秦西平のコラム(2003年)
 12月28日: 【訪中の予定
 12月21日: 【来年の世界伝統武術大会について打ち合わせ
 12月16日: 【生活禅(修正版)・協会は修行の場です
 12月15日: 【生活禅・日常の中に良い気の場を自ら作りだす
 12月 8日: 【訓練すれば、必ず認められる
 11月29日: 【忘年会が終わって〜成功の裏の努力
 11月23日: 【少林寺の師との関係及び先輩と後輩
 11月16日: 【修行で大切なこと
 11月10日: 【文化の違い
 11月 2日: 【少林寺旅行
 10月20日: 【第7回少林寺旅行について
 10月13日: 【広く目を向ける
 10月 8日: 【初めが肝心!しっかりとした第一歩を
  9月29日: 【秦 西平来日10周年を迎えて
  9月17日: 【三峡下りから戻って
  9月 8日: 【3つの内容について
  9月 1日: 【思いがけない出来事もすべて自然にやってくる
  8月25日: 【指導員II洗随経スタートと少林寺旅行
  8月20日: 【日中学生会議 公開パネルディスカッションを終えて
  8月12日: 【派遣講師の素質について
  8月 8日: 【少林寺の強さ
  7月26日: 【出版業界にも少林寺の気功は好評
  7月21日: 【気功の練習について
  7月14日: 【気功の先生を選ぶ場合の条件について
  7月 7日: 【英雄―ジェット・リー主演映画
  6月30日: 【気功師の素質
  6月23日: 【気功の世界の大きな変化
  6月16日: 【梅雨と夏の暑さを乗り越えるには
  6月 9日: 【気功と武術の深さ-前編・後編
  6月 3日: 【修業の素質―恵根について
  5月26日: 【他人を許す-慈悲心
  5月21日: 【学びの心得
  5月12日: 【嵩山少林寺の武術と武術学校
  5月 7日: 【マーク募集について
  5月 3日: 【少林寺の秘話連載について
  4月19日: 【自分自身で肺炎に勝つ
  4月12日: 【少林寺から戻って
  3月31日: 【出発の前
  3月30日: 【外気放射実験について
  3月29日: 【イラクとアメリカの戦争について
  3月22日: 【戦争についての考え
  3月18日: 【花粉症
  3月11日: 【少林寺周辺の武術学校
  3月 4日: 【「ジェネジャン」と「少林寺健康法」
  2月25日: 【ジェネジャン
  2月18日: 【若者の自殺について
  2月11日: 【千日回峰行
  2月 4日: 【大説明会
  1月28日: 【目の前に生きる
  1月21日: 【CS日本気功番組の撮影が終わって】
  1月14日: 【気功と芸術・科学の関わり
  1月 7日: 【発展する少林寺気功
  1月 1日: 【年頭の挨拶

訪中の予定】2003年12月28日
皆さんが、これを読んでいる頃、私は、少林寺周辺にいます。具体的には、まず、少林寺で1週間か10日位、先輩を訪問して挨拶をします。中国のお寺は、家族はいませんが、弟子として訪問するのは、人情として必要です。もうひとつは、来年の大会に向けて、情報を集めてきます。時間をかけて、準備をして、計画をたてたいと思います。 さらに、武術学校も訪問して、交流してきます。山に入り、武術、気功の修行もしてきます。そして、西安にもどり、易筋経、八段錦、六字訣、五禽ギを確認してきます。なぜなら、もともと、少林寺のものですが、世の中に出たものとの違いを確認して、最良のものを皆さんに教えたいと思います。(特に指導員U)もちろん、父親の健康の為にもしらべてみたい。今回は、10何日間ですが、自分の時間は、あまりないと思いますが、来年が、もっとうまくいくように必要だと思います。錬功服とか、練習用の武器も調べたいと思います。 みなさんも、よく食べて、よく飲んで、よく遊んで、体は壊さないように、そして 気功も練習して、太らないように。大事と思います。
来年の世界伝統武術大会について打ち合わせ】2003年12月21日
