありました。そこで先生はもう一度、自分の良いところを書くように指示し、宿題を出しました。 でも次の週になり宿題を提出させると、また自分の欠点のほうが多く書いてありました。 その中の3分の1の生徒達は自分の良いところを探す事も出来ませんでした。だから次の授業のとき先生は「皆さん自分は可愛いですか?」と聞き、この感覚を持っている人は手を挙げてくださいと言いました。 生徒たちは隣同士お互いの目を見て、困った表情を浮かべました。ある生徒は「私が顔が可愛くない」またある人は「成績もよくない」そしてまたある人は「誰も自分は可愛いと言う事は言いたくない」と言いました。 しかしこの時に一人だけ右足は不自由な女の子が手を挙げました。生徒は皆不思議そうな顔してその女の子を見て、先生も少し驚いた顔をして、その子に聞きました。 女の子は「私の母親は私の事を世界一一番可愛い人であり、世界で唯一の宝であると言ってくれています。」と話しました。 先生は非常に感動しました。成績優秀で健康優良児でもすら自らを認める事を出来ないものを、一人の体の不自由な人が自分の事を可愛いと感じられる。 これは元々は父母からの信頼と愛があったかこそ、この女の子は幸せで自分が可愛いと感じる事が出来ました。実際は中国の教育は謙遜の方が強いです。 子供の心の中で、自分を否定する心は自分の自信を失なってしまいます。

【一つの難しい課題】2006.12.28

ある数学の先生は自分の生徒に3つの数学の問題を出して、これらを宿題として次の日の朝提出させます。 ある日、一人の生徒の4つの数学の問題を渡しました。最後の問題は少し難しく、その生徒は3つの問題はすぐに順調に終えて、今までに間違えも無く全ての問題を解いてきたので少し時間を掛けて作って解いてみようと自信を持って数学の問題の中に深く入りこみました。 夜が明けはじめ、空が明るくなる時分に解決することができました。ただ彼自身は多くの反省の点が思い浮かんできて、問題に多くの時間をかけてしまったと反省していまいた。 ただこの問題を提出したときに先生はビックリしました。 この最後の問題は数学の世界において100年間誰も解けなかった問題を中学の生徒が解いていたからです。これは先生が興味を持って解いていたものが知らないうちに普通の問題と混ざり合い、その生徒に渡してしまいました。 ただこの生徒はこの問題の事情を知らないので、自信を持って問題にとりかかっていました。 この生徒はこの問題の大変さをわかっていたら、決して一晩中考えても解決できなかったでしょう。 意識の無いときに解決する。これは人間の進歩と発展であると思います。

【生命の計画書】2006.12.21

ある病院の耳鼻科でAとBの患者が同時に入院してきました。二人は検査の結果を待ちとなり、Aさんは話しました。
「私が検査の結果癌であったら、まずチベットに行くでしょう」
Bさんもそれに答えるように
「私も同じです」
と言いました。
少しすると二人の検査結果が出ました。Aさんは鼻の癌で、Bさんは鼻のポリープのようなものでした。Aさんは残された人生に対して計画を書き、退院しました。Bさんはそのまま入院となりました。
Aさんは人生計画の通りに、まずは会社を辞めてチベットと敦煌へ行きました。そこから船に乗り揚子江から海へ出て、海南島から写真を撮って冬になりハルピンで過ごして、次は大連から船で南の北海に行きました。天安門の城にも登り、その後内モンゴルの大草原にも行き、そこで遊牧民族の家にも一週間ほど泊まり、そのAさんの友達は、Aさんの事を本にして出版をしました。
Bさんは新聞でAさんの書いた文章を読みました。すぐに電話をかけてAさんの病気はどうでしょうか?と聞きました。
Aさんは
「本当に想像できない。もしこの病気が無ければ私はダメになっていたでしょう。この病気になったから私はやりたい事やり、自分の夢を実現しています。本当の生命と人生の意味を知る事が出来ました。貴方は元気ですか?」
この問いにBさんの答えはありませんでした。 Bさんも入院中にはチベットと敦煌の話をしましたが、忘れてしまいました。
この世界には誰でも抵抗の出来ない一つの癌があります。それは人間誰しもが死ぬという癌です。なぜ全ての人間はこの鼻の癌の人のように生命の計画を実現していかないのでしょうか。余計なものを棄てて自分の夢を実現するために行動をしないのでしょうか。 Aさんは残り短いですが、沢山の時間を生きることが出来ます。生命は質の点で異なってきます。 ある人は夢を現実にしますが、しかしある人は夢を夢のままで終わらせてしまいました。
Aさんの生命の計画書の最後に書いてあります。

「私の遺書は沢山の夢。ある夢は試しましたが、ある夢は色々な原因で試すことが出来ませんでした。今、神様は与えてくれた時間はもう少ない。この世界を後悔して離れないためにも、自分は生命の最後の何年間で全ての夢を実現して見せます」


【小を得るために大を失う】2006.12.14

17世紀後半、ヨーロッパからオーストラリアに来て豊かな土地を見つけました。白人はこの土地を植民地にようと、激しい戦いを繰り広げました。
1802年、イギリスはフリンダースを船長としてオーストラリアに派遣しました。しかし時同じくしてフランスもイギリスより先進の船で派遣しました。
 フランス側はオーストラリアのヴィクトリア州を占領して、領地の名前をつけ占領しましたが、フランス人が、珍しくキレイな蝶がおり、自らの使命を忘れ、好奇心からフランス人全員がオーストラリアの中心へ蝶を捕まえに行きました。
そのときにイギリスの船が来て停泊しているフランスの船を見つけて残念がりましたが、先に来たフランス人は蝶を捕まえにその場から離れていましたので誰もいませんでした。
 フリンダースはすぐに命令を下し、その土地を占領しました。フランス人が帰ってくるときに先に占有していた土地はイギリス人のものになっていました。
一つの蝶を捕まえたいが為にオーストラリアを失いってしまったこの経験を私達は深く考える必要があります。大きな事をやる人は小さな事で大きなことの邪魔をしないようにしなければなりません。


【人生のテーマは人生のバランス】2006.12.07

ある時、心理学者は奇妙な感覚を覚えました。
空港にいるとき多くの飛行機を見ましたが、色の薄く浅い色で機体は塗られでいます。汽車は濃く深い色をつけています。なぜなのだろうかと考えてみたら、飛行機は巨大で重い機体で金属の玉のように飛んでいるので不安になりますが、濃く深い色が塗ったらも、もっと不安になるでしょう。汽車は長い車両を引っ張っていきます。だから色から力強い感じを受ける濃く深い色をしています。
心理学の話より、人類の生命、または生活はバランスのとれた状態で安定になります。
アインシュタインは一つの分かりやすい相対論で説明すると、仲の良い人と一緒に一時間過ごしたとしますが、本人からしてみると一分の感じを受けます。反対に、仲の悪い人と一分間一緒過ごすと、本人は一時間に感じられます。つまり人生は全て相対的であって絶対的な事はありません。だから私達は人生の中にバランス、融和、融合が必要となってきます。
大富貴の時でも自慢する必要もなく、大貧困の時でも落ち込み必要もありません。なぜなら何のことでも相対であるからです。明日になれば何のことがあるかはわかりません。
もし私達が自らの心を少しだけ気をつけて万事に対してバランスが取れた状態にすると大変な災難はなくなると思います。


【一匹の羊】2006.11.17

 朝、一匹の羊が遊牧民族の周りを歩いているときに、遊牧民族の中にある白菜を食べたいと思いましたが、入ることはできませんでした。
 太陽が大地が生まれる日の出のときに、羊は自分の体の影を見ると、自分の体すごく長くなっているので、木の上の果物でも食べられると思い、白菜は食べれなくともかまわないと思いました。
 その場所より離れた大きな庭には果物がなっています。羊はその庭に出発して果樹園についたら、丁度お昼ぐらいでした。
 太陽は羊の頭の上ですから、羊の影は小さくなってしまった、そんなに小さいのなら、木の上の果物は絶対に食べらるわけがないと思い、やっぱり白菜を食べたほうがいいのではと引き返しました。
 そうして戻ると、太陽は西になり影はまた長くなり、羊は落ち込みました。私なぜ戻るのだろうか?大きいならは木の上の果物を食べられるし、問題がないのに果樹園に着くと小さくなってしまう。
 この話しが言いたい事は、羊だけでなく、多くの人は自分の良いところを見えないということです。


【オリンピックの商業チャンス】2006.11.09

1984年ロスオリンピック以前に開催したオリンピックでは開催国はほとんど損失がありました。
オリンピックを開催すると民族の高揚、国の宣伝もできますが、施設を新しく建設するなど巨大的な赤字になります。
1976年のカナダ・モントリオールの10億ドルの赤字を出して、国民の税金でそれを補てんしました。ですからオリンピックを開催するという事は損失する事と思われていました。
しかし1984年ロス大会からアメリカ人のピーター・ユベロスによってオリンピックの経済の歴史は一変しました。この大会ではオリンピック史上初の黒字を記録し、オリンピックでの経済学のモデルケースを作り、後年のオリンピックに大きな影響を与えました。
まず彼は、他国の分析することから始めました。そしてカルフォルニア州に第23回ロス大会は税金を使わず民間資本による開催のオリンピックとさせました。
オリンピック開催用の委員会本部もなく、電話も無く、全てゼロからスタートとしました。正にユベロスは命を懸けてやろうとしたのです。
手始めに自分が経営していた旅行会社を1400万ドルで売り払い、様々な人を募集しました。そして3つの決まりごとを作りました。
第一は節約をするということです。
1932年ロス大会以来、贅沢をして無駄なお金を使うことが習慣となっていました。そこで彼は必要ないお金を使わないようにして、自分の給料も受け取らず、この精神によってオリンピックに関わる人はボランティアで仕事をしてもらう。
そして前のロスオリンピックのときに使われたスタジアムを使い、大学の寮を改装してオリンピック村にしたりと徹底的な無駄を省いた結果、数十億ドルを節約する事ができました。 第二にオリンピックの聖火活動についてでした。
オリンピックの恒例といえば、聖火を持って皆さんが走る事が挙げられますが、彼は募集の形でお金を出すと走る事が出来るようにしました。聖火伝達権を1キロ当たり3000ドルで売りに出し、計4500万ドルの売り上げを出す事に成功しました。
第3にスポンサー、テレビ、ラジオ、チケットの三大収入について。
ユベロスは400万ドル以上でなければ、スポンサーに試合の場で商業広告を出してはいけないと非常に厳しい規則を作りました。ところがこの厳しい規則がスポンサーを刺激して、ある会社はすぐにサインしました。最後150社のスポンサーの中から30社を選び1,17億ドルの収入を得ました。
またテレビ局に放送権利を売り、アメリカの三大テレビネットワークに競争の形で入札をさせました。最後はアメリカのABCが2..25億ドルでテレビの放送権利を得ました。
次にオリンピックのラジオの無料放送権利を7000万ドルでアメリカ、ヨーロッパのラジオ会社に売り、マスコミの宣伝を利用してオリンピック史上最高のチケットの売り上げを記録しました。そして記念品つくり売りました。
結果は十何日間に渡って23回のオリンピックが開催されましたが、2.1億ドルの黒字を出しました。これは元々の計画の10倍となりました。
閉会式の時、オリンピック委員会のサマランチ会長は、ユベロスに特別な金メダルを贈与しました。マスコミ、メディアはこの金メダルは今回のオリンピックで最大の栄誉がある金メダルだ、と言いました。
もしユベロスが旅行会社の成功にしがみついていては、このオリンピックでの成功はなかったでしょう。昔の成功の道は今は成功ではありません。
ある企業家は「服も無く、お金も無い状況にあっても、私に時間と、小さい店があるのであれば、また新しい億万長者になれるでしょう」と言っています。これは自分の能力に自信を持っていると言う事です。


【目標と過程】2006.10.26

 ソクラテスともう一人がすごく遠い場所へ山の所に行く事となりました。
その山の風景はすごくきれいで、人間は仙人になるような感覚が得られると伝説でした。
 二人がその山へ向かって歩き始め少し経った時、偶然二人が会いました。勿論その山はすごく遠いので一生歩いてもつけるはずはありません。
その人は
「私は全身の力を作って歩いてきましたが、何にも見る事が出来ませんでした。非常に悲しいです。」
ソクラテスは服の埃を手で払って
「歩いてくる途中にきれいな風景がたくさんありましたが、あなたは気が付かなかったのか?」
と聞きました。
その人は
「私はずっと遠い目標に向かって走っていましたので、途中の景色を見る余裕はありませんでした。
その言葉を聞いたソクラテスは言いました。
「それはすごく残念だ。私たちが遠い目標に向かうときには忘れないでください。旅行の途中にはどこにでも美しい風景があります。」
 人間は目標に向かっているときに結果だけではなく途中の過程も重要です。ずっと目標を見ているという事は良い事ですが、過程で得られる事を忘れてはいけません。
人生の中にある苦しいと笑いは全て財産ということです。


