連載 「少林寺の精神」
秦西平のコラム 2004年
【少林寺の精神 空と無】  2004.08.16
【続・少林寺の精神 空と無】  2004.08.30
【忠と義】  2004.09.17
【慈】  2004.09.27
【仁】  2004.10.4
【先輩】  2004.10.12
【自分から他人を助けること】  2004.10.18
【継続】  2004.11.9
【禅武合一】  2004.11.17
【伝統】  2004.11.23
【勤勉】2004.11.30
【正しい伝え方】2004.12.07
【少林寺の精神の表わし方の決まり】2004.12.15

【少林寺の精神の表わし方の決まり】2004.12.15

少林寺のものとは中国の河南省にある嵩山少林寺のものです。
ほかにも少林寺という名の付くところはありますが、
それはここから生まれた孫のようななものです。
お寺の形があり武術もそこにあるかもしれませんが、
でも本来的なものは総本山の嵩山から出ていないと何も言えないです。

少林寺の精神でも、少林寺のものは一般的に管長の許可がないと出せません。
この協会の認定式などもそうです。
でも精神面、知識的なものなど目に見えないものはどうでしょう。
一般的に武術などは周りの武術学校にも少林寺のものがあると言えますが、
少林寺の精神ということはそういう学校で色々と教えていくことはないです。

こういう本来のもの伝統的なものというのは、どういうふうに残していくか。
例えば昔は仏教のことは基本的に仏陀の教える内容からいろいろなお経になります。
その後の高僧は一生の間ちゃんと自分は勉強して研究してお経の解説のための
話をします。これも信頼できます。

少林寺もまったくこれと同じ形ではないですけど、
少林寺の本来のもともとの色々な決まり、特に大事な決まりは、
まず、少林寺の身分を持っている人からでないと伝えられません。
例えば、少林寺の管長や最高師範とか少林寺何代の禅師などです。
そういう少林寺を代表できる人物が言ったことは信頼できます。

もし、こういうことを外の人が言うとこれは訳がわからない。
少林寺の名前は外部でもついていますが、これは少林寺の家族式の流れの人のことです。
この家族式は日本の場合だと徳川家康などの徳川第何代とかの流れです。
そういう流れじゃない人がもし何か言っても信頼されるのは難しいでしょう。
例えば私は34代として色々伝えていますが、この次は継承者35代が伝えるのが本来の決まりです。
それ以外では他人に言うことはできないです。
この協会では、色々な教室で皆さんに私は教えていますが、
こういう少林寺の精神や少林寺の技術を伝える時は、
例えば自分の弟子になって世の中で活動して一定の実績ができて社会的に認められてからです。

昔、達磨大師のあとをついだ二祖の慧可は、頭も良くいろいろ勉強もして悟りもありますが、
その時に世の中は慧可はまだどういうものかわからないです。
慧可は、達磨大師に習ったものをあちこちに広めに行き、
南京では皇族の中にすごく素晴らしい影響を与えました。
そういうことがありだんだんと周りは確かに二祖だと認めます。
そうすると慧可の話は禅宗になり、二祖として代表として伝えることはできます。

六祖の慧能も同じです。五祖弘忍からあとをついだ時には周りはみんな信じない。
その時の慧能にはあまり身分がないですから。
そうすると六祖は長い間隠れて修行しています。
その時、もう一人の弟子の神秀はまた他の考え方でしたから、
皇族の中で活動してその間に実績を作っていました。
慧能はその時にはまだ何も作っていないです。
でも最終的に表に出た時にだんだんと弟子が増えていき、
経を伝える時には高レベルの僧侶にも、慧能の話は確かなレベルだと尊敬され認められます。
そして慧能は確かに六祖であり、学説も残りました。

だから、少林寺の精神のことでも少林寺のものでも、
もし皆さん興味を持っている場合は、私が話す内容をもっとよく聞いて消化して
理解してあるいは悟りでいて下さい。
そしてもし自分が教室を開いた時には生徒によく解説できて、
工夫してちゃんとよく人に対してうまく説明ができて、世の中にだんだん認められたら
そうするとその人は少林寺の精神は言えるかもしれません。
逆に、言葉だけだったり、あるいは自分用の為にこういう言葉を使ったり、
他人に責める為に使ったりそういうことはいけないです。
少林寺の精神は誰かに利用される道具じゃない。

これはひとつの私たちの、世の中の宝みたいな存在です。
この宝の存在には宝の地位と原因があります。
これを使う時には宝として使わないとだめです。
だからできるだけこれから少林寺の精神を話す時には本当によく考えて消化してからです。