来年の世界伝統武術大会について打ち合わせをしました。 この大会は、結構高いレベルです。協会の武術教室は、開講からわずか3、4年間。 生徒の中には、今まで別の武術をやっているなど、経験者も多数いますが、この教室が初めての生徒も積極的に大会に参加して欲しいと思います。 協会活動は、これまで気功を中心として、武術は、好きな人がやる。ということでした。 ですから、今はまだ、本当の少林寺武術の深いところまでは、表現できないと思います。 でも、大会に参加するということは、促進する。発展する。という意味があります。 今まで、少林寺での河南省主催の少林寺武術世界大会は、7回開催しました。今回、私達が参加する世界伝統武術大会は、第1回目の開催で、主催は国際武術協会と中国武術協会です。 日本の武術のように、段位を目標にして、毎年、毎年、発展するように。 試合が100パーセントではなく、少林寺本来の古武道の思想も含めて、目標に したらといい思います。 来年の9月21日から25日。少林寺訪問の日程と重なります。館長の前での演舞と 少林寺の禅の交流、武術の交流。そして、武術大会です。 この日程を大会委員会へ連絡したところ、非常に喜んでいました。 試合の日程は、1週間位。世界各国から選手が集まります。 参加するだけで、評判になります。もちろん、形だけの評判。深いところまでは、 できないですが、形はどうにかなる。 今回の大会に興味を持っている人は、参加することも出来ます。その他に、気功の深いところの表現、少林寺三大動功の1部分の演舞を、特別メニューとして考えています。 武術の好きな人が、日本全国から集まり、もう1段のレベルになる。そのことは、少林寺 気功の促進にもなると思います。 10代、20代の若い人だけではなく、中年、壮年、年配者のクラスもできる可能性が あります。ですから、みなさん。頑張ってください。
生活禅(修正版)・協会は修行の場です】2003年12月16日
今年も、みなさん一人一人が、それぞれに技術を身に付けられたと思います。その技術を日常生活の中に、取り入れてください。 生活禅ということです。 これは、授業の「気功2部3部」でもお話しました。自分を周りの環境と合わせる。たとえば、協会の中で、先輩、後輩、同期との交流の時に、技術的なところとか、協会の将来のこととか、プラスになる話題は、いいと思います。 しかし、ある人は、人間関係とか、他人の悪いところとか、協会に対する不満とか、先生への文句とか、こういうものは、修行の環境としては、マイナスと思います。 修行が、根本的に足りないと思います。 中国の修行の場所、少林寺などは、山の奥にあります。山の奥は、静かで、修行に適しています。 現状は、このような環境は、無理がありますので、環境が騒がしくても、心は静かに。目は合っても、汚れたものは見ない。耳に聞こえても、汚れたものは、聞かない。口はあっても、他人に、マイナスな影響を与えない。他人の悪口を言わない。 つまり、五感から汚れたものは、入れない。自分も流さない。 言葉を話す時、自分の為ですか、協会の為ですか、他人や協会、先生への悪い話は、修行者としては、言わないことです。普通の人なら理解できます。 協会は、修行の場です。 そういう場面は、見たくない。勉強する環境を作りたいです。 皆さんで、「良い気の場」を作りたいです。それぞれが、努力してほしいです。特に先輩は、いい見本ですから。少林寺の精神を覚えてください。
生活禅・日常の中に良い気の場を自ら作りだす】2003年12月15日