【孔雀の話し】2006.10.19

 AさんとBさんの友人同士が話していました。AさんはBさんに急に聞きました。
「心理テストはいかがでしょうか?」
Bさんはやってみる事にしてみました。
 Aさん
「5匹の動物、虎・猿・孔雀・象・犬がいました。もしあなたが行った事の無い原始森林の中を探検するときに、5匹の動物を連れて行く事になりました。回りの環境は非常に危険で、あなたはその動物を全部最後まで連れて行く事はできないので一匹ずつ捨てなければなりません。あなたはどのような順番で捨てますか?」
と質問をしました。
 Bさん
「孔雀・虎・犬・猿・象の順番捨てます」
と答えました。
Aさんは笑いながら答えました。
「想像のとおりでした。あなたも先に孔雀を捨てますか」
BさんはAさんにどのような意味があったのかを質問すると、Aさんは答えました。
「孔雀はあなたの恋人や婚約者、虎はあなたは権利と欲望、象は父と母、犬は友人、猿は子供と子孫をそれぞれ表します。だからこの答えの意味は、苦しい環境の中であなたは一番初めに何を捨てるのか?あなたはどのような人か?がわかるのです」
Bさんは自分の答えに驚き、苦しい状況では一番先に自分の婚約者を捨てる。
 なぜ孔雀をすてるのか?Bさんの考えは危なく苦しい環境では、孔雀は他の動物よりもBさん自身を助ける事が出来ません。勿論Bさんだけがこのような答えではなくてAさんが言うには、ほとんどの人が最初に孔雀を捨てていて、Bさんと同じ答えでした。ただこのような質問をする事自体その人は正常ではありません。
あるときBさんはCさんと出会い、Aさんにされたテストをしてみる事にしました。
Cさんは
「猿・虎・象・犬・孔雀の順番で捨てます」 と答え、その答えにBさんは驚きました。 Bさんは聞きました。
「今までの人の多くは孔雀を捨てる事が多かったのに、なぜ一番最後に捨てるのですか?」
Cさんの答えに、Bさんは感動しました。
「考えてみてください。孔雀は自分の守る能力のない動物で、なぜ危険な環境の中に置いていけるのでしょうか?」
 私たちが選択するものの中には自分に役に立つ事を選択する事の方が多く、自らを危険にさらしてまで他人して何のものをあげるという考えが少ないのではないでしょうか。


【ライ麦畑でつかまえて】2006.10.12
 アメリカ現代小説の有名な小説家サリンジャーは「The Catcher in the Rye」を書き、一千万冊以上を売り上げを記録して現代アメリカ文学の名作と言われるようになりました。
もし普通の小説家、小説家に限らずに普通の人であるならば、豪邸に住んで、高級な洋服をきて、高級な食品を食べて、きれいの女性を妻にして、、、と当然に色々贅沢をすると思いますがサリンジャーは反対の道に進みました。
彼はニューハンプシャー州の田舎に小さい山を買い、その頂上に家を建てました。家の周りを木で柵を作り鉄条網で囲い、警報機もつけてました。
 午前八時半からお弁当を持ち、その家に入り文章を書き始め、午後五時半に家に帰ります。勿論家族の誰もが邪魔をしません。もし用事があったら電話で伝えます。
普段、外にはあまり出ませんが、たまに小さい町に本、雑誌を買いに行きます。ただ他の人に見つけられたら、サリンジャーは走って逃げてしまいます。彼は社交が多いのは好きではないのです。
 知り合いが訪問する前には手紙などで連絡し、もし会った事の無い人とならば大体の面会は断ります。その人は自分の事を宣伝する事はあまり好きではありません。
有名になった後、一回だけ記者の質問に答えました。しかし実際のところ記者ではなく、16歳の女子高生で、自分の学校の新聞に投稿するために記者として面会することができました。
 サリンジャーは私たちに尊敬されます。なぜならば誰もが贅沢する力の無いときに贅沢しないという事は簡単ですし大した事ありませんが、サリンジャーは贅沢が出来るにも関わらず贅沢をしないという難しい事をやっています。これは自分の目標を守り抜いています。だからサリンジャーの作品は長い間ファンを魅せ続けているのかもしれません。


【饅頭を売る人と布団を売る人】2006.10.05

 寒い冬に饅頭を売っている人と布団を売っている人がいました。夜ですから、すごく寒くなります。
饅頭売っている人は寒くなり、布団売っている人はおなかが空いてきました。でもお互いに助け合おうという気持ちはありませんし、先に助けてあげるとも言いません。
 少し時間が経ち、饅頭売る人は「私はお腹が空いたから饅頭を食べます」と言い、布団を売っている人は「私は寒くなってきたので、布団をかけます」と言いました。
また時間経ち、饅頭を売っている人は「もう一個食べようか!」と言い、布団売っている人は「もう一枚かけようか!」と言いました。
 饅頭を売っている人は一つ一つ饅頭を食べて、布団を売っている人は一枚一枚布団をかぶっていき、お互いに、相手にお願いするという行為をしませんでした。
最後、饅頭売っている人は寒くて亡くなりました。布団を売っていた人もお腹が空いてなくなりました。
私が他人を尊敬すると、他人は私を尊敬する。私が他人に良い顔をして良い態度でいると、相手も私と同じでなくてはいけない。私が他人にお願いすると、他人は私にお願いをしてくるだろう。
 饅頭を売っている人と、布団を売ってた人はこのような人生哲学を持った人でした。
中国の歌の中には、『もし人間が愛を与えたら、この世界は非常に美しい人間世界になるのではないか?」というような意味の歌詞があります。
確かにそうですが、しかし一番重要なのは、誰が最初にこの愛をあげるのか?これは一番難しい事でもあり、重要ですが、宝となる事です。


【お互いに欠点を探す】2006.09.21

 二人は彫刻家がいました。この二人は世界中で有名になりましたが、お互いに相手の事を尊敬しまていません。
マスコミなどのメディアに出ると「その人の最近の作品は粗末すぎ、何を表現したいのかがまったく分からない」などと批判しあっています
 だからこの二人の付き合いは無いですが、非常に相手の行動・言動に気をつけています。
一人の彫刻家が国際展覧会に作品を出展するため3日間工作室に籠り徹夜で作品を仕上げていました。
 作品の仕上がりがもうそろそろという時に、その友達が何か話があるようで、彫刻家に会いに来ました。
そのとき彫刻家は大きな声で、私のライバル(もう一人の彫刻家)はなぜアラを捜すのだろうか?と聞きましたが、その友達には彫刻家の言う事が理解できません。
 なぜならもしライバルの彫刻家が批判してくれるのであれば、その批判してくれたところを直せばより良い作品が出来上がるのだと思っていたからです。
そして友達は、彼のライバルが昨日急に心臓病を発病して亡くなった事を告げました。この知らせを聞いた時、彫刻家の腕から力が抜け道具が床に落ちてしまいました。
 このとき以来、この彫刻家の想像力が溢れ出す作品はずっと出ていません。
他人の間違いを探す事は決して難しくはありませんが、自分の間違いを探す事は非常に難しいということです。頭が良い人は、他人の批判の中に自分の足りないところを探しています。


【知恵を売る】2006.09.07

 ある日、ベトナム戦争に参加している軍人の為のチャリティーオークションのような募金パーティーが開かれました。
 ですが実際その時代のときにはアメリカ国民は「ベトナム戦争反対」の気持ちがありましたから、政府に要求してベトナム戦争を中止するといった時代でしたので募金パーティーに商品を出す人などはいません。
 商品も無くパーティーの空気は悪く、チャリティー商品は台の上に一つもありません。
 しかしある司会者が台の上で

  「皆さんきれいな女性に注目してください」

と言うと、参加者の目線が今夜のパーティーの主役でもある一人の女優に向きました。その人は商品がない代わりに彼女のキスを売ると言いました。
 売れたお金はベトナム戦争の募金に寄付をし、その話はマスコミなどを通じて全米に放送されました。
 この出来事によってその司会者は有名になり、ある大学に講演しにいきました。
そこである学生が質問しました。

  「あなたの成功の秘訣はなんですか?」

 その人は、

  「商売の世界で商売するものには、大きさ、代償でも、売れるものは知恵です。また知恵とは想像力です。」

と答えました。
 ある有名な人が言った言葉で「もしあなたは知恵もなく、汗もかきたくないのであれば出て行きなさい。」という言葉があります。
 ですから知恵は大事なものです。


【人生の希望】2006.08.31

 ある若い男の人が大変な病気で入院しました。男性は治療をして生命の危機からは逃れましたが、まだ体調の完全回復はしていません。元々はすごく丈夫で元気な人でしたが、入院してからは顔色も白くなり、皮膚の色も無くなり、目の光もなくなり、一人静かに病室のベットに寝て落ち込んでいる様子でした。生活の楽しみを一つも感じなくなり、世の中が嫌になってきました。 ある日、看護士は話をしました。
 「他の病棟にかわいそうな若い女の病人がいます。もしあなたが好意を伝える手紙を書いたら、その若い女の人は元気になってくれるから書いてくれませんか」
その若い男の人は手紙を書きました。女の人からの返事も届きました。
「ちょっと歩いたときにあなたに会った事があります。その時から好意を抱いています。病気が治ったら公園に散歩に行きましょう」
 この手紙は男の人の楽しみになります。たくさんの手紙を男の人は書きましたが、この楽しみは長く続きませんでした。男の人の健康は徐々に回復して、元気で部屋の中を歩くこともでき少しで退院も出来るぐらいまでに健康になってきました。
 でもまだ手紙をやり取りしていた女の子と一度も会った事が無いのでどこか退院するのに悲しい気持ちがあります。その手紙によって男の人は人生の楽しみを感じていたのです。
 その女の人に一回会ってみたいなと思って、その女の人のいる病室を看護士に聞き会いに行きました。けどそこには若い女の人はいませんでした。そこでやっと男の人は理解する事が出来ました。
 看護士は、男の人の健康回復の為に必要な人生の希望持ってもらうために嘘を付いていました。精神的な落ち込みから助けました。
このことを理解できたら若い男は退院後もっと賢くなります。悩み事や恨み事は意味無い事です。本当の同情や愛を出してこそその人は幸せになります。
 ユダヤ人の格言に「死んだ人に希望はありません。人間の一生の中には不幸のときは半分以上はあるでしょう。でももし不幸なことがあっても、未来に希望を持つことが出来たら未来はあります。しかし生活の中に希望が無くなったらその人生の未来はありません」といったような意味の言葉もあります。

【高い孔雀】2006.08.24

 ある国王が、水墨画が上手いと評判の画家の下を訪問して「孔雀を一羽書いてください」と依頼しました。
それから一年後、国王はその画家を訪ね「私が頼んだ水墨画はどこにありますか?」と聞き、画家は「あなたの孔雀はすぐに完成します」と言って、紙と筆を持ち短い時間でキレイな孔雀を描き終えました。
 国王はその水墨画に満足な様子でしたが、値段を聞いたらあまりの高い値段にビックリしました。
国王は「短い時間で書いて労力を使わずに簡単に描き終えたのにそんなに高い値段なのですか?」と聞きました。
 その画家は、国王にある部屋を案内しました。その部屋の中には沢山の孔雀を描いた水墨画が置いてありました。
部屋を一通り案内したあと、画家は先ほどの国王の質問に答えました。
 「この値段は普通です。あなたが見て簡単そうに思えても、私はこの水墨画を描く為に、たくさんの時間と労力を使っています。あなたの依頼に応える為に一年前より準備をしてきたのですから」
つまり成功はその人が重ねた時間が溜まったものです。技というものは長い間準備してきたものが爆発したものです。ある人が見ると、その人がやっている事は非常に簡単そうですが、実際は長く苦しい訓練の結果です。これは私たちが今やっている気功にもいえます。
 ある演舞をやっているときに美しいと思い、外気を行っているときには素晴らしいと思いますが、実際は長い時間を掛けての訓練が必要となります。