例えば自分が非常に高価なダイヤモンドなど何百万円もの宝石を買ったとすると、
そういうものは軽く扱えないでしょう。
軽く扱う人は逆にたぶんこの宝のことをよくわからないのでしょう。

この少林寺の精神を伝えるということは、軽く口にしたり他人にそういう要求をするとか、
そういう立場ものじゃないですから、ちゃんとよく理解して大事にして下さい。
もうひとつはそういうことを伝える時には、ちゃんと自分の実績を作って
世の中に社会的に信頼され認められるまではあまり簡単に言わないで下さい。
特に協会の人はあまり軽く使わないで下さい。

もし言うなら、秦先生はこういうふうに言いましたというそれくらいでいいです。
あまり私と話が違うということになると、外に出た時に
少林寺のイメージやあるいは少林寺の味とはずれてしまいます。
前にも話しましたが、この味ということは確かに大事なことだと思います。
今も少林寺のその味が長く千年以上も保存できているというのは、やっぱりそういう
少林寺の精神を伝える方法の決まりがあるからでしょう。


【正しい伝え方】2004.12.07


少林寺のものは千五百年の歴史の中、達磨大師から一代一代伝えられてきました。
でも、どういう形で伝えられたのか。例えば組織の形、お寺の管理組織とか。
実際はそういうものではないです。

少林寺の精神は、師と弟子の関係で伝えられます。
初めは達磨大師から慧可へ、慧可から三祖へ、三祖から四祖へと繋がっています。
元・宋の時代に作られた少林寺式の72の字の一番始めからスタートされます。
この字の順番で一代一代で伝えるということです。
もちろんお寺で受け継いでいる形もありますが、
その中の一番核心のものは師から弟子へと代々伝わります。
この弟子というのは例えば現代では31代、32代、33代、34代があります。
34代は私ですが延という字です。33代の現在の管長は永の字です。
32代は行、31代は徳です。この代が今存在しています。
この代の親子の関係の様な家族式で少林寺の精神、技術も秘伝も全部そういう形で伝えます。

現代は少し開放して外にも伝えていますが、
でも一番秘密の伝統の大事なものはこの代により伝える形になっています。
だから組織というよりも、こういう家族式が少林寺でもっと大事とされます。

実際歴史の中の優秀なものはほとんどそういう形でしょう。
日本の武道や仏教などもそういう伝え方は同じです。
有名な話では、密教を日本に伝えた弘法大師空海です。
空海が留学して長安の青竜寺を訪れた時には、空海の師には先輩弟子は大勢いました。
空海は才能もあり人格も優れていて条件を備えていました。皆からも尊敬されていました。
だから師は空海に会った時「あなたをずっと待っていた」と言い、密教の奥義を伝授しました。
このお寺の管長の見る目は確かですから、空海は日本に戻ってから教えを伝えこれを発展させました。
こういう伝え方はやはり少林寺も同じです。弟子、家族式は正しい伝え方の大事な方法です。


 【勤勉】2004.11.30

お坊さんには特に任務とか決まった仕事などは実際はありません。
会社の様にどのくらいで仕事を終わらせなければならないとか、
農作業の様にここまで進めなければならないとかそういう形はないです。
もちろんお経を覚えることはありますが。
お坊さんは表面的な形としての仕事ではなく、いろいろな使命と任務、精強であることなどがあります。
歴史の中では、お坊さんは食べるだけで何も仕事をやらないので、
国にそういう人があまりに多すぎると農業や工業をやる人はいなくなってしまうと
そういう風に言う皇帝もいました。

実際は、お坊さんはやることがないわけではありません。
少林寺にもこういう特徴がありますが、少林寺はお店も持っていますし土地も持っています。
修行の他に農業で野菜を作ることもやっています。
自分食べるもの自分使うものは全部自分の手で働いて、貰います。
ここには勤勉という生活態度が表れています。
朝は早く起きて武術の練習をして、夜も遅くまでいろいろな修行をします。
これは勤勉の精神です。

少林寺の精神の一つとして勤勉ということは、何をやっても自分は自然に勤勉の素質を持つことです。
そうすると色々なことをやっても非常に楽しくいい気持ちでできます。
でも例えばもともと怠けの素質のある人は、一緒に何かやっても何でも負担になって、
気持ちよく感じることができないと思います。
おいしいもの食べたりとか旅行ばかりとか、いいものを貰ったりする、
それだけが楽しいというそういう考え方の人の場合は、
根本的に人生は楽しいものにはならないと思います。