今年も残すところあと僅かとなりました。 この一年間、みなさん一人一人が、それぞれに、技術を身に付けられたと思います。その技術を、是非、毎日の日常生活の中に生かして欲しいと思います。 そして、各教室においては、先輩が中心になり、良い気の場、修行の場を作って欲しいと思います。協会も会員数が増え、多くの人が集まる場所となりました。人が集まれば、いろいろな問題も起こってきます。何故なら、一人一人全く違った環境で育ち、当然、考え方も違います。合わない事もあるでしょう。でも、ここは、修行の場です。何か問題が起こったときは、良い修行のチャンスと思い、自分自身のその出来事に対する考え方や、反応の仕方、心の状態などを、自分自身を良く見つめることが大切です。 良い気の場は、いつでも、どんな場所でも、自らの心から作り出す事が出来ます。 相手のいい所をお互いに認めてお互いに向上していくのは、いいけれど、相手や、周りに対して不満を言うのは、あまりよい修行環境ではありません。 それでは、自分自身も向上しないでしょう。 そういう時こそ、自分自身を見つめ直す良い機会ですから、みなさん、是非、修得した技術を生かすように努力してください。 少林寺をはじめ修行場は、多くは、人里離れた山奥にあります。山奥は、静かで修行に適しているからです。そこには、自然界の良い気の場があります。 東京に、その環境を求めるのは、無理がありますので、どうか、皆さんの力で日常の中に「良い気の場」、修行の場を自ら作りだして下さい。
訓練すれば、必ず認められる】2003年12月8日
日本テレビの「世界まる見え!テレビ特捜部」から、武術の演舞の依頼があり、1日に撮影がありました。 もともと、私一人に依頼があったのですが、若い人を育てたいという思いがあり、武術教室の3人の参加を認めてもらいました。この3人は、教室以外でも、進んで練習していました。 リハーサルでも、本番でも、型が揃っていて、とてもよかったと思います。 しかし、私の当日の体調は、ここ10年で、最悪の状態でしたが、その状態で、どう結果を出すか。私の挑戦でした。直径2センチのろうそくを4本、真直ぐに並べた端から、30センチ位の位置から、パンチの風圧によって、ろうそくの火を全部消す。というパフォーマンスがありましたが、練習では、うまくいったのですが、結果は最悪でした。体調管理の大切さ、平常心の大切さを、あらためて痛感しました。 しかし、今まで出演したテレビ番組の中では、1番少林寺を紹介できたと思います。 今回、3人を選ぶにあたっては、型の標準度、レベル、スピード、柔軟性、演舞の雰囲気等を考慮しました。みなさんも、いつもの練習でがんばってください。 さらに、来年は「世界伝統武術大会」があります。協会としても参加します。 世界中から選手が集まり、型やサンダを披露します。 希望者は、申し出てください。チャンスです。
忘年会が終わって〜成功の裏の努力】2003年11月29日
先週の月曜日は、協会の大忘年会がありました。大勢の会員が集まり、すごく賑やかで和やかな雰囲気の評判の良い忘年会になりました。この準備には、10期生と11期生が沢山の時間を使いました。私は、今回は全て任せる気持ちでいたので、途中経過は何も聞きませんでした。幹事の皆さんは思い思いに工夫し準備をしている様子でした。ほとんどの人は仕事を持っているので、忙しい仕事の合間をぬって土日や夜などの大量の時間をかけました。だから皆さんにも結果が見えるような忘年会になりました。 忘年会だけでなく大体の事はそういうものです。いい結果が出るということは裏で沢山の時間を使っているということです。よく努力し工夫して頑張ると最後はいい評判になり、自分が期待した結果が出ます。これは前にも話しましたが、どんなことにも通じます。忘年会のことでも気功のことでも全てそういうことです。気功も武術も裏で沢山の時間を作って努力したら自分にいい結果は出ます。皆の前にいい結果を見せられます。こういうことから忘年会は非常にいいものとなりました。10期生と11期生の皆さんはご苦労様でした。 また集まってくれた参加者も、それぞれ自分の勤め先や家庭の事などで色々忙しいですができるだけ時間を作ってきてくれたことと思います。ここでは皆さんは少林寺のものを習う為に共通の目標で集まっています。それは今回110名が集まったことの本質的な原因だと思います。もし全然面白くも意味も感じないならいくら時間があるからといっても来ないでしょう。特に、日本は今不景気です。