【申請グリンカード】2006.08.17

 ある二人の商売人は年齢を重ねた時アメリカに行きました。片方の人はアメリカに行って3ヶ月間でグリンカードを申請しましたが、もう片方の人は
「あなたの申請は早すぎますよ。私は一年も申請しているけどまだ許可されませんよ。」 しかしその友人は
「そんなに長くは必要ないでしょ。三ヶ月間もいれば十分です」 と笑いながら言いました。
少し経ち、移民局で本当にグリンカードを取れました。その友達は理解できないような思いで友人に聞きました。
「あなたは私より年上で、お金も私のほうが持っています。しかも申請も私のほうが早い。でもなぜあなたは私より先にグリンカードをもらえたの?」
その友人は
「あなたはアメリカにどのぐらいお金を使いましたか?100万ドル?私は10万ドルです。でもその10万ドルは一部に投資して一部は消費しました。お金を流れさて使いました。これは移民局の税金欄のところに記入しました。
でもあなたの100万ドルは消費していないです。だからあなたの申請は許可しません。」
と答えました。
この申請許可された人は移民に関してもっとおもしろい事がありました。
 アメリカ移民局で申請するときに中年の女性に会ってその人と話しました。その中年の女性は中国の北の農村から来ている人でした。
その女性の最終学歴は小学校で、中国語での表現すらあまり上手く出来ません。でもこの中国の女性はグリンカードを申請しています。グリンカードを申請するにあたって記入する欄のあるところに「技術」と書きました。
それを見た移民局は「あなたは何が出来ますか?」と質問しました。その女性は「切り絵が出来ます。小さいはさみで紙を切って絵を作る事です。」と答え、鞄の中にあったハサミで3分も経たないうちに動物の切り絵を作りました。
最後は親指を立てて移民局職員は目を大きくして驚きました。
 その女性は最後に中国の新聞紙、農民日報を見せてその紙面上に写真付きで載った事を職員に伝えました。結果この女性はグリンカードを取れました。
この事よりグリンカードを貰える人はアメリカに投資・消費する人、技術に特徴がある人、あるいはアメリカに用がある人優先ということです。

【時間は財産である】2006.08.03

 有名な『時は金なり』という言葉を後世に残したベンジャミン・フランクリンのお話です。
フランクリン社長が経営している本屋に社長の友達の一人の男性の客が来ました。
この本いくらですか?と店員に尋ねると1ドルですと言われたので、お客はビックリして「もう少し安く出来ないですか?そのお客は本当に買いたい本でしたので「社長のフランクリンさんは今いますか?いたらこの場に呼んできてくれ」と男が言いましたが、店員に「社長は忙しい人で今は印刷室で仕事をしていますので会えません」と断られました。
 しかしこの値段に納得の出来ないお客は「どうしても社長と交渉がしたい!」と強く言いました。店員はフランクリン社長を呼んできましたので、お客はまた「この本を安くしてください」と頼みました。フランクリン社長は「安くしてもいいですが、その本は1.25ドルです」と答えました。
男は驚き「さっきの店員は1ドルといったのになぜ高くなっているのですか?おかしくないですか?」社長と口論になりました。
 再度フランクリン社長は答えました。「確かにさっき店員の言った値段に間違い無いですが、今あなたは私の仕事の時間を邪魔したのですから、この時間で生み出せる利益は1ドルより大きいのです。」
しかし客は納得が出来ないのでもう一度安くするように頼みましたが、最低の値段は1.5ドルと高くなっていました。このお客は納得した様子で本を買って帰りました。
時間というものは財産で価値のあるものです。しかし時間の価値というものは中々分かるものではありません。

【まとめた知恵】2006.07.27

 昔、ある若い人物が新国王となりました。王様は自らの功績を残して優秀な国王であることを後世に残すために、全国から特に頭が良いと有名な人を集めて、世界的な知恵を結集して本にするように命令しました。
 それから30年後にようやく本が出来上がりました。たくさんのラクダに5000冊の本を載せて国王の下に持っていきましたが、国王は国務に追われて忙しいので、そんなに多くの本を読むことが出来ません。そこでまた頭の良い人は、より知恵を凝縮して15年後に500冊の本にしましたが、まだ多すぎます。国王はもっともっと凝縮するように言って10年かけて50冊の本にまとめさせましたが、出来上がった頃には国王は大分年を取ってしまい、50冊の本を読むことすら大変になってしまいました。そこで頭の良い学者達は人類の知恵を5年かけて1冊の本にまとめて、国王に渡しました。
しかし、国王はすでに亡くなっており、この一冊の本を読むことができませんでした。
 この話は、人間の生命は短いです。短い生命と永遠の間の存在の矛盾です。私達が人生の本来の意味を知ったときに、私達が動くことが出来なくなり本当の生活を失います。ですから出来るときに出来ることをする。また、大事なことは良く考える、という事です。

【一番良いと一番悪い】2006.07.20

 昔、有名な作家でイソップという人がいました。
彼は若いときに奴隷をなったことがありした。その奴隷の主人は、命令をして「哲学家を招待するので、一番良い料理を作ってください」と頼みました。
料理が全部で終えたときに、その料理は全て動物の舌(タン)でした。まるで舌の宴会のような感じになってしまったので、主人は怒りました。
「あなたには一番良い料理を出してくれと頼んだのに、この料理は何ですか?」
奴隷は礼儀正しく応えました。
「お客様は皆は哲学家です。哲学家というのは、口から自らの考えを万人に伝えるのが主な目的で、つまりは舌の動きによって伝えるということです。
ですからいっぱい舌を食べて、もっとうまく伝えてください」
その事を聞いた来客たちは良い雰囲気で宴会を過ごし終えることが出来ました。
少し経ったときの事、また主人はその人に同じような一つ仕事を頼みました。「今回は一番良くない料理を出してほしい。なぜなら今回はよく問題を起こす方々を招くから、相応の料理を出して欲しい」と頼みました。
しかしその人は、また前回の宴会の時と同じ舌の料理を用意しました。
主人は「あなたには、前の宴会の時に一番良い料理を出して欲しいと頼み、一番良い料理を出してもらい来客者にも満足してもらえましたが、今回は一番悪い料理を出して欲しいと頼んだのになぜ前回と同じ料理を出したのですか?」と尋ねました。
その奴隷は「なんでも問題を起こす人は、喋ったことが問題になります。中国では『災難は口から(口は災いの元)』という言葉があるように、悪い事はまず口から起きる事が多いのです。だから一番悪い料理は舌の料理という事です。」と答えました。この話の要点は、同じものでも場合によって役目は違ってきます。やはり時間や場所、目的などの具体的な事と聞かないといけません。このことをみなさんは良く覚えてください。

【一歩下げて道広くする】2006.07.14

 昔一人の紳士が木の橋を渡ろうとしました。
 この木の橋は同時に通れる幅も無く一人だけやっと通れるぐらいの橋でした。
 紳士がこの橋を渡り始めたときに、橋の途中でおなかの大きい妊婦が反対側から歩いてきてしまったので、紳士は礼儀正しい人だったので、今まで歩いて着た橋を戻り、妊婦に橋を譲りました。
 この妊婦が渡り終えると、渡りなおそうと歩きだして、また橋の真ん中へ来た時に重いものを持った人が反対側からから歩いてきました。紳士は妊婦の時と同じように何も言わずに戻りました。
 次こそはと紳士は思っていたので早く歩き出しましてもう渡り終えるというときに、またまた手押し車に多くのものを乗せた農民が来てしまいました。
 さすがに今回紳士は戻りたくないですから、農民に言いました。
「私が先に行ってもいいですか?」
農民は
「だめです」
昔中国は商売するときには集中した時間で行っていその時間が終わると商売人も買い手も帰ってしまうので、この農民は時間に合わせて行きたいと思っていました。
 こうなると二人は喧嘩になってしまいました。
そのとき橋の下に一つの小さな船がありその上にお坊さんが乗っていました。
そのお坊さんに誰が正しのか農民が聞きました。そのお坊さんはまず合掌してから農民に聞きました。
「あなたは本当に急いでいるのですか?」
農民は
「はい急いでいます。急がないと商品が売れる時間や買ってくれる人がいなくなってしまいますから」
「あなたはもう橋を渡ったのですか?」
「いいえ。」
お坊さんは
「あなたはなぜそんなに急いでいるのに、二・三歩後ろに進むだけでいいのになぜ紳士に譲らないのですか?紳士はすぐに渡りきれるのですから。そっちの方が早く渡れるんじゃないの?」
またお坊さんは紳士にも
「農民はあなたに道を譲らなければ成らないのですか?」
と聞きました。
紳士は
「私は今までに多くの人に道を譲りました。毎回譲っていたら、いつまでも橋を渡ることができません。」
これを聞いたお坊さんは
「今はあなたは橋を渡ることが出来ましたか?あなたは今までにたくさんの人に道を譲って、もし農民にも道を譲って橋を渡れなくても、あなたの紳士としての格好良さが残るでしょう?」
紳士は恥ずかしくなり顔が赤くなりました。
他人に道を譲るということは自分が道を譲ると一緒ということです。
他人にとって良い事がなるとそれが自分に対しても良い事となります。


【紐の結び】2006.07.06

紀元前233年の冬。アリサンタイが軍隊を率いてアシヤに入ると、その町には有名な予言がありました。その予言は、前の王様が、紐で結び目を作ったものを牛の台車の中に入れておきき、その紐を解けられたらその人はアシヤ王になるでしょう、と言いました。この話を聞いたある国の皇子や武士が見に来て、紐を解こうと試しましたが、紐の頭すら探すことは出来ませんでした。
アリサンタイも見に行き挑戦してみましたが、確かに紐の端を探すことは出来ませんでした。だけど自分なりのやり方でとればいいのではないか?と思い自分が持っていた剣でこの紐の結び目を二つに切ってしまった。何百年もの間、この紐の結びを解けなかったものを簡単に取ってしまいました。
アリサンタの行動は、目標に向いて既存のルールに縛られること無く、自ら特有のやり方でおこなう。
この事を発想・実行できたことでアリサンタがアシヤ王様になれたのです。

【嫉妬の心 2】2006.06.29

あるお年寄りのお坊さんには二人の弟子がいました。年寄りのお坊さんは足が悪いので、一人の弟子に言いました。あなたには左足を任せますので毎日揉んだりして責任持って管理してください。もう一人の弟子にも言いました。あなたには右足を任せていますので、しっかりと責任を持って揉んだりして管理してください。初めは二人の弟子は頑張っていたのでいい結果が出できましたが、そのうち右足を管理している一人のお坊さんがいないときに、左足を管理している弟子が怒って「私が管理している足よりよい結果が出ているなんて許せない」と思い、年寄りの坊さんの右足を石に打ちつけました。右足は左足よりも悪くなってしまいました。左足を管理している弟子がいない時に、右足を管理しているもうひとりの弟子も同じ事を考え、石で左足を打ちつけてしまいました。最後にはお年寄りのお坊さんは歩く足を失ってしまいました。
嫉妬の心をなくさないと、自分だけでなく他人にも非常にマイナスになると思います。

【嫉妬の心】2006.06.22

一つの伝説の物語あります。ある人は死んでから運が良くて神様に会いました。その神様はなんでも望む事を叶えてくれます。ある人は運が良く神様に会う事が出来ました。神様はその人に話をして「あなたの一つの要求を叶えてあげましょう」と言いました。
ただ希望を叶えるに際して一つの条件を付け加えました。一つ物をあげますが、必ず近所の人やその家族、あなたの周りの人にあなたが望んだものを二つあげることにします。例えば、あなたに一つの財産をあげるから、周りの人には二つ財産あげます。その人を初め神様の言葉を聞いたら自分はなんでも貰えると喜びましたが、同時に、なんで周りの人はわたしより多くのものを貰えるのだろうか?と思いました。
考えていく次第に自分の要求を言えなくなりました。私が要求を叶えてもらったら周りの人は二つ貰ってしまう。その人は決心して神様に話しました。
「私の目を一つ取ってください。」
この物語は東南アジアに伝わる物語で、東洋式の嫉妬の事を言っています。嫉妬からは何も得られません。
本当に強い人とは、頑張る努力が出来る人という事です、もし頭の良い人や満足するような生活をしている人に対して嫉妬をするのであれば、逆にその人より自分はもっと努力して、頑張らないといけません。それは素晴らしい事とまでは言いませんが、その人自身にとっては良い結果になります。もちろん嫉妬がない事が一番いいです。嫉妬を生まなくする事は修業の一つの目的でもありますから修業を積み嫉妬を消すようにしなければなりません。嫉妬は人間の生まれつき本性ですから中々無くすことが出来ません。ただその嫉妬から奮起して頑張る努力はいいと思います。