事業と人生の成功、楽しい気持ちと幸せはたぶん勤勉の人が貰うと思います。
勤勉の人は自分は何でも負担じゃなくて楽しい気持ちでいろいろやるからです。
蜂はずっと止まらないで蜂蜜を作る、だからいっぱいの蜂蜜ができる。
もし、毎日寝るだけの蜂は、花粉も運ばないから蜂蜜は作れないでしょう。
私は邱永漢氏と気功の関係で3年ほど仕事をしたことがありますが、
彼は確かに非常に勤勉な人です。以前こういう話を聞いたことがあります。
−自分の忙しさに関係なく必ず毎日原稿を2枚書かなければならない。これは長い間の習慣です。−
もし時間が足りないときには飛行機での移動中や待ち時間に書いたそうです。
すごく忙しい中、いつも脳は働いているから、高齢でもまだまだ元気なのだと思いました。
毎日のこういう習慣から書かれた原稿が、たくさんの本になり、そこから大勢の読者がうまれて
考えを広く伝えることができるのだと思います。
こういう面から見て邱永漢氏の人生は成功だと思います。
世の中で勤勉にいろいろなことをやっている人達から社会に有形の精神財産と物質財産が残ります。
もし私たちの祖先が皆怠け者で何もやりたくない、毎日寝るばかりだったら、
今の私たちにはたぶん何も残らなかったと思います。
だから勤勉は少林寺だけの精神ではなくて、人間の世の中に基本としてあるものだと思います。



【伝統】  2004.11.23

少林寺の様に、ひとつのお寺に武術と禅が揃っていて、それが頂点にあるところは、 たぶん世界でふたつとないでしょう。 歴史上、武術の練習を行なったり、僧兵のいるお寺はを持っているのは 少林寺だけではないですが、でもこれを続けることができた原因を 客観的に考えるとそこに色々な素晴らしいものをもっていたからだと言えるでしょう。

ひとつの重要な原因は少林寺式の特別な流れと伝え方です。 これは宋と元の時代に当時の管長フヨウ大和尚によって決められました。 少林寺式の家族の形についてです。これは字によりまとめられ倍に広がっていきます。 代ごとに皆大きな家族ができてそういう形で伝えます。
例えば今の管長は三十三代で永という字があります。そして私は三十四代で延という字があります。 こういう形で数十代が作られました。 少林寺はずっとそういう代があり、家族の形で親子みたいなその組織の中に 仏教の禅と武の精神はつながります。
この中に生まれたものは特徴もあります。もちろん現代でもそういう形でつながります。 これは歴史もはっきりわかります。ずっと続いて途中で切れません。
もし、例えばこれを現代らしく民主的にやっていくとしたら、 皆は喜ぶかもしれませんが、でもたぶんこういう伝統的なものになるのは難しいと思います。 そうしたら、喜んでいる時には伝える、喜ばない時にはすぐ終わってしまいますから。 だからこの形は少林寺に大事な存在です。 ここに生まれた精神とか方法、考え方の中には裏切りなどそういうことはないです。 皆さんは同じ家族ですから。皆そういう風に思っています。 根本的に敵だとか他の人の観念だとかそういう風に考えません。

昔の中国の伝統的な家族には、子は親に対して絶対の服従と尊敬する心があります。 これは以前にも話した少林寺の師と弟子の関係と同じことです。 弟子は師を尊敬していますし、指示や命令に対しても絶対に服従します。 日本の武道の世界もほとんどそういうことです。 このことは昔から非常にはっきり残っていることでしょう。
これがいいかどうかは別として、でも組織が完全なものになれるかどうかはここから見えます。 あるいは少林寺の精神を受け継いでいるかどうかはこのことでわかります。 だからこういうことに対して無視する姿勢はいけないと思います。
これは上司と部下の間もそうです。
師と弟子、親子、例えば少林寺の代とか同じ三十四代とか、そういう関係が存在しない組織ならば、 上司や先輩や年長者を尊敬し命令に従うのが当然でしょう。これは不思議なことではありません。
もし何かの間違いがあったら、自分はきちんと正しい形で表わし、自分勝手なことは言えません。