ひとつの集まりには意味がないと行かないものでしょう。 こういうことには意味があるということです。ある人はいくら大変でも最後まで続けることができますが、でもある人はお金もあるし時間もあるけれど色々の個人的客観的他の原因が関係して最後までやることができないという場合もあります。でもここでは最後まで習うということが少林寺と縁があるといえます。例えばある人は、最初は才能もあるし将来性も非常に有望な人物に見える。でも途中で自分の原因や相性、自分の認識が変わるとか中途半端な状態で終わり最後までできなくなる。これはある意味少林寺との縁はここまでなのです。世の中で何かをやるということは大体そうだと思います。条件や縁は皆さんにあります。だから今回の忘年会は、続けるということの意味を表しています。 忘年会は日本のいい習慣だと思います。中国では同じ様な形のものはないのですが、1年の終わりに自分を振り返り考えを冷静にまとめて反省し、そして来年の新しい道の第一歩の新しい姿を想像し決意するこういう会は必要だと思います。だからこれはいい習慣だと思います。 また、今回の忘年会では各期がばらばらに座ったので各クラス間での交流ができたと思います。2次会では、普段真面目な雰囲気の人の解放されたもう一面の個性も表されていい雰囲気で心に残る忘年会だったと思います。
少林寺の師との関係及び先輩と後輩】2003年11月16日
少林寺の精神の中に、「他人をいじめてはいけない。気功も武術も、正義と自らを守るために行う。」ということがあります。中国の修行の世界では、1日でも教えを受けた師に対しては、自分の両親と同じように接します。私もそのようにしてきました。場合によっては、師や先輩が人間的に尊敬できない場合もあるでしょう。しかし、愚弄したり、悪い噂を流したりするなどということは、考えられません。これは少林寺に限ったことではないと思います。 協会の中では、この少林寺の精神を、少しずつ伝えています。もちろん、新しい方達には、技術の方を優先して伝えています。おかげさまで、現在、少林寺気功協会の人数は、増えています。先輩と後輩の交流も盛んに行われるようになってきました。たいへん、喜ばしいことです。ぜひ、先輩達は、自覚を持って、この少林寺の精神を受け継ぎ、広めていってほしいと思います。 技術的な面では、年齢差もあるし、もともと持っているものの違い、その日の体調などを考慮しなければならないでしょう。派遣などで人に教える場合は、ただ、型を教えるのではなく、よく練功して、各自の特徴(特別な能力)を出していくようにしてください。 精神的な面は、少林寺の精神を身につけて下さい。
修行で大切なこと】2003年11月16日
今週木曜日の12期生の授業では、午前中に動功をしてその後皆さんと昼食をとりました。
その時に、皆さんが帰ってからどういう練習をしているのか練功事情を聞いてみました。
人によって、帰りが早かったり遅かったりそれぞれなので、早く帰れる人は時間があっていいですが、でも遅くてもやはり気功の練習の結果は自分の努力と信念と繋がるでしょう。もちろん気功の結果は才能と充分に関係はあります。だけど自分の後天的な努力でも、例えば苦しい努力ではなくこういうものが好きで自然のままにやっていると自分が思わなくても効果は出てきています。
または色々興味を持ち、いい結果がでるように頑張る、これも努力の行動が表れています。こういうことは必ずいい結果が出ます。
まだ新しい期なのですが、教室で興味持ってよく質問する人がいます。私はその時、この人はそんなに質問をしてくるのでどれくらい努力してきているのだろうと思いました。聞くとその人は仕事もありますが、1日平均2〜4時間は必ず練習するそうです。2日間で平均7時間やる時もあるそうです。効果について聞いてみたら、例えば金丹功をやっていると、なんとなく下丹田が熱くなり気のボールがつまっているみたいに感じられますとのことでした。実際は、このくらいまでになるとかなりの努力をしないとできないと思います。これはもし気功を練習している人が見たら大体すぐわかります。