【川は如何にしてに砂漠を越えるのか】2006.06.15

ある一つの川が、遠い山から流れ、たくさん村や森林を通り、最後に砂漠にたどり着きました。でも川は、砂漠を越える事は出来ないのだろうか?と思った。 私は永遠に伝説のような広い海にはいけない運命なのだなと思い、川は落ち込んだ。砂漠はその時に言いました。 貴方は考えた事がありますか?自分が蒸発して風にのって私の上を越えて目的の場所にいけるんじゃないの?自らが気化して風にのる、という事を川は知らなかった。 自分の経験にないのですからこの提案は受け入れられません。今の姿がなくなるという事は、自分が消滅することだと思い込んでいます。 また砂漠は親切に話しました。風は気化した水を運び、そうすると飛んで行けます。砂漠を越えて、ある場所へ行ったら水の蒸気は雨となり、また川になります。 川はまた質問しました。行っても良いですが、また同じ私になれますか? 砂漠は「一つの川でも水蒸気でも本質は変わっていません」と答えました。 これを聞いた川は勇気を出して風にのって飛んで砂漠を越えました。 変化は一つの普通の状態です。何の変化もない方がおかしいのかもしれません。 ある人は変化が好きで、またある人は変化が嫌いかもしれません。ただ変化が好きな人はその変化の中に想像力を使い自分の行動より外部の環境の中に変化を作ります。そしてこの変化の中に新しいチャンスを作ります。
【武士と姫】2006.06.08

昔一人の武士が、ある田舎の村に行く途中急に女性の泣き声がしていたので駆けつけると城内で動物が暴れていました。 この武士は得意の刀ですぐにその動物を殺しました。 すると城門を開けてその城の主と城の中の皆が総出で武士を迎えました。 その城のお姫様の心は武士に向いて二人は自然と仲良くなり結婚しました。 ある時、武士はまた旅行に行き、帰ってきた時に違う動物がまた城内で暴れていました。 武士は自分の剣を抜いて殺そうとした時、紐を使った方がいいと、姫様が城から投げました。 その武士は紐で縄を作り動物の首を絞め殺した。 夜、祝いのパーティーのときに武士は「自分は何もやっていない。得意の刀で倒したわけでなく彼女の紐で倒したのだから」 と感じ、皆が褒めても満足の以下に武士はすごく落ち込みました。 その武士はまた刀を持って外に出かけるときに、お姫様は「大事にしてください。気をつけて。」といい紐を渡しました。 そして城外から戻ってくるときにまたまた動物が暴れていました。 すぐに刀を持って戦おうとしましたが、「紐で殺そう」と思ったとき油断をして自分の右腕を汚してしまいました。 姫様はその様子を見て「紐はもう使えないから、この毒薬を使って下さい。」と言い武士にその毒薬を渡した。 武士はすぐにその毒薬を動物の口の中に入れて動物を殺しました。やはり皆は喜びましたが武士はなんとなく落ち込んで恥ずかしい思いです。 2ヵ月後、武士は剣を持ち旅行に行こうとした時に、お姫様が丁寧に「紐と毒薬を持っていてください」と言いました。 武士はこの熱心なお姫様の願いに困りましたが、最後は自分の荷物の中に入れました。 旅行の途中、違う城の中でも女性が泣いているのを聞いて駆けつけました。 そして武士は助ける時にすっかり落ち込みの気持ちが無くなっていて、姫様と会う前の刀を持っていた自分を思い出していました。 自信がある剣で立ち向かい 自分は剣を持って、紐と毒薬を捨てました。そして刀で動物を殺しました。その城の民衆は喜んで武士を迎えました。 そしてその武士はお姫様に元には戻らなかった。この話は、自分の結婚の相手を信じるということです。だから多くの心配とか助ける事より、その人の才能を信じることが出来ないのは良くないこと。自分の能力がないということから相手に心配をかけてしまうので、自信がなくなってしまいます。
【死神からの人生のスケジュール】2006.06.01

深夜、あるがん患者さんがいました。自分の命が尽きるまであと一分間しかありません。そして死神は時間どおりに、その人を迎えに来ました。
その人は、最後に残された時間を延ばして「天を見て、地を見て、景色を見たい。そして家族や親族、友人、嫌いな人にも会いたい」と死神にお願いをしました。「貴方の考えは悪くはない」と死神は言いました。でも貴方の要求に応えることは出来ない。なぜならば貴方にはしっかりと生きている時間(寿命)を与えました。でも貴方はその時間を大事にしませんでした。もし貴方が私の言葉を信じなければ、貴方の人生のスケジュールを見せて差し上げます。
あなたは60年間生きている間の半分の時間は睡眠をとっています。でもこれは貴方の責任ではありません。誰もが必要な時間です。
でも残った30年間にあなたはたくさんの時間を潰す方法を思いつき、マージャンを毎日二時間、お酒飲む時間も毎日1時間、その他にも、テレビ見る、タバコを吸う、また娯楽で遊ぶなどをしていました。
死神が続けて話していると、この患者の目の中にあった生命の炎はすで消えてしまっていました。
時間の流れは止まりません。ですからやるべき時間にやるべき事をするというのはとても大事だと思います。命尽きるときに、様々な考えが浮かんできて後悔する事は一番いけないことです。

【ライバルは自分の能力を伸ばす】2006.05.25

Aさんは雑貨店を営業しています。祖父の代から続いている店です。Aさんの店は小さいですが、値段も高くなく信用のある店。小さい町に手足と同じ、必要なもの。Aさんの息子も大きくなる。息子にも継がせようと思う。しかしある日、一つの外部からのBという人が人きて、ニコニコしながら「この店を買いたいので、売ってくれますか?値段をつけてください」と言いましたが、絶対Aさんは売らないでしょう。提示した2倍の値段でも売らないでしょう。なぜならばこの雑貨店は自分の遺産と今までに積み上げてきた信用があるからです。
Bさんはニコニコしながら聞いていましたが、突然険しい顔つきになり「残念です。この道路の向こうに、綺麗で高級な店をオープンさせて、商品、安く売ります。あなたの商売もできませんよ」と言い残しました。
通りの向こうを見ると、相手の店の工事やっています、それを見たAさんは、自心は潰れたみたいになり、落ち着かなくなりました。
このままではしょうがないので、自分の店に張り紙をしました。
『このお店は創業95年の古くからの店です』
向こう側もチラシやポスターに
『この店は新しいお店。来週オープン』
と書きました。
開業の前日、Aさんは暗い場所に座り、気持ちを沈んだ状態でした。心の中では、「相手を殴りたい」と思っていました。
Aさんには器量の良い奥さんがいました。
奥さん「相手の店が家事で焼けてほしいでしょう?」
Aさん「焼けてほしい。焼けたらなぜ良くないのか?」
奥さん「焼いてもしょうがないです。火災保険にも入っているでしょうし、このようなやり方は道徳に反していますよ。」
その言葉を聞いて
「そうしたら私はどうしたらいいのだ!」
とAさんは怒りました。
奥さんは「御祝いに行ってください。あなたは心優しい人だけど、自分の商売の事となると迷っている。本当のあなたなら相手の所に行って開業の成功を願うでしょう。」
始めは不愉快でしたが、奥さんの言葉を聞き入れて、行ってみる事にしました。
次の日の朝のオープン前、店の前で町の皆も待っています。
みんなの中にAさんがおり、突然、非常に気持ちのいい表情で、階段のところに立ち、大きな声で言いました「新規オープンおめでとうございます。町の人が便利になる事に感謝とお祝い申しあげます。」
Aさんは話し終えたら、自分でもビックリした。町の人がAさんに大喜びことばをかけ、胴上げし、大喜びの行動をした。
そうして町の人たちと共に店の見学に行きました。
BさんはAさんと手を取り合い、商売の友達になり、その二つの店は商売の軌道に乗っています。小さい町は大きくなり、人間が年齢をとるのと一緒で徐々に古くなります。
仕事でもなんでも、自分の相手の成功を祝い良い将来を迎える事が良いやり方ではないでしょうか。もし御互いに侮辱して戦うと怪我して、失敗に終わります。世の中にいろんな事が原因で相手を敵に回す事や嫉妬するなどがあります。
でも大きい事業を起す人やさまざまな事をやる人は、相手は自分の仲間と思い、競争の中に自分の知恵と能力をアップさせ切磋琢磨してゆけばいいと思います。

【大統領に斧売ったセールスマン】2006.05.18

2001年5月20日 アメリカでジョージ・ハバートというセールスマンはブッシュ大統領に一つの斧を売ることに成功しました。アメリカの有名なブルッキングス学会はこの出来事を知り、金の靴に「最大のセールスマン」という字を彫り、その人に送りました。ブルッキングス学会は最優秀のセールスマンを育てることで世界に有名です。この学会には一つの伝統があり、毎期生の卒業時に際セールスマンの能力を表す、実習課題を出します。クリントン大統領の在任期間に、「女性用小さいパンツを現任大統領に売る」という課題を作りました。8年間、誰もが売る方法を考えましたが、結局売れませんでした。クリントン大統領が退任したら、課題が変わり「一つの斧をブッシュ大統領に売る」という課題になりましたが、前の8年間の失敗により、諦めてしまいました。今回この課題はクリントンと同じ結果になるだろう。大統領には何一つ不足するものがなく、買いたいものがあったとしても、自分自身から買ってもらえるかどうかわからないからです。しかしジョージ・ハバートはすぐその場でブッシュ大統領に手紙を書きました。「私は運良くあなたの農場を見学したことがあります。その中でも木はたくさんありましたが、中には枯れてしまった木もありました。きっとあなたは一つの斧が必要だと思いますが、あなたの今の体質からみても市販の斧は軽すぎであまり鋭なく、鈍い斧の方が適していると思います。私はちょうどそのような斧持っていますので、興味があったら手紙に書いてある住所に返事ください」数日後、ブッシュ大統領は15ドル振込みして、斧を買ってくれました。この金の靴は26年間誰も貰えませんでした。学会は万人以上のセールスマンを育ててもきましたし、億万長者も育ててきましたが、靴を授与しなかった理由は、「この目標は実現できない」と他の人がいくら言おうとも、自分は自信を失くさずに諦めないような人を探していたからです。
世界には自分が思い付かない事がたくさんありますが、実現不可能な事はないと思います。


【強い信念】 2006.05.11

昔一人の気が小さい鼠のような男(武士)がいた。その男は遠い場所へ旅行に行こうとしていました。
その人はできるだけ旅行中に色々な事が起こる事を想定し、出来事すべてに対応するつもりで準備していた。
剣(刀)と鎧を身に着け敵に出会ったら敵を倒すつもり、大きな瓶に皮膚に刺激を与える毒薬を持って、また、ご飯を作る時に木を使うため斧を持ち、テントを持って臨時の部屋を作るため。毛布や鍋、馬の餌となる草、など様々なものを持って出発した。 
その荷物の量は旅行をする量ではなく、まるで引越しのようであった。
その人が木製の古い橋の真ん中に差し掛かった時、あまりの重さに橋は崩れ、男と馬は川へ落ちてしまった。
死ぬ前に男は後悔した。「あぁ自分は救命ボートを忘れてしまった」
旅行中にはいろいろな困難や大変なことがある。しかし実際に起こる困難は、夢でも思わない想定外の出来事が起こる。でも自分に強い信念などがあれば、その人は瞬時対応でも身軽で落ち着いて安全なものとなり。いかなる困難でも乗り越えられるという事です。