少林寺が組織として長く継続できるのは、こういう特徴があるからです。 だから自然につながってきました。



【禅武合一】  2004.11.17

禅と武の統一。
これは実際結構有名な言葉です。

禅の祖の少林寺と武術の頂点の少林寺はふたつのものではなく、ひとつのものである。 これは本当に禅と武がわからないと多分理解できないでしょう。 なぜ禅と武は一緒になるか。禅は禅であり武は武で別ではないのか。
武は身体を使い相手を倒したり型を行なう。禅は坐禅、なのになぜひとつのものになるのか。 言葉にすると易しいですけど、実行するにはかなりの修行をしなければならない。 あるいは本当のその悟りにはならない。
禅は悟りや禅の心とか精神とか文化ですが、それらは実際はひとつのこと。ただ色々な方面の一つの表現。 同じものでも一定の場合、立場、条件が変わると表現は違う形になります。

現代では今、武術禅という話もあります。禅には元の形がないから本当の禅は表現できない。 でも現代の人、特に武術が好きな人は武術をひとつの禅とする。 これはひとつ。もうひとつは武術は逆に禅の心と禅の状態でないと高いレベルの武術とは言えない。 実際は言葉の表現は非常に難しい。やってみると多分だんだんわかると思います。

同じ概念は、生活禅。禅を日常生活の中に表わす。 でも、これは口で言うだけではなくて、ちゃんと実行すること。 実行とは他人に要求するのではなくて、まず自分がそうなりますということです。
自分自身の仕事は要求通りに出来ること。 自分のことがうまくいかないと他人に文句言ったり、他人に生活禅を要求するのはいけない。 そうしたら生活禅の言葉は口に出さない方がいいと思います。
生活禅は安くなり意味を失います。ある人は、他人を責める時に生活禅を持ち出します。 これはいけないことだと思います。
だから生活禅とは、自分の日常生活の中にすべて入る。これは自分の中で一番いい状態になるという意味。 例えば仕事の時に仕事を思う、寝る時には寝ると思って、食事は食事、これは禅です。

形とかではなく中身です。仕事は仕事として集中して、集中の本来は実際は禅です。
仕事の時に、自分の仕事のレベル・状態が頂点になるとあるいは他人に比べられないくらいのレベルと評判になると禅です。
武術も同じです。書道や他の何かでも気功でも同じ禅があります。 気功の練習をして自分を忘れ、天地人合一の状態になると禅のレベルになります。 色々なものは全部中に染み込んでいますが、こういう染み込んでいる所は逆に現実のままで、 何をやってもそれの最高の状態になります。必ず山とか必ずどういう形を浮かべるとかではなくて。

人間も、いくら高レベルにある人でも同じそういう形です。
例えば、禅の創立者達磨大師でも自分の性格・個性があります。 達磨大師はよく怒り、他人に厳しいと言われていました。厳しさから人に要求する場合もあります。 達磨大師を好きな日本人は多いですが、達磨大師が今生きていたら大師の性格は好きになれないと思います。 でもこれも本当の達磨大師です。
達磨大師は禅の創立者だから神様みたいな完璧の人格、性格であるというのはこれは大間違い。 これは人間です。生きている人間は必ず自分の個性があります。 その個性やくせを自分で乗り越えて、最高の自分になり、統一とか理想の状態でいることは大事です。



【継続】  2004.11.09

少林寺には達磨大師によって禅が伝えられましたが、大師自身の根気強さと地味でも続けてきたということがなければ、 たぶん伝わらなかったと思います。

達磨大師が初めて少林寺に行った時は小乗仏教でしたから大乗仏教は理解されませんでした。
大師が行なった面壁九年とは、ひとつは自分の修行、もうひとつは皆さんの理解をずっと待っていることでした。 それでこの坐禅は9年間になりました。その結果から慧可までの有名な弟子達にもこれは伝わることができたのです。
達磨大師が少林寺に行くまでの道のりも同じです。インドから中国の南方に来ましたが、皇帝の理解は得られませんでした。 それで北の方に行き、一生をかけてずっとこつこつと根気強く続けた結果、禅が伝えられました。 もちろん達磨大師自身が素晴らしいものを持っていることもありますが、根気強く続けるという精神があったからこそできたことです。

私たちが今やっていることも同じです。少林寺という名前があるからと言ってそんなにすぐに受け入れられる訳ではないのです。 根気強くこつこつとずっと続けてやっていかないとたぶん前には進まないと思います。
例えば、とんぼみたいに水の中でこっちへ飛び跳ねたりあっちへ跳ねたり、表面的なことばかりでは、いい結果はうまれないでしょう。 中国では、水は最後には鉄でも石でも溶かすことができるという話があります。 雨のように一滴づつポトンポトンと落ちてくる水は量も少ないし、力もないしインパクトもありません。 でもこれが毎日続けくとかなりの力になり、重いハンマーよりも強くなります。 ただ一回振り下ろすだけで終わるということはありません。 水は小さくて弱いですけど、ずっと続けていくと最後はかなりの力になります。
日本でも似たような話があるかもしれません。