ある人の話では、自分が站とう功をやっている時、皮膚の表面に電気が走るような痺れなど特別な感じがあります。方法は、夏だったのか家で上半身は裸になり、やっているうちに気の流れは電気が走るみたいな感覚になりました。本人はちょっとびっくりしてこれはどういう問題だろうと思い急に中止しました。だけどやはりそういう場面の時に普通の心を持つのも大事です。こういう現象を感じるには、身体が敏感じゃない人だともっと時間がかかると思います。でもこの現象まではかなり努力しないとできません。站とう功などをちょっとだけやったからといってそういう現象は得られないと思います。こういう現象が出るということは当然に気の練習の反応です。こういうことは私が本人に聞かなければ話は出ませんでした。これもある意味普通の心を持つということです。色々の特別の現象を見たり感じても、外に自慢したりしないという高徳な人間性でしょう。特に気功の練習をしている人で自分は少しそういうことを感じたら、この人やあの人に自分はこうだと話し、自分と同じ現象を見ていない他人に皮肉を言ったりとか悪い言葉をかけたりとかすると、こういう人は教える人間ではないかなと私は思います。
今回は、食事の時にそういう話題になり私が聞きましたから出た話でした。 皆さんは良く頑張って色々な現象を見ていきますが、そういう技術と努力の上に心の修行ももっと大事だと思います。また、そういうびっくりする現象があったら私に話してもいいでしょう。 そういう場面での知識がなくても、心が落ち着いたら対応できるという方法もあります。
私も小さい頃、練習している時に色々な現象がありました。大変恐いこともありました。自分の感じたことは、普通の心を持つということは非常に大事だということでした。だから、皆さんは技術と練習を頑張ると同時に、心を持つ。一番のポイントはいつでもまず自分のことを忘れるのが大事です。 恐いとか心配する気持ちとか大体こういう気持ちは自分の事です。この気持ちは他人に対してではないです。そういう時に心は変な現象が起こっていると思います。修行は面白いですが、修行のルールもあります。皆さん頑張って下さい。同時にこういうことを知って下さい。
土曜と日曜は東洋歯科医学会の国際シンポジウムがあり、協会に参加の依頼がありました。私の時間は合わなかったので、指導員の皆さんに頼みました。4期や5期、9期の人もいます。土曜はよく頑張り非常にいい評判になりました。日曜もたぶんいい結果が出ると思います。これは、指導員の皆さんは普段の頑張りは見えにくいですが、大事な時には非常に役に立つことを表しています。今回の準備は昨年の幕張でのイベントとは違います。教室で習っていることなど内容は私が決めましたが、具体的なプログラムは私は作りませんでした。でも結構いい評判だと聞いています。去年の幕張の様になるかどうかはわからないですが、指導員の皆さんが長い期間勉強してきたこと、頑張って作ってきたことが開花した状態になるかなと感じています。これは私にとってすごく嬉しいことです。
文化の違い】2003年11月10日
少林寺の旅行から1週間が過ぎ日本での普段の生活に戻り、日本との文化の違いを実感します。こちらの協会に来られている方々は、日本ではそれぞれ専門の職業に付き活躍しておられる一方で、少林寺で長い何月に培われた・武術・気功・その他のどこにも紹介されていない(出版物や大学等の教育機関や企業等)特有の文化を求めて習いに来られていると思います。当然少林寺文化と日本文化には差が有ります。私としては、なるべく日本に受け入れられやすいように工夫をしてきました。そうしなければ文化の違いから誤解が生じて長続きしなかったり、練習量などで付いて来れなかったりしたからです。でも、少林寺の本当の文化を吸収したいなら、受講生の皆さんも文化の差を理解する努力も必要かと思います。己の考えと違ったとしても一蹴するのではなく少林寺の考え方に合わせる様にすると、より深く学習できると思います。