【生命の花】2006.05.07

中国のお話です。
ある社長は、交通事故で植物人間になりました。話すことも出来ない、誰が来てもわからない。 でも、事故の前、この社長は、たくさんの人に親切に助けていたので、お見舞いの人が、絶えませんでした。
医者の話では、たった一つの方法があります。それは、この社長が、植物人間だと思って話しかけるのではなく、まったく、事故の前と変わらない、普通の状態だと思って話しかけるのです。私は、いつも、社長に話しかけるときは、そうしています。 この話を聞いた、会社の社員は、みんな交代で社長に会社の状況を報告することにしました。今日何があって、どうなったか。社長は、もちろん無反応です。 でも、社員たちは、社長が、元気だったころと変わらずに、普通に接し、話し続けます。
だんだんと奇跡は、起こり始めました。 だんだんと眼球が、動くようになり、だんだんと顔の筋肉が、緩んできて、表情も出てきました。 1年もたったころでしょうか、足も動かせるようになり、そのうちに立ち、歩けるようになりました。その半年後には、会社に復帰して仕事をはじめました。 会社は、社長と部下たちと、いつの間にか完全に心は、一体となり、会社は、後に大発展を遂げました。
こういったことから、フランスの哲学者の有名な言葉があります。私たちは、同情と愛という心を、皆、本来持っています。この愛の心を自分を取りまく周囲の、たくさんの人や環境に 与え続けたら、どれほどの生命の花を咲かせることが、出来るでしょうか? 生命の花を咲かせるのは、自分自身の心次第です。
皆さんの人生に、是非、たくさんの生命の花を咲かせてください。



【農民と商人】2006.04.27

フランスは、ナポレオンの時代。ロシアとの戦争で、フランス軍が負けモスクワから撤退したあと 2人の農民と商人は、戦争後の街で、何か価値のある売れるものは無いかと探しまわります。
2人は、大量のこげた羊の毛を発見して半分ずつ背中に背負って、持ち帰ります。
途中で、また、布を発見しました。農民は、背中に背負ったこげた羊の毛を捨て、代わりに布を背負います。 でも、商人は、なんでも欲しい欲張りなので、自分の背負っている羊の毛と布と農民が捨てた、羊の毛も一緒に背負います。
さらに、2人が歩いていくと、今度は、銀の食器を見つけました。農民は、背中に背負った布を捨て、代わりに銀の食器を背負います。 でも、商人は、なんでも欲しい欲張りなので、自分の背負っている羊の毛と布と農民が捨てた、羊の毛と布、そして銀の食器を一緒に背負おうとしましたが、羊の毛と布は、重すぎて、銀の食器と一緒には、背負えません。腰が痛くて背負えないので、とうとうあきらめました。
急に大雨が降ってきて、商人の背負った羊の毛と布は、びしょびしょに濡れて、ものすごく重たくなりとうとう水溜りに倒れてしまいました。 商人は、ドロドロに濡れて、寒くてブルブル震えています。
一方、農民は、銀の食器を背負って、さわやかな顔をして軽々と歩き続けます。 最後には、農民は、銀の食器を売って豊かに暮らしました。
このお話は、重い荷物を捨てて、自分の欲望を捨て、自分のやるべきことを集中してやる。一番の目的にそって行動する。 そうすると、自分の人生にチャンスがあります。希望が生まれます。
協会の活動もそういうことです。他の団体や有名な気功師の人が、事務所に来ると皆、何故、協会の事務所には、売り物はひとつも無いのか? とびっくりします。他の会のほとんどは、お茶・水晶・飾り物などたくさんの売り物があります。 良いものもあるでしょうが、何が一番の目的かを考えて、集中して、欲望を抑えて、誘惑に負けないことが、大事だと感じます。



【あげるは、豊か】2006.04.20
〜あげるは、お金持ちをあらわし、もらうは、貧乏をあらわす。〜
ひとつの小さな物語
死んだ2人のAさんとBさんは、地獄王様・閻王のところに来ました。 あなた方、二人は、生前大きな悪いことをしていないので、 また、次も人間に生まれ変わることが、出来ます、と言いました。
今、あなた方は、ふたつのタイプの人間をどちらか、選ぶことが出来ます。 ひとつは、あげるだけの人間。ひとつは、もらうだけの人間。 どちらがいいか、良く考えて、選んでください。
Aさんは、こう考えました。 もらう・受けるということは、何もしなくても、働かなくてもいい。 なんて楽な人生だろう。 すぐ、もらう方の人間が、いい!と答えました
。 Bさんは、先にAさんが、選んだので、他に選択は出来ないから、 まあ、自分は、あげるほうを選びます。 それでいいですよ、と言いました。
それを聞いた、閻王は、2人の来世の人生を決めました。
Aさんは、もらうだけの人生。 だから、こじきになって下さい。毎日、他人からもらう。 寄付とかを受ける。
Bさんは、あげるだけの人生。 だから、大金持ちになって下さい。豊かな人間になって下さい。 他人を助け、善を尽くす人生にして下さい。
そうして、この2人は、次の人生をそれぞれ、あげる・もらう、人生を送りました。



【割れたガラス】2006.04.15
ある学校で教頭先生は、別の先生から「教室のガラス窓が、割れました。」と、報告を受けました。
昨日の当番の生徒で、周さんという女生徒に事情を聞きました。すると、彼女は、こう答えました。 「前日の夕方に、掃除当番をしたときに教室の中に一匹の蝶が、いました。かわいそうと思って、窓を開けて、外に逃がしてあげました。でも、そのとき調度強風が吹いて、ガラス窓が、割れてしまったのです。ごめんなさい。私は、ガラス窓の代金を弁償します。」と涙を流しながら答えました。
教頭先生は、それを聞いて、その女生徒の頭に軽く手を触れ、「わかった、もういいから、君は、外で遊んでいらっしゃい。」と言いました。
その足で、経理担当者のところへ行き「割れたガラス窓の修理代は、私の次の給料から引いてください。私は、ガラス窓の弁償をしたいですから。宜しくお願いいたします。」
なぜなら、その女生徒には、善良な心と愛心が、ありますから、自分もそれを応援して支えて、自分も善良な心と愛心になります。 誤解は、人間にとって、一番大きな傷となります。



【勇気と勲章】2006.04.06
アメリカのキョーストンは戦争でケガをし、足が不自由になってしまいました。しかしその状況でも、彼は運動ができ、いい状態だといえます。退院したばかりの日曜日に彼は妻とビーチに行きました。簡単な、水泳や、マリンスポーツをして楽しみました。ビーチのところで休憩をしばらくしていると、彼は周りの人々が注意して彼のことを見ていることに気付きました。家で彼は、脚のケガの跡は気にしなかったけれど、他人からみたら目立ち、注目をあびることを感じました。
次の週の日曜日にビーチに行こうと妻に誘われましたが、彼はいきたくないといいました。「わかっているわ。あなたのケガの傷を気にしているのでしょう?」
と彼の妻は言いました。彼はうなづきました。妻は続けて、
「あなたの傷の跡は勇気の勲章なのよ。栄光という名の傷をもらったのよ?だから恥ずかしがることも、隠れる必要もないし、誇らしく思うべきじゃないかしら。」
と言いました。その言葉を聞いたキョーストンは、またビーチに行きました。妻から心の傷を取り除いてもらったのでした。



【他人に必要な美しさ】2006.03.30

ある生物研究所の中に、1匹の研究用のメスねずみがいました。そのねずみは10匹以上の子供を産みました。しかしそのメスのねずみは研究員がみたところ、ガンになっており、あと数日しか生きていけない状態でした。生まれたばかりの子供たちは母ねずみの哺乳がなければ生きていくことはできず、研究員は育たないのではと心配でした。
哺乳期間は41日間必要で、当初それまで母ねずみは生きていけないと考えられていました。しかしそのねずみは病気の苦しみを勝ち抜き、41日は生き抜いて子供たちを養い、次の日に死んでいきました。研究員はとても高揚して、「この母ねずみはとても強い意識をもっています」と報告書に書き記しました。
他人を守ろうとするひとつの責任感は、自分自身を高揚させ、努力し乗り越えることができます。すべての幸せと責任は、人間の生きていることのひとつの価値、証だと思います。



【送別会での拍手】2006.03.23

福建省の総領事は中国から、アメリカのニューヨークに仕事の関係で来ていましたが、それが終わり、お別れの宴会を商工会で行いました。
そのときに、アメリカの文化社の賈さんは通訳を受け持ちました。中国の領事館でも、ニューヨークの商工会でも、賈さんが通訳をします。
しかし、総領事がその際にした挨拶に、賈さんはものすごく慌てました。なぜなら、総領事は福建省周辺の広東語をしゃべっており、賈さんが理解できるのは北京語だったのです。このような事態であっても、この商工会において、通訳できませんなど言うことはできず、賈さんはすぐに総領事の言葉をメモしました。何一つわかる言葉があるわけではありませんが、集中してその言葉を把握しました。総領事の挨拶が終わり、賈さんは冷静に英語に通訳し始めました。
私は、ニューヨークから中国に帰ることとなりますが、ひとつの喜びと悲しみがあります。喜ぶこととは、祖国の親戚や家族、友達と会うことができる。悲しむことは、アメリカでの友人、知人と別れることです。
その言葉を聴いた会場の人々は拍手喝采で、それは、雷のごとく会場に響き渡りました。実際このように仕事などで、関わってこなかった臨時のことが舞い込んでくることがあります。この場合にもうひとつのやり方として、福建省の人はなぜ総領事が広東語を話すことを伝えなかったのかなどと言い、もめることは、結果的にその送別会を円満に終わらすことはできなかったでしょう。選択肢として、良いほうを考え、進める。臨時のことを慌てず行うこと、これは、難しいことに立ち向かうときのその姿勢と知恵が重要です。



【蝿の方法】2006.03.09
アメリカのある大学のウィック教授がある実験をしました。ビールの瓶を、瓶の底の方を太陽に向け、口を閉じていない口部分を暗い方向に向け置きました。そこに蜂を入れたところ、光の方向に行ったまま、動こうとしません。そのまましばらくして、蜂は弱り、死にそうな状態になりました。
今度は瓶に、ハエをいれました。全てのハエは数分間したら、瓶の口から外にでました。蜂は方向性は強いが、光の方に向かう性格があり、出られず死んでしまったわけです。ハエはいろいろな方向に向かい試す性格であり、出られたわけです。ウィック教授は猪のようにあちこちにぶつかり、倒れるようなものよりも、レベルが高いとしました。
現代の生活の中に、そのような状態を、中国では横沖直?といいます。ある人の行動力が特別強いと表現する際に使われます。この例は、成功やいい結果にヒミツはない。行動において、試しに試して繰り返すことが成功につながります。だいたい物事を成功に導いている人々は、普通の人よりも、多くの失敗に失敗を重ねています。それが、結果を出すことにつながっているのだと思います。



【皆頭のいい人】2006.03.03
ある朝、寒くて小雨が降っていました。 そんな日に道路を、Tシャツを着て、短いパンツを履いて走っている人がいました。
道路の両側には停留所があり、そこには数人の冬服を着た人たちがいました。彼ら会社員は寒い中、首を縮めてバスを待っています。彼らは走っているその人の格好を見て「そんな寒い中走るより、暖かいふとんに入っていた方がいい。ばかみたい」と言いました。
もう一人走っている人がいました。さっきの停留所で待っている3,4人の人を見て、「毎日彼らは、3つほど先の停留所に向かうだけの為ために寒い中バスを待っている。それは、ばかみたいだ。それより、走って汗を出して、体を鍛えて運動するほうがいいじゃないか」と思っていました。
走っていた人とバスを待っていた人は、それぞれに自分が頭いいと考えています。人間の場合はどのような人でも、ある程度のことを乗り越えてきたら、賢く生活するようになります。一番気を付けなければならないのは、自分の角度から他人を解釈すると、笑えること、馬鹿なことと見てしまいます。それはあなた自身にとってよくないとだと思います。


【お金をもうけたくない店】2006.02.24
アメリカのある洋服屋がありました。店員の名前はブランムトン。
彼女は心理学を以前専攻し学んでいました。
彼女の店に一人の若いお客さんがきました。
そのお客さんは、「一番刺激的な洋服を買いたい。それを着て、ダウンタウンに行って皆を驚かせたいの」といいました。
「私たちは刺激的な洋服も取り扱っています。しかし、それは自信のない人のためにご用意したものです」とプランムトンは答えた。
「自信のない人に?」
「そうです。そのような人の服を着る方は、自分の足りないところを助けるために着ているのではありませんか?」とプランムトン。
お客さんは怒り、「そんな人ではないわ!」といいました。
「それならなぜ、あなたは皆がみるところで目立つ格好をするのですか?なぜ、あなたは非常に内部の魅力があるのに、なぜそれを隠すようなことをするのですか?もし皆が足を止めてあなたの姿を見るときは、その洋服ですか?それとものあなたの内部の魅力を感じてですか?」とプランムトン。