協会のやることも同じです。十年も前から目標を持ち継続しています。 例えば、ホームページには私の性格がよく表れているかもしれません。 これは、「今日の言葉」や「教室の風景」、「気の講座」などの連載は、 あるところは少し更新の間隔も変わりますが、大体ずっと継続しています。
本当は私はそんなに時間はないし、ホームページの担当の人も常にできるかわからないですが、 でも時間は作って毎回毎週更新できるようにしています。これはもう何年間か続けて来たことです。 教室やいろいろなこと、自分の修行でも、小さいことでも、もし自分が常に続けることができたら、最後はいい結果になると思います。



【自分から他人を助けること】  2004.10.18

他人の命を助けることは大事なこと。
これはもちろん仏教の考え方から来るものだと皆さんおわかりでしょう。 他人の命、精神面で助けることなど、それは何よりも大事です。
世の中には色々なことが混在しています。色々な人達のルール・約束・信念などがあります。 この中で一番先にくるものは何ですか。たぶん、それぞれの考えや立場により違ってくると思います。
もし、仕事を持っている人ならルールを守るということ。他人に迷惑を掛けないとかそういうことが大切です。 その中でも、上司の立場であれば部下に要求する場合もあります。 厳しい時には厳しく、もちろん相手が病気の時には助けることも非常に大事です。

でも、逆に部下から上司に対してこういう要求があります。上司はなぜ部下を助けない? その部下の言い分は、これでは少林寺の精神ではないと言います。 少林寺の精神面において、自己には甘いのではないかと。 でも、少林寺の精神で他人を助けるということは“自分から他人に”です。 自分が要求して他人から助けてもらうということは間違いです。
ひとつ、自分に厳しくすることが必要です。他人よりも厳しくします。 自分の理想が思い通りにいかなくても、自分の認識が社会のルールではありません。 まず自分から協力することです。特に団体の場合はこういう精神が最も大事です。 文句を言う前に、師範よりも先に自分から、物事がうまくいくようにいい方法を見つけることが大事だと思います。
他人に要求する時には、どんなことよりもまず自分に厳しくすることです。 少林寺の場合には、他人にこういう言葉を話す時に、自分が見本にならないと話しません。
また、仕事以外に練習でも自分がうまくいかない時は、まず自分で努力することが先なのです。 皆さんにはこういう要求はしていませんが、私が小さい頃、先生から教えてもらう時に質問を先にすることはしません。 何十回、何百回と自分でやって、確かに自分は絶対に何かわからないことがある、そうすると質問します。
何か聞いたり意見する時には、自分はどのくらいやりましたということが大事です。 そうするとその質問や意見には重さがあります。

少林寺の十戒にもそういうことが含まれています。口で言うだけは絶対にだめです。 自分の技術や芸を簡単に外に出したり自慢したりする人には、少林寺秘伝は教えません。 映画でも描かれているかもしれませんが、外から来た人が少林寺のお坊さんに挑戦したとします。
お坊さんは何も理由がないと、自分は責められても恥ずかしくても相手と戦うことはしません。怪我をしても忍耐です。 こういうことは代表的に守らなければなりません。戦う相手は正義を守る場合ではないと、簡単に手は出さないということです。

仕事の時も同じなのです。要求よりも、まず自分の努力とか頑張る方が先です。 少林寺精神を実行すれば少林寺の雰囲気は出ます。

武術をやっているということは、自分の命が危ない時に使うということです。これは自分に厳しく要求します。 どうしてもという最後までは技は使えません。それまでは我慢だけです。 あるいは、正義の為に。誰かが悪い人に襲われて危険な目に遭っている時、そういう状態ではないと簡単に技を使うことはいけません。 本当は、技もあるし能力もある、自分は自信もある。でも使わない。我慢が先ですから。