日本式の授業(必要以上に褒めたり、煽てたり)を求めるなら、わざわざ私から少林寺流を習う必要は無く、日本での成功者に習えば良いのですから。 もう一つは、少林寺文化は全ての人に合う訳ではなく縁の有る人に利用されたり助けたりします。「縁が無ければ仕方が無い」と達磨大師や少林寺管長も言っています。こちらの協会に通って来られる方は私や少林寺に縁のある方々だと思います。又、私が少林寺の全てを解説できるわけではありません。喩えるなら子供の喧嘩を宥める事は博学の大学院生より、幼稚園の先生の方が上手くが出来るのと同じです。これは、どんなに良いものでも条件も限界もあると言うことです。そのことを理解して修行して下さい。
少林寺旅行】2003年11月2日
昨日(10月31日)、少林寺の研修旅行から帰ってきました。今回の旅行では、いつもの内容とまた別に3つの特徴がありました。 第一は、故宮の広場で9期生の演武をしたことです。これは今までにないこと、意味があることです。私の提案に北京の旅行社が努力してくれてできました。ここはやはり気の場が強いところですから、天の気と地の気と人の気全てが特別な場所で練功したということは気持ちも全然違ってくると思います。 第二の特徴は、少林寺ので千年に一回あるかないかという大事な行事があるのですが、ちょうどその時期だったので、協会訪中団は大事な客として一緒に参加しました。少林寺のお坊さんと他は外国の有名なお坊さんしか参加できない行事に、今回の訪問団全員が行ったのです。これはこの行事の時だけではなく、1500年の気の場はもっとしっかりと繋がって行くことができ、そのパワーはもっともらえることができます。同時に、全世界の高レベルの修行者の気の場とパワーは繋がりレベルアップします。本当の修行は最高レベルになりやすいそういう行動でした。この行事参加は旅行前に、管長と副管長に私が連絡のやりとりをしてやっとできました。 第三は、達磨大師が亡くなった場所、河南省の洛陽のもっと西のところにある熊耳山の空相寺が建立の重大な行事が行われました。これは、管長の誘いで行きました。大変な中でしたが、皆さん非常に楽しんでいました。こちらでも来賓として紹介されました。そしてちょうどその日は達磨大師の誕生日の少し前だったので、誕生日祝いと大師の生きた全部の祝いとして全世界と特に中国の少林寺の周辺のお寺と管長の他、有名な人や政府の人も出席しました。管長は身内として誘って下さったのですが、行くまでには地元のガイドもみんなの反対もありましたが最終的に行きました。これは、結果的には非常にいい活動だったと思います。この3つが今までの旅行と違うところです。 また他には、少林寺のお坊さんと一緒に食事をしました。前回も精進料理を食べましたが、これはお客さんとしての招待でした。今回は、お坊さんが毎日食事する場所で同じように食事したので非常にいい体験になりました。少林寺のお坊さんが毎日そういう形式で食事をするということ、毎日こういうものを食べているんだということを体感し、他のところでは絶対に体験できないことだったと思います。こういうことは、はっきりいって地元の旅行社でも政府でも無理だと思います。こういうことができるには、やはり長く築いてきた管長始め副管長との信頼関係があります。 今回の特徴は、やっぱり前をむいて努力した結果が出るということ。一般の旅行の場合は、前もって決めてあることをしますが、今回の旅行の3つの特徴の内容は、すべて決まってなかったものです。だから、臨時の事でも様子をみて合わせて、大変であるけれども、一番いい方向に努力していくことは必要です。もしこれを仕事としてやるならたぶんできないと思います。これはある意味少林寺としてはひとつチャンスがあるということです。こういう場合の少林寺の精神としてはそうしなければならない。いい結果を狙うときには、全力的に頑張るということ、これは大事なことだと思います。 全体的な旅行の雰囲気の感想は、9期生は非常にまとまりに行動力はいいと思います。特に3人の副団長と各班長は非常に責任を持ち、行動力もあります。