その話しを聞き、そのお客さんはしばらく考えました。
「そうね・・。私はなぜ大金を払ってまで他人のお世辞を期待していたのでしょう・・。確かにこの何年間か私は自分に自信がなくなっていました。しかし、それに気付くことができなかった。気づかさせてくれて、本当に感謝するわ!」

このように、ブランムトンさんは店にとっては利益のないことをしていますが、このような
形でお金の儲けをしたくないと言う意志からでした。しかしその店にはたくさんのお客さん
が来ます。それはやはり同じように服を買うことを断った人々です。お客さんの間違いを改め、売る服への態度、あるいは生活を改善することが、お客さんからの感謝をいただくこととなるのです。



【愛の力】2006.02.15
アメリカの貧しい民の実話です。
ある大学の教授の生徒は、貧民たちのところで研究のデータをとっていました。ひとつのテーマは、200人の黒人の子供の将来を予測しました。彼の生徒たちは大変真面目で、データを調べて研究をしていきました。結果、子供たちの将来は、非常に落ち込んでいる結果となりました。200人の子供のほとんど例外がなく、大変貧しく忙しい一生を終えるとされました。
20年後、この教授は亡くなり、この教授の後任者は大学の資料の中に、この研究が行われたことを発見しました。彼は自身の好奇心により、そのデータをとった黒人の人々が住んでいるところに行きました。その後任者が驚いたことは、(200人の中に、20人はそこの街から出ており、彼らのことはわかりませんでしたが、)残った180名は、皆とても発展し、よい将来を得ていました。その中に銀行マンや商人など、有名な弁護士や優秀なスポーツマンとなりました。彼らは、すごく感謝した人がいます。小学校の教師が、彼らをそのように導いてくれたのだといいました。大学の後任者は、その小学校の教師を訪ねました。その教師は大変歳をとっていて、話すことがうまくできませんでしたが、誰でもわかる、ひとつの言葉をいいました。
「私は子供たちを愛しています」
結果的に前の教授の専門的なデータは、皆ダメなものとなりました。しかし、小学校の教師は子供たちを愛して育て、自分の責任を果たし、良い結果を導いたことがわかりました。ヒトは人生を変え、愛は他人を育てることもでき、自分の生命の価値も表し、愛は新奇な魔術であります。どのように見るか、ということ。これは禅宗で言えば、心からの力、といえるでしょう。


【考え方で心が変わる】2006.02.11
名前をヘンカというおばあさんがいました。そのおばあさんには2人の娘がいました。
上の娘は傘を販売している有名店のオーナーに嫁ぎました。下の娘はコインランドリーを経営しているオーナーに嫁ぎました。おばあさんは毎日、彼女たちのことを心配しました。雨の日は特に、コインランドリーで服を干すことができず、お客さんは来ないので、下の娘のことが心配でした。
雨の降らない日は傘が売れないので、上の娘のことが心配です。彼女たちの生活はとても厳しいものでした。 とある頭のきれる人が、おばあさんに言いました。
「あなたはとても幸せですよ。雨のときには、上の娘さんのお店が繁盛し、晴れのときには下の娘さんのお店が繁盛するのですよ。」
といいました。それを聞いて、おばあさんは気持ちが晴れました。
考え方を変えれば、毎日が楽しいと思えるのです。生活をしていく中で、風の強いもあり、雨の日ある。 日が照り天気の良い日もあります。要は、あなたがどのようにその状況を心に映し出すかによるのです。
人生をいろいろな角度から見ることで、自分の感覚を幸せにすることができるのです。


【最大の財産】2006.02.03
ある若者はよく自分は運がよくないと、すごく落ち込んでいました。ある白髪のおじいさんは、なぜそのように落ち込むのだとききました。なぜ私はこんなに貧乏をしているのだと、若者は言いましたが、おじいさんは、あなたは最も豊かではありませんか、といいました。
「もしあなたの指を一本切ったとします。それが100万円での交換だとします。それでもやりますか?」
とおじいさんはいいました。若者は
「いや、やらない」
と答えました。
「それでは1000万円で、あなたの手を切って交換する事はやりますか?」
「いや、やらない」
と若者。
「あなたの二つの目を1億円でとるとします。あなたはやりますか?」
「いや、やらない」
「80、90歳になったあなたに10億円あげますとします。あなたはその交換をやりますか?」
「やらない」
「100億円では交換しますか?」
「しない」
「それなら、あなたには100億円の取引を断るほどの価値はあるはず。」
と老人は笑顔でいいました。
その若者は何も答えられませんでした。人は健康や若さを持つことが、最大の財産になります。このような財産はお金からはかることはできません。ある人はお金に執着しすぎますが、お金があったとしても、体がなくては何も意味をなさないのです。それを忘れてはいけません。


【雑草と農作物】2006.01.27
昔、孔子はが、郊外に行った時に、畑の中に農具が置かれているのを見つけた。 農民はいなくて、孔子は道具を持って、農作業をはじめた。 孔子は作物の世話はあまり詳しくはなかったが、手伝いをしようとしていた。
しばらくして、農民が戻ってきて、孔子がやっていることを見て、すごく怒った。 「なぜ、あなたは、私達が作った作物を抜いてしまったのか?」 孔子は「私が切ったのは雑草ですよ。あなたの農作物ではないですよ。」と言ったが 農民はもっと怒って言った。 「わたしが作っているのは、この雑草で、馬や牛の餌にするものですよ」 孔子は、びっくりした。
この話は、他人を助ける気でも、ほどほどの所で、ということです。 孔子は教育や勉強は得意ですが、農作業のことはわからない。本当に助けることはむずかしい。
私達も、たとえば、授業の内容がわからない人を、もすぐに助けてしまう。 助けたほうは、気持ちがいいかもしれいが、その人には逆効果だったりします。 世の中にもよくそういうことがあります。


【人生を楽しめる人】2006.01.19
ある国の王様が、人生を楽しんでる人を探すように家来に命じました。 王様は、非常に悩みが多く、落ち込んでいたのです。
国中を探して、そのような人がいたら、つれてくるように命令しました。 でも、何年もかかって、一人も見つけることができませんでした。
しかし、ある家来が、とても貧しい農村を通りかかった時に、とても楽しそうな歌声を 聞きました。その歌声の主は、一人の農民でした。
家来は「あなたは、毎日がたのしいですか?」と聞くと、彼は「はい、毎日がたのしいですよ。」と答えました。 家来は、彼に王様のところへ一緒に行くように言いました。
彼は、とても喜んで、感謝しました。そしてこんな話をしました。
「私は、昔、貧しくて靴が買えなくて、とても落ち込んだことがありました。でも、ある日、街でひとりの足のない人を見かけました。私はそのとき、自分にボロ靴でも履ける足があることに感謝し、落ち込むことをやめたのです。」
この話のように、どんなに自分が不幸だと思っていても、健康であるなら、障害のある人、難病の人、死にそうな人の事を思えば、それだけでどれだけ自分が幸せか分かるでしょう。自分の人生をどれだけ大切にしなくてはならないかが分かることでしょうう。
それから、禅でいう幸せでも不幸せでも、楽しくても楽しくなくても、自分の人生は自分の心がけ次第だということがわかります。
王様でも、不幸であると思えば、不幸になってしまいます。貧しい農民でも、毎日が楽しいと思えば、幸福な一生になるのです。


【人生の時間】2006.01.12
ある中国の都市の住宅街で3組の家族が隣接して住んでいました。
3人の主人は農村から鉄鋼の会社に入りました。鉄鋼の会社は、肉体労働でとても大変で、給料も低いものでした。仕事が終わっても3人は、別の仕事がありました。1人は、市内の三輪車(タクシー)に乗って、もう1人は自転車やバイクなどの修理の仕事をして、もう1人は、家で文章を書いていました。三輪車を乗っている人は、一番お金をもうけており、修理の仕事をしている人は、生活費用はなんとか足りていました。本を読んだり、字を書いている人は、それによる収入は何もありません。
ある日三人は、将来の希望について話しました。三輪車に乗っている人は、それによる収入が良いのでこのままで満足だといいました。修理の人は、もし出来るならある市内の中に自分の修理のお店を作りたいといいました。本を書いている人は、私は、これからもしこの鉄鋼の会社をやめたなら、文字を書いて生活したいといいましたが、他の2人は、にわかに信じがたいといった感じでした。
5年後、彼らは同じように暮らしていましたが、10年後には、修理の人はお店を開きオーナーになりました。15年後には、物書きの人は執筆した本を発表し、地域の人々に注目されました。20年後。その作品は、出版社に採用され、県の大きな編集にまわされました。
人間は、もし20歳から60歳まで毎週5日・1日に8時間の労働をするとしたら、仕事の延べ時間数は、10年間に値します。自分の自由時間は、その中で17年間分あります。この時間は、もうひとりの人間をつくることができるので、非常に大切な時間です。人の趣味は、人の本来の形であると思います。ある人は、定年後にそのようなことがわかり、よくこれを世間は第2の人生と呼びます。第2の人生は、本当の人生であるとも言えます。定年前にする趣味とはまた別で、定年後の趣味は、大々的なものです。
協会の人のほとんどは仕事以外の時間で、こちらの教室に通っています。自分の趣味、あるいは自分の希望です。気功をやることで、人生を構築することができます。元気、健康、あるいは少林寺の精神の人をつくる。そのようなことを感じられます。



【ある大学の卒業試験】2006.01.04
アメリカのある有名な大学で卒業試験の日、4年生の生徒たちは今までの勉強の成果を上げるべく準備をし、自身満々に受けました。この試験は、教科書や参考書などすべてを利用すれば、大変簡単かと思われました。
試験は1時間。しかし誰も時間になっても解答用紙を出さず、授業の講師は生徒たちに質問しました。この試験の問題は5つで工学関係のものでありました。教授は5題答えられた人はいますか?と問いましたが、誰も手を上げませんでした。4題答えられた人はいますか?と次に問いましたが、また誰も手を上げず、3つの問題、2つの問題、1つの問題を答えられた人と、順に教授は生徒に問いましたが、結局誰も手を上げませんでした。
教授はこれは予想の範囲内だといいました。この問題は難しい問題ではなく、世の中に関係する問題でした。4年生は確かに参考書などを読んでよく勉強をしていますが、それ以上に現実の社会には、もっと難しい問題が多くあります。皆さんが大学で4年間に勉強したことは、人生としての勉強の終わりであるわけではなく、現実の社会でもっといろいろな複雑な問題があります。皆今までの勉強だけでは、まだまだ現実社会では、不十分で、卒業後も一生が勉強だということが、この卒業試験で、感じられました。
その試験を受けた生徒たちは卒業して、段々時間が経つにつれてその教授も亡くなり、教授の名前も忘れられていきましたが、その生徒たちはその試験を受けたことで一生心に残ったことでしょう。


【自分のやるべきことをやる】2005.12.30

人間は、もっと高い地位や高給を得たいという人と、そういう物を好きではない人がいます。
20何年か前に日本のある企業のロンドン支店で雇った、イギリス人の警備員がいました。
この人は非常にまじめな人で、きちんと仕事をしていたので、誰もが警備員にしておくには惜しいと思ってました。
支店長がある時、この警備員に「事務をやってほしい。給料も上がりますよ。」 と言うと、彼は少し考えてから言いました。「私は何か仕事で間違いを犯しましたか?私は警備員を20年やっていて、会社に不利益になるようなことは何もやっていません。それなのにこの経歴を捨てて、なぜ慣れない仕事をしなければならないのでしょうか?」
世の中で利益ばかり考える人が多い中、自分の仕事に誇りを持ち、その仕事が好きで、真善の気持ちがあるということは、大切な事です。



【安心草】2005.12.26

昔、ある国の国王が、朝自分の花園を散歩しようとすると、驚くことがありました。
自分の花園の花が全部枯れていたからです。

草や木に聞いてみると、「国王は、松の木はりっぱでないしきれいでない、美味しい実も付けないので、見に行きたくない」と言っていたので、松の木は「確かに自分は、
りっぱではないしブトウの木のような実はつけられない」と思い生きてく気力がなくなっと言いました。
他の植物も、隣で咲いてる花をみて、自分は他の花よりきれいじゃないイキイキしてないと思い生きて
いく力をなくしてしまったようなのです。
でもその中で、花園の隅できれいに咲いている安心草という小さな花がありました。
とても小さいけれど、きれいな花を咲かせていたので、国王は喜んで、草に「なぜ、あなただけは、元気なのか?」と聞きました。
安心草は「国王は、わたしに、ただの安心草になれといっていたので、わたしは、気楽で楽しく自分の役目を果たせました。安心して自分のやるべきことをやれたのは最大の幸せです。」と答えました。