【先輩】  2004.10.12

少林寺の中にももちろん「先輩と後輩」の関係がありますが、日本とは少し意味が違います。
少林寺は、子孫僧です。師に対しては親として敬う気持ちがあります。 代の中では、34代がおじいさんでも、31代、30代が子供という場合があり、そして師弟の団体でその中は繋がっています。
後輩が先輩と一緒に、同じ師から習う時には、基本的に日本の武道と同じ様に、 後輩は先輩から習う部分もあります。そして後輩は先輩を尊敬します。 でも少林寺の場合は、こういう基本的なことがひとつの決まりとしてある為には、まず先輩は後輩の師範でないとだめです。
例えば、技術的な面では、人間それぞれ年齢や身体の状態など違いますから、 必ず先輩の方が後輩より上手いという訳ではありません。
でも、少林寺では精神面において、まず先輩は後輩の見本にならないと"先輩"にはなれません。 これは、少林寺の非常に特徴的なところです。

少林寺に入門するお坊さんは、先に十戒などを基礎として要求されます。技術は後から人間の身体が覚えるものです。 だから後輩と先輩の間で、技術の上には、まずその先輩の人格、人間性があります。
例えば、少林寺に対して或いは師に対しての気持ちがあります。もし、師が居ない時、先輩が後輩に対して師の批判をしたとします。 その先輩は技術面では優れていても、先輩としての資格は当然にありません。 これは、少林寺の中だけではなくて、少林寺のものを学んでいる人でも同じことです。
もちろんこの協会の場合もそうです。先輩の資格だけではなく、指導員としての資格もないでしょう。

少林寺では師に対して意見をするなどということはありません。そして外で師の批判をすることもしません。こういう精神です。
でも協会の場合は、少林寺というお寺ではないですから、師としての私に意見があれば耳を傾けることもあります。
ですから、もし意見がある場合に、表面には出さずに外で批判をしたりするやり方は、ここでは前を向いていないし建設的ではないでしょう。 この行動は、少林寺の気功を形としては身につけているかもしれませんが、資格はないと思います。

先輩が後輩に尊敬されるということ・・・でも本当の"先輩"になるということは、そんなに軽く簡単に出来ることではないです。 気持ちのいい事ばかりではなくて本当に辛いことです。自分の言葉に気を付け、少林寺のものを教える立場としても、 常に恥ずかしくない行動ができないなら、"先輩"になるのは難しいと思います。
先輩にそこまで要求するのには意味があります。後輩が育っていく中で重要なことは、もちろん先生がどう教えるかということが大きいです。 でも協会の場合で言うと、師は日本人ではないですから、たくさんの後輩は先輩を見て成長する部分もあると思います。 だからこれは非常に大事なことなのです。
もし、"先輩"として合格点ではない人が先輩の立場で指導したりすると、将来、成長していく後輩にも影響します。これは大変なことです。 こうなると少林寺のものを広め伝えていくなどということは何も言えなくなります。 だから、伝えるものが技術だけということでは、絶対に長く続かないでしょう。
これは少林寺の精神として、修行の中でも重要な課題です。



【仁】  2004.10.04

"仁"は、日本の武道の世界でもよく使われますが、もともとは中国儒教の孔子から出た言葉です。
この"仁"は、修行した人間が他人に対応する時の気持ちで、例えばリーダーの人でも自分の部下に対して寛容であるということもひとつの考え方です。
中国の昔の皇帝の政治には暴政と仁政があります。
仁政とは、国民の為を思う施政方針。仁はリーダーや国王の立場からの考えだけではなく普通の人の場合でもあります。 そして慈悲心とはまた違います。慈はあらゆる生物に対して相手を思いやるやさしさからくる先天的な心ですが、 仁は人間に対しての気持ちであり道徳と思想も入ります。

現代では、古い考え方だと思う人が多分いるかもしれません。現代的にこの仁を考える場合には、 社会的な道徳や功徳などが関係します。高い目標を持って皆さんを思いやる行動をするということ。 ただ目の前の利益の為ではなく、もし他の人に利益をあげるとしたらそれでいい。 もちろん自分の生活も忘れてはいけないですが。個人としては社会的に貢献する気持ちや心があります。 あるいは、相手が間違っていても自分は絶対に乱暴なやり方はしない。道理も合っていて筋も通して、広い心で対応することが仁の範囲。 これは自分の人格的な修行もあります。こういうことは性格が穏やかだとかせっかちだとかそういう面のことではなく人生観の内容です。
少林寺の精神の中にはこういうことも入っています。



【慈】  2004.09.27

“慈”はやさしいというよりももっと広い概念。
仏教では、慈と悲の心は世の中の動物に対していつでもそういう心を持つということ。 誰か個人に対してのやさしさではなく、生きているもの全体に対して、動物にも。
このやさしいという事は、顔はいつもにこにこしているとかではなく、 自分の心の根本的なところから他人を助けてあげる。 これは、直接なにかやるとかではなくて、例えば、そういう条件を作ってあげるとかもっと大きい意味があります。

日常の中での養成であり、ただ何かをやるのではなく、人生の目的と関係あります。
その中で一番に表わす慈悲の心は、まず寄附ということ。
これはもちろん金銭のこともありますが、本当は、そのものの教えることを伝えるということ。 少林寺のものを伝えるということも大事な寄附心です。
そういう寄附の心は、言葉ではあまり言わない。ちゃんと自分の行動をやっていればいいことです。 そして相手の感謝を待つことは不要です。そういう気持ちでいないとだめです。 もし、自分が一番嫌いだと思う人に対しても慈悲の心は必要。
これが慈と悲です。 中国の少林寺の始祖の中には、ただ単純に仏教の話があるだけではなく、道教や儒教、東洋思想も関連します。 そして少林寺特有のものもあります。
こういうものを表わして少林寺の精神になります。



【忠と義】  2004.09.17

今までの話は、少林寺の大乗仏教とお坊さんの人生観「空と無」、 少林寺の師匠と弟子の関係を家族に喩えた「師と弟子」についてでした。
今回の“忠と義”では、国と友人に対してのお坊さんの精神を表わします。

まず、“忠”には自分の国を愛するということがあります。
自分の民族に対して裏切らない。もう少し小さい世界になると、 組織に対してもこういうことが言えます。
国に対して悪いことをすることは、法律違反になります。 色々な政策もありますが、これは国と対立という意味になります。
会社や団体なども同じです。 組織の中にすぐ裏切ったり損になる行為をする人がいたら、何も続かないし続けられないです。
「少林寺」という映画を見たことがある人もいると思いますが、 これは、少林寺の棍僧13人が唐の王様を助けたという物語で忠と義、愛国が描かれています。
少林寺とはこういう精神です。

もうひとつ“義”とは、中国では“義気”ということ。
友人やあるいは兄弟の場合でも、ただの家族のつながりだけではなくて、相手が何かやってくれたら 自分も絶対に相手を裏切ることはしない、信頼のある関係を意味します。みなさんもそういういい友達でいて下さい。
自分さえよければいいと、小さな利益の為に、すぐ裏切ったりとか悪いことを言ったりなどしないこと、 こういう“義”の精神の行動は善いことです。

例えば、「三国志」のなかの劉備・関公(関羽)・張飛は本当の兄弟ではありませんが、兄弟の契りを結び 自分の利益の為に裏切ることなく、命をかけて約束を守り通したというすごくいい物語が残っています。
家族として血のつながっている兄弟よりも深い信頼関係のことを、“義”というのでしょう。
義の為に自分の命を差し出して、本人は死んでしまったけれど その精神はずっと残って続いています。
少林寺もこういうことです。
もし、目先の利益のために、裏切りや悪口などを言ったりと そういう精神が出たら、もっと落ち着いて下さい。
また、中国の小説、水許伝では、“義”の精神のもとに108人も大勢の人が集まりました。 この精神で結ばれた皆さんはそれぞれに色んな性格で癖も色々ありますが 最後は共通の目標を達成します。すごくいい物語です。

少林寺には、もともと武術がありますから周辺の武術学校の先生との付き合いもあります。 “義”がなければ、人間性は低く見られます。こういうことから人格は判断されます。
おそらく、現代人にとってはこういう昔の考え方は遠くのことのように感じてしまうかも知れません。 でも、少林寺のことを何かやる時にはあまり商業的なことは考えない方がいいと思います。



【続・少林寺の精神 空と無】  2004.08.30

少林寺の精神についてもう1度お話します。

前回はまず、少林寺の精神・心としては全人類の為に、自分だけの為ではないということを話しました。
今回は、少林寺の秘伝的なものを何よりも大事にするという少林寺に対しての気持ちについてお話したいと思います。

少林寺は昔から武道で有名です。だから自分の師に対する裏切りは絶対に許されない。
よく言われる「欺師滅祖」ということ、これは一番許されない。こういうことは、先生に対しての態度だけではなく、少林寺から習っているものに対し大事に思う気持ちがあるかどうかということを表しています。
中国のある所でこういうことがありました。
例えば、ある流派で習っていた弟子が別の所へ行っては何か披露し、これは自分が発明したものだと言う。そういう行為は、その流派に対して大事に思う気持ちがないばかりか、本来の流派が間違った形で外に伝えられてしまう。