一切の不幸や悩みは、自分の心が安心でない、あるいはいろいろな余計な欲求不満、やるべき事をしなくて、自分自身と、世の中、自分自身の立場と世の中のズレが正しくできないと、不幸や悩みの原因になると思います。ひどくなると犯罪なり、自殺になる原因でもあります。

全て自分の心の中の欲望・要求と現実の差がある事が、全ての不幸・不満・順調ではないように思えてしまうのだと思います。



【災い転じて福となる】2005.12.15

あるたばこ会社の営業員は、アメリカで営業するため1ヶ月ホテルに滞在することになりました。しかし、運悪く、アメリカでは、滞在中の1ヶ月間を禁煙の月と定めていました。しかも天気は、雨季です。このままでは、ホテルの滞在費は、かさみ、持って来たたばこも湿気でカビが生えてしまいます。

その営業員は、あせる気持ちでぐるぐるホテルの部屋の中を歩き回っていました。
そのとき、ふと、壁に掛けてある“禁煙”の文字を見つけました。
これを見た営業員は、ピンとひらめきました!
そして3日間の新聞広告を出したのです。
その広告には、こう書かれていました。
禁煙の大きな文字。その文字の下には、自分の会社のメーカー名を入れました。
このたばこメーカーでも、例外ではない。と。
すると、この広告は、瞬く間に市民の関心を集め、あっというまに知らない人は、
いないほど、話題になりました。

たばこを吸う人たちも、関心を持ち、このメーカーのたばこは、どんな味か試してみようと、持って来たたばこは、あっという間に売切れてしまいました。

また、中国のある子供向け自転車会社は、イギリスに輸出しました。
ところが、この自転車の車輪が、鉄鋼の上を通った時に変形し、乗っていた
アイルランド人の子供は、怪我をしました。
このニュースを中国で社長が聞くと、すぐに、イギリスへ向かいました。
そして、新聞に記事を載せました。
「子供の怪我の保証は、すべて当社が、負担します。
また、すでにお買い求めの自転車に関しては、無料で安全品質検査を行います。」
この記事を載せたことで、結果的には、海外での信用がすごく増えました。
翌年は、この会社の自転車の売り上げは、イギリスで前年度に比べて、8.5万台増加しました。

これらの意味は、ひとつのことをやるときに、色々と方法がありますが、
自分が思っている方法が、一番悪い方法かもしれません。
逆に、一番反対の方面の方法が、一番いい方法かもしれません。

だから、あなたが、人生の中で一番の逆境にあるときほど、あなたは大変化できます。
そうすると、あなたは、出来る。出来るともっと出来るようになるかもしれない。
逆境のときほど、逆に一番成功のチャンスがあるということです。



【あなたはナポレオン!】2005.12.10

あるフランス人は42歳にもなっても、何も成し遂げられていませんでした。運がとても悪く、奥さんには離婚をされ、勤めていた会社は倒産し、失業をしました。自分の存在の価値、人生の価値がわからず、自分に不満であり、また不安定で、すぐに感情的になったり、それでいてとても弱い人でした。ひとりのある民族の占い師に、占いをお願いしました。その占い師は手相を見るなり、「とても素晴らしい」といいました。フランス人はとても驚き、「あなたは冗談を言っているでしょう?」といいました。その占い師は、「あなたが思うあなたとはなんでしょう?」と問いました。「私は一番運が悪く、貧乏で、世の中から見捨てられた人だ。」といいました。フランス人の人は「私は誰ですか?」と尋ねました。「あなたはナポレオンのような人です。あなたの中に流れる血、あなたの勇気と知恵は、ナポレオンそのものです。本当の自分をあなたは発見していません。」「それは違う。離婚もしているし、会社は倒産して失業もしている。」「これはあなたの過去であり、未来はすごいものです。信じなければ、そうはなりませんが、あなたはフランス1の成功者です。なぜならあなたはナポレオンなのですから。」

フランス人は信じませんでしたが、心のどこかでは気にかかり、ナポレオンに対しても興味をもちました。ナポレオンの本を読みあさり、そうしていく中で彼の友達関係や、会社の社長との関係、あらゆる物事が順調に進むようになっていきました。周りはなにも変わっていないことを彼はわかっていましたが、周りの人を今までとは異なった目でみることで、彼自身が変わり、同じことでも違うものになり、良い展開を迎えるようになったのです。自分の信念、自分の考え方で、13年後、55歳のときに、億万長者となりました。これは成功の状態を想像して、描くことで、だんだんと自分の信念となり、心の中に道筋が作られ現実となるのです。



【目標達成への行動の仕方】2005.11.29

鉄眼元始というあるお坊さんがいました。彼は人々の募金で金の仏像を作りたいと思いました。これは大変なことですが、鉄眼元始は諦めませんでした。鉄眼元始は道の人に募金をお願いしました。そこに一人の武士が来て、その人にもお願いしました。武士は目を合わせず、聞こえないふりをして行ってしまいました。しかし鉄眼元始は彼の後について10何キロの距離を行きました。武士は仕方なく、ほんの少しのお金を道に投げ捨てました。鉄眼元始は喜んでそれをもらいました。その武士は「たったこれっぽっちのお金で喜ぶとは変なやつだ」と言いました。鉄眼元始は「今日は金の仏像を作るお金をみなさんにいただく第1日目。もし今日何十円も得られなければ、目標への意識が低くなる。あなたの寄付のおかげで、私の最終的な願望を達成できると思うのです。だから嬉しいのです。」といいました。
夏が来て春が来て、雨の日も風の日も、雪の日も、どんな日もお金の寄付をお願いし続けました。鉄眼元始はやっとのことでお金を集め、仏像を造りあげました。
小さい川は大きくなれば大河になります。小さなものでも集まれば、大きなものになります。自分の信念があって時間がかかっても目標に向けて進められれば、どんなことでも成功でき、理想を実現することができるのです。



【自分にあった目標設定】2005.11.20

ある日、何人かの人が釣りをし、観光客の人は海のところで景色をみていました。ある釣り人は一匹のすごく大きな魚をとり、その魚は1メートル近くの魚でした。とてもいい魚でしたがその釣り人は、針をとってその魚を捨てました。周りの人人は驚き、その人はその魚では満足できずにもっと大きな希望をもっているのだろうかと思いました。人々はしばらくその人をみていました。次に釣れたのは先ほどの魚の3分の2くらいの大きさの魚が釣れましたが、またその魚を捨てました。その次は前の3分の1(30センチ)の大きさの魚を釣りました。人々はみなこの釣り人はこの魚を捨てるだろうと思っていましたが、それを籠の中にいれました。なぜこの人はなぜ大きなものは捨てて小さなものをとるのかと観光客は彼に聞きました。自分の家にある大きなお皿はせいぜい30センチくらい。大きな魚はお皿に入らないのだといいました。
人生の中で自分に最もあう物事を探すことは非常に大切であり、もしそれがみつからなければ、永遠にその人は不満足の中に生活することになります。一般的な目でみてこの釣り人のやり方は、馬鹿みたいだと思われますが、非常に重要な禅の道理をあらわしています。ひとつの決めている目標のために別の利益の誘惑は受けない。これが本当の釣り方なのです。
これに類似していることは多く、私が初めて日本にきた際も、いろいろなことにあいました。ある留学の人はアルバイトばかりをしながら研究をしていましたが、私は研究などなにもないときは武術と気功の練習をしました。ある人は、「あなたは馬鹿です。それだけのことができるのであれば、アルバイトの仕事が2人前くらいできるのではないか。1年間だけ日本にいるのだから、時間を大切にしてお金を儲けなさい」といわれました。しかしこの当時の日常で武術と気功の練習をせず、普通のアルバイトなどをしていたら、本当に必要なときにそれらが発揮できず、今の事業に至らなかったでしょう。物事はちゃんとした目標で、利益や誘惑を考えないことが大切です。協会にきた方で、有名なところのアドバイスをする方は、「全日本少林寺気功協会は気功だけをやって、ほかの売り物は一切やらないですね。他の気功組織は気功をやると同時に飾り物や水晶、中国の健康のお茶や練功服など、練功の場所に並んで売っていますが・・」との話しでした。日本に来てからは、気功をやりながら中国のダイエット食品などの商売をするかなどの話をしたことがありますが、全部お断りしました。気功をやるなら気功だけをやる、それが私の基本的な考え方です。みなさんの場合も、目標をしぼって物事を取組むと良いのではないでしょうか。



【世界で1番短いもの、長いものの話】 2005.11.12

昔アフリカに、時間という大金持ちがいました。時間は牛や馬や土地をもち、その土地では農作物をつくり、家にはダイアなどの宝石を持っていました。財産を多くもっているので、外国の人々にも彼のことは知れ渡り、商人や有名人、踊り子や使者などが遠くから訪れてきました。これらの訪問者は自分たちの国に帰ると人々に、この時間はどのような生活をしているのかを話しました。この時間は貧乏な人に自分の牛や馬などを与えました。世界中の人々はこのような良い人はどこにもいないといい、時間のような生活をみたことがないとみな言いました。
長い月日が経ち、ある国の使者は代表として彼に挨拶にいきました。その伝説のようなお金持ちの国の時間にぜひ会ってくださいと、以前の使者は帰るときに伝えており、また時間の元へと行くことになりました。使者は何日間かかけて時間の住んでいる国へ行きました。その町の郊外に、乞食のような服を着た老人がいました。使者はその人に時間というお金持ちの人はいますかと訪ねました。この老人は悲しそうな顔をして、ここに住んでいますよと言い、みな城に入ってくださいと案内しました。そこにはその国の人々が集まっていました。使者たちは彼らに、伝説の、神秘の人に会い国に帰ったらみなに伝えたいのだといいました。このような話をしていると、乞食が歩いてきました。国の人々は、この人が伝説のジ時間であるといいました。やせこけ、服がぼろぼろのこの老人が、その伝説の時間であるのかと使者は目を疑いました。使者は老人に本当に伝説の人なのかと尋ねました。老人はそうです、と頷き、私が時間です、今は不幸の人になりました、といいました。昔は世界で一番お金持ちでしたが、今では世界で一番貧乏になったのです。使者は半信半疑ではありましたが、彼の身なりをみて、生活は確かにそのようになっていることで納得しました。使者たちはこのことをどのように国の人々に話そうかと考えました。時間は、このように伝えてくださいといいました。
時間は少し考え、時間はもう過去の様子ではないとお伝えください、といいました。時間はあなたが喜びを感じても、悲しくても、一度終わってしまったら戻らないのです、と。世界の中で一番長いものは時間です。時間は永延に流れます。将来ずっと、一千年でも一万年でも。しかし一番短いものもまた時間なのです。
人間は多くのやりたいことがあり、まだ終わらないと言っていても否応なしに時間は流れていきます。待っている人にとって時間は有り余るように感じ、楽しいことをしている人にとって時間は早く感じられます。時間は無限に大きくなりますが、無限に小さくもなります。あるひと時を誰しも大事とは思わないときがあっても、その時間が終わってしまったら誰もがその時間を惜しく思います。またもし時間がなければ、なんのやりたいこともできず、また時間があっても、世の中においてやることに意味のない時間は流れていきます。反対にとても意味のあるものは世の中に保存され、歴史として残ります。このようなことからわかるように、わたしたちは今からでも時間を大切にすべきであり、それは生命を大切にすることにつながるのです。



【目標】2005.11.06

皆、生活目標というものがあります。この目標は、人により異なり、何を目標とするかで本当の自分がわかります。もし目標がなければ、人生の本当のことはわからなくなり、見失います。

物語は、片手しかないコジキの話です。
このコジキは、あるお寺から、なにか物をもらいました。
この寺の管長は、遠慮のないはっきりという方で、お寺の玄関にある多くのレンガをそのコジキに、あなたは、このレンガをお寺の後ろのほうに持っていってくださいといいました。このコジキはこれを聞き、片手しかないのにどうしてもっていけよう、なぜ片手しかないことを皮肉にするのかと怒りました。管長はなにも言わず、片手でその1つのレンガを持ちました。コジキは仕方なく2時間かけて、レンガを持っていきました。運び終わると、管長が、コジキに少しのお金(中国のお金の銀)を与えると、受け取ったコジキは非常に喜び感謝しました。しかし管長は、感謝はいらない、このお金はあなたが働いて得たお金である。と言いました。コジキは、あなたのことは決して忘れないとお礼をいい、去っていきました。