少林寺には長い歴史の中の伝統があります。
こういう伝統というものは、習っているものに対しての精神により続くことができる。武術・禅とは、もしそういう精神がないと技術だけでは長く続けることはできないでしょう。やりながらだんだんずれていったり、途切れてしまうことになります。
だから、少林寺の精神とは、まず少林寺自体を自分の命より大事に思う。
歴代のお坊さんはそういう気持ちでいます。

もうひとつは、自分の師に対する尊敬の気持ち。
そうして習うともっとうまく身につき、よく覚える。
そうすると自分にもいい弟子ができる。

例えば、師と弟子の関係は水の流れのようなものです。
高いところから流れる水は、自然と低いところへ流れます。
教えることは、知識や技術もそういうことです。高いレベルから、低い方に流れる。
木を育てるのも同じ。大きい木から小さな新しい木が生まれる。

でももし、自分の師に対して尊敬の念がないとどうでしょう。
ある人は、自分は師よりもうまく、師よりもレベルが高いと思っている。そうすると、知識も気もその人のところに、自然に流れないでしょう。本人はもっと高いところにいますから。

昔、中国でケ小平(とう しょうへい)が病気になった時、外気治療をしても気功師の気は届かない。なぜでしょう。ケ小平の考えでは、自分は国の権力者であり、気功師は庶民です。
自分は高い場にいるという意識、そうすると気功師の気がケ小平に流れることは難しいです。

だから、習うということもそういうことです。

中国では、もしルールや規則がないと、形にならずまとまらないといわれます。
少林寺の中にも、十戒など色々細かい決まりは礼儀の形から精神まで、たくさんあります。歴代のお坊さんはみんなこれを守って、そして自分の技術と精神も守ってこられました。
そのことについて、しっかりで覚えておくことは絶対いいと思います。

実際、これは少林寺だけではなくて、日本のほとんどの古武道の世界ではそういうことがあります。あるいは、有名な流派は大体そういうものです。
もちろん少林寺の場合はもっと細かく決められています。

こういう言葉があります。「一日為師終生為父」。
1日でも自分の師になったら、一生の自分の父母として敬うということ。
この意味、こういう気持ちがないと、本当の師と弟子の関係にはなれません。

私が日本に来て初めの頃の生徒は、年配の方が多かったこともあり、この様な少林寺の精神についてのことはあまり強調してませんでした。ほとんどの生徒は私より年上で、人生の道は私より長く歩いていますから、人生観や道について私から教える必要はないと思っていました。

でも、何か問題が起きたりした時、どうして気功を習って修行しているのにおかしい行動をしてしまう人がいるのかと疑問をもつ声があり、少林寺の精神についてももっとちゃんと教えて下さいという
要望がだんだんと出て来ていました。
そういうわけで今、少林寺の精神について話し始めています。


【少林寺の精神 空と無】  2004.08.16

マッハ!というタイの伝統的格闘技ムエタイの映画を観ました。CG技術やスタントマン無しの撮影だったそうですが、格闘シーンの迫力は、かなり見ごたえがありました。ですが、私が共感したのは、主人公の青年の信念です。タイは、仏教の国ですから、貧しい村から盗まれた仏像の頭を取り戻すために、犯人を追って青年は、都会で仏像の頭を探すのですが、取り戻す事に命を掛けています。主人公の精神と武術のレベルは、かなり高いです。信念に生きています。 技を他人に簡単に見せない。単に映画の物語ですけれど。
現実には、ある人は問題を起こしやすい。これは欲が関係していると思います。 そうでなければ、回りとそんなにぶつかりません。 静功で心が広くなれば、欲望に執着しなくなります。空と無は一つの状態です 、自らの精神と人生観の結びつきです。空、無の状態になれば、心身の統一 状態がよく、いくらいろいろな事があっても、いくら忙しくても余裕の状態で いられます。 昔の中国の皇帝は、自ら欲するものはすべてかないました。しかし、ほとんど の場合、命は短かったです。歴史上、少林寺に皇帝や親族がお坊さんになりました。 これは、空と無の状態は、快楽や欲望に比べて、細胞から楽しい。物質的な快楽よ りレベルが上であるということです。 みなさん、この空と無を体験してください。



このホームページに掲載している記事、写真、動画等あらゆる素材の無断複写、転載を禁じます。
Copyright 1999-2003 全日本少林寺気功協会