またある日、そのお寺に別のコジキが来ました。そのコジキは身体の不自由はありませんでした。管長はそのコジキに、寺の裏にあるレンガを指差して、このレンガを寺の前に持って行ったらお金を与えましょうと言いました。そのコジキは、管長の申し出を無視して去って行った。お坊さん達は、管長のすることの意味が、理解できませんでした。なぜなら、前回コジキにレンガを寺の前から後ろに持っていかせ、今回はまたコジキに頼んで後ろから前に持っていかせたのですから。レンガは前に持っていきたいのか、後ろにもって行きたいのかと訪ねました。

管長は、レンガがどこにあるかは問題ではなく、持っていくかどうかがコジキにとっては全然違い、意味のあることなのだといいました。

何年か経ち、お寺の前にはとても優雅な服を着た人が来ました。なにかとてもよい気質を持っている方のようですが、足りないのは、片腕でした。その人は、実は、昔片手でレンガを運んだコジキでした。管長がレンガをコジキに運ばせることによって、自分の価値、あるいは、自分の目標を探すことを知りました。自分で努力をして成功したのです。
そして、もう1人の身体に不自由のないコジキは、その後も変わらずにコジキのままでした。人間には基本的に、二つの能力が必要です。
ひとつは自分の手で労働すること。
もうひとつは自分の頭で考えることです。


【真の善良な心】2005.10.28

昔スペインに有名な画家がいました。名前は、フリーノ。1618年生まれで1682年に亡くなりました。彼の教える絵画教室のなかに、油絵を正式ではないですが、完成の前段階まで描き終えた人がいました。未完成ではありますが、それは、とてもバランスがよく、才能があるものでした。しかし、この画家は、いつも夜中まで残って朝までの間に描いているようですが、これが誰なのかは、誰も知りませんでした。ある日の朝、生徒がみなそろそろ教室に来るころ、みなが集まって驚きの声をあげました。油絵に聖母マリアの肖像画が描かれてあり、その絵のタッチはとても美しく、何にも比べられないくらい美しいものでした。ひとりひとりの生徒に誰が描いたのかとフリーノは聞きましたが、みな首を横にふっていました。フリーノは、この絵を描いた人は、私たち全ての人の大師になりますといいました。
その教室には、サイボスフィーという名の奴隷がいました。フリーノの教室の後ろにいつも立っていますが、彼に、誰が夜にいるのかと問いましたが、私以外誰もいませんといいました。もし彼が、フリーノに、油絵を描いた大師がきたことを伝えなければ、ベン(ムチ)で30回の罰をうけることになるとフリーノに告げられました。彼は黙って膝を曲げ、後ろに下がりました。
その夜サイボスフィーは、ベッドに眠りました。彼は次の朝3時の鐘が、3回鳴ったとき、飛び起きました。それは自分の時効の時間が、せまっていることを示していました。
キャンバスの前に座って絵筆を使い、前夜の作品を消しました。絵が最後まで書き終わるまで描き続け、すぐ絵の世界に入りました。あるところは色つきで、あるところは一筆描いて、3時間の間あっという間に終わりました。
サイボスフィーの目が覚めたとき、彼の周りには生徒たちが静かに座っていました。太陽の光が窓から入っていましたが、ロウソクの火はまだついていました。奴隷のサイボスフィーですが、みなの目は熱心に彼をみていました。フリーノが来て、誰があなたの先生ですかと聞いたところ、サイボスフィーは、あなたですといいました。フリーノは彼には教えていませんが、サイボスフィーは、フリーノが生徒さんに教えているときに習っているのだといいました。
フリーノは、あなたの絵はとても素晴らしいとサイボスフィーに言いました。フリーノは彼に賞を与えるといいましたが、生徒たちは何を与えるのかと、洋服だろうかお金だろうかと考え、サイボスフィーは、奴隷なのであまり賞は受けられないだろうと思っていました。またある人は、今日の先生は、とても機嫌がよいので彼に自由を与えてくれるのではないだろうかといいました。しかしサイボスフィーは、フリーノに、自分の父を自由にしてくださいとお願いしました。フリーノは、あなたの画家としての才能は飛びぬけたものであるにも関わらず、あなたの願いは、父を自由にすることであるというのは、感激する話しである、といいました。これは、あなたの心の善良を表しており、これからあなたを私の息子にしたいとフリーノはいいました。のちの話では、フリーノはこのような素晴らしい画家を育てることができてとても幸せであったと話しています。今でもイタリアの有名な絵画の中に、フリーノとサイボスフィーの作品は残っています。
真の善良な心の持ち主は、どんなところであっても才能を持ち合わせています。
心がなければ少しの物事しかできず、それを生活の糧にはできないでしょう。
このような善良な心と才能は、私たちが成功するための必要な素質であるのです。


【希望の糸、希望の三味線】2005.10.24

昔一人の目の不自由な三味線奏者がいました。その人が生きている間にこの世界を見たいと、有名なお医者様を訪ねましたが、よい方法がみつかりませんでした。しかしあるとき中国の道子に出会いました。この道子は、「目を治す方法が書いてあるこの処方箋を、三味線の線が1千本はさけるまで演奏をしたのなら、あけてよい」といいました。そうでなければ、この処方箋は効かないのだそうです。この三味線師は目の不自由な弟子に1年、また1年とあちらこちらで演奏をさせました。1千本の三味線の線が切れたとき、大事に保管してあったその処方箋を開き、目の見える人に見てもらいましたが、一枚の紙があるだけで、何も書いてありませんでした。この弟子はこれを聞いて涙をぼろぼろと流しました。道子のいうこの1千本の意味はわかります。自分の目が治るというひとつの希望をもつことにより、自分の三味線を支えに53年間生きてきました。歳になって目の不自由になった〜人はこの弟子に言わなかった。この紙はただ自分の目が見えるようになりたい弟子に渡しました。同じことば、一枚の目を治す方法を書いた処方箋ありますが、1千本の線を切ったならこの紙をあけていいでしょうといいました。今あなたは弟子を受け入れられますから、詩を三味線で歌ってください。もし1千本を切ったのなら答えがあります。これは希望の三味線、希望の糸があることが心の中に残って、人間にとってとても大事で、生きていることの支えになるのです。



【ヒヒを捕まえる罠】2005.10.16

アフリカの地元住民には、猿の種類であるヒヒを捕まえるのにおもしろい方法があります。
遠くをみている大きな猿(群れの見張り役)によく見える木に、わざと罠を仕掛けます。
この罠は、外の口のところは小さく、下は大きい入れ物で、ちいさな口から手を入れることはできるが、中のものを掴んで取り出そうとすると手は抜けなくなる仕掛けです。
その中にヒヒの餌となるリンゴ等の食べ物をいれます。
そして人間が遠くに離れると、すぐにヒヒはすごく喜んでやってきます。
手で入れ物の中の餌を掴みますが、この入れ物の口ははすごく小さいので、手が抜けなくなります。 もちろん、餌を離せばすぐに抜けるのですが。
罠を仕掛けた人間は慌てずにヒヒが逃げる心配をせずに、その捕まえることがでます。
ヒヒは好きなもの(餌)をびっくりするほど離そうとしなそうです。
このようなことを聞いたときとても面白いと思いました。人間の心理をヒヒに使ったものです。
もしヒヒが餌をいらないと言って手を離せば、すぐ逃げることができるのです。
猿でも人間、類人は似ている。このような行動は無意識で、本能の下でやっていることなので、自分では決められない。
人間も同じで、社会的な利益の為には、なかなかそれを手を離すことができないものです。
中国のことわざで「一歩下がって海を広く、天気も広く」意味は、とても広い意味があります。
世の中にたくさんのことがあるが、自分自身が一歩さがって、たとえば、お金や利益、名誉などに執着しすぎなければ心は静かで健康で元気で、いろいろな事をうまくできるようになるかもしれないとおもいます。

【成功は、信用性から来る】2005.9.26

1835年アメリカ、火災保険会社の株を持っていることで有名になった
モックンさんとその家族がいました。

この火災保険会社の株は、すぐ、お金を支払わなくても、
サイン1つで株が購入できます。

ある時、お客さんが、火災事故で、その火災保険会社に多額の請求をしました。
もし、ルールの通り支払うと多額の金額を支払わなければならず、
すぐに保険会社は、倒産になります。
それを知った、株主達は、株を持っていたら大変なことになると、
すぐに株を売りに出しました。
モックンさんは、よく、考えて、お金よりも信用が一番大事と、自分の家や
土地やその他資産を全部売ってお金を作り、株を売りたい人から、安い値で株を購入しました。
そして、多額の請求の賠償金もなんとか支払いました。

当時、その火災保険会社は、信用できる保険会社と良い評判となりました。
モックンさんは、この会社の株をほとんど持っているので
この保険会社の代表となりました。
でも、多額の賠償金を支払ったので、会社は、倒産寸前です。
そこで、お客さんを獲得するために、他の保険会社の倍額を保証すると
広告を出しました。そうするとお客さんは、大勢契約に来ました。
もともとお客さんには、この保険会社は、一番信用できると評判だったからです。
この保険会社は、数年後には、アメリカ金融帝国の首位となりました。

だからモックンの家族は、ひとつの株で億万長者となりました。
この結果は、信用がもたらしたものです。
成功には、信用が、一番大事ということです。


【イギリスの首相チユジャーの話】2005.09.15
 〜弱点を決して諦めない〜

第二次世界大戦中の一番混乱の時代にイギリスの軍隊と民衆の精神的支えは、
毎朝のラジオ放送でのチユジャーの話でした。
チユジャーの民衆に対する話は、力強いジェスチャーと人々の心に勇気と希望を与えました。

チユジャーの青年時代は、人前で話など出来ないすごく恥ずかしがりやで、すぐ顔が赤くなってしまうほどでした。
しかし、彼は、自分自身の人生の目標を強く持っていましたので、自分の弱点を克服するため、毎日、鏡を見ながら、講演の練習を始めました。
ひとつひとつの言葉、ひとつひとつのアクション、ひとつひとつの表情を何度も何度も納得が、いくまで練習しました。

現実の生活の中でもだんだんに人前で話すことを練習して、レベルもアップしていきました。
数年後には、話す言葉や内容も人々を感動させられるくらいになりました。

偉大な人は、自分自身をいつでも客観的に見て、自分に足りないところや弱点を良く知り、
それを克服する努力を行える人です。
実際に1548年にイギリスの牛津(ニュウキン)大学で、「成功の方法」という題で、講演会を開きました。
講演者は、当時の偉大な人物チユジャーさんでした。
全世界のマスコミが、注目した講演会でした。

政治家・外交家・文化家であるジェスチャーの成功の秘密を世界中の人が、聞きたいと会場は、あふれんばかりの人で埋め尽くされました。
盛大な拍手で迎えられた、彼は、聴衆を手で制し、こういいました。

「私の成功の秘密は、
第1は、決して諦めない。
第2は、決して決して諦めない。
第3は、決して決して決して諦めない。
私の講演は、ここまでです。」

そう言うと壇上から降りていきました。
会場は、1分間静まりかえっていましたが、その後、割れるような大喝采となりました。

続ける、根気と努力こそ、成功の秘訣です。
つまり、何度失敗しても、決して諦めないこと。
成功するまで、絶対に諦めない。諦めたら、そこで終わりです。
諦めるから、失敗は、失敗のままで終わります。

成功するまで、絶対に諦めない。
そうすると、あなたは、成功者になります。

成功の秘訣は、決して諦めず、努力し続けることです。


【孟子と3回の引越し】2005.09.08

孟子は、中国では、お母さんの子育ての逸話として、有名です。
孟子は、小さいころから、いたずら好きで、やんちゃな男の子でした。
はじめ、孟子の家は、お墓の近くでした。
だから、いつも葬儀をやっていて、人々が、悲しみ泣く様子を見ては、
孟子は、自分も真似て、よく泣きじゃくりました。
お母さんは、こういう環境で育てることは、教育上よくないと考えて、
引越しをしました。

引越し先の新居は、商店街に近い、にぎやかな場所でした。
そうすると、孟子は、いろいろな商店を見て、商売人を真似して、お金の計算とかに興味を持つようになりました。それを見ていた、お母さんは、こういう