もちろん、先輩の7,8期生とかあるいはもっと先輩の5期生から色々な経験からのアドバイスを受け、また同時に自分達の特徴を活かして工夫して準備しました。他にも現場でのことは色々協力していたので、旅行の際の9期内部の準備に関しては、私はほとんどあまり心配はありませんでした。旅行の内容が増えたので外に向けての連絡のことなどはもっと大変でしたが、内部の管理のことはみなさん非常に協力して統一して行動して非常にいいと思います。 演武でも行動でももちろん9期は9期生の特徴、7、8期も各期の特徴がありますが、今回の旅行も非常によかったと思います。内容についてはもしかしたら今までで一番よかったかも知れません。行った人はいい体験になったでしょう。こういう体験はたくさんの準備がないと難しいです。移動も前回は飛行機でしたが今回は寝台車になったので、この調整だけでも結構な時間がかかりました。ただ連絡するだけならいいですが、特に中国では非常に悪い習慣があり気を付けなければなりませんでした。中国の旅行社では、担当者とガイドと運転手がいる場合は、運転手の力が強いことが多いです。運転手の許可がないと行動しにくい。だから、今回は運転手がどういう意見であろうと、ちゃんと計画通りに進めるようにしなければならない。もしこちらに合わせなければ次回は使わないです。運転手の方は自分の楽な方を優先することが多いですから、こちらの希望通りにしないとほんとに困ります。みなさんにとって充実した豊かな内容にすることが大事ですから、努力して今回は全体的に非常にいい結果になりました。
第7回少林寺旅行について】2003年10月20日
9期生の秋の少林寺旅行が10月25日と近づいてきました。今回の旅行は今までとは少し変わります。2〜3年前までは中国全国の観光と少林寺1日修行、去年と今年の春は少林寺のみ1週間の旅行でした。今回は北京に半日滞在して故旧博物館にも行けるようにしました。やはり故旧博物館は長い歴史もあり建物も風水の角度から見ても皇帝が住まわれた程に地の気は良いところです。今は多くの観光者が訪れさらに良い気が満ちています。観光では皇帝の文化に触れ、気では、訪れる皆さんにも良い影響があると思います。故旧は昔の皇帝の住居でその広さはホワイトハウスの何倍もの広さで、歴代の中国の皇帝の中でも広いほうだと思います。何万人も入れる広さは、その文化のすばらしさに比例すると思います。観光の後は、中国伝統の按摩、全身マッサージや足裏のマッサージも短時間ではありますが体験できます。夜は今回の特徴の一つである夜行1等寝台車で少林寺に移動します。旅行に参加される皆さんは、どうぞ楽しんで下さい。少林寺では恒例の管長出席の認定式です。管長も待っていてくださいます。皆さんへの御守とプレゼントの授与式もあります。式が終わると、少林寺市内の観光や食事です。午後は少林寺境内の見学・交流をして、体力のある人は達磨大師の山に登って座禅の修練や、少林寺のお墓である塔林に行ってみてはいかがでしょうか?塔林は世界的にもとても強くて良い気の場と言われてます。修行は場所も大切で、良い場所で修行すれば精神も鍛えられ昇華されます。3日目は少林寺の伝統武術の練習をし、その後は一流のレベルの武術学校での交流をします。前回の30人31脚に出場した子供達のいる学校で優秀な人達の盛大な歓迎式を用意して私たちを待っています。昼食は学食です。歓迎式では一流の人達の演舞や硬気功が見られます。その後はショッピングを楽しんで下さい。色々充実して楽しめると思います。食事では一日目の夕食列車に乗る前に歴史博物館の中にある皇帝料理「皇家御膳」摂ります。少林寺ではホテルで歓迎パーティーや地元の屋台料理も食べられます。他には中国の本や絵画、CD等の買い物も出来る百貨店やショッピングセンターへ行く時間も提供します。今回は旅行会社は登封と北京の2社にしていますので観光も楽しめると思います。2年間の修行が終わった段階で今まで修行した物の発祥の地を見ることにより、より深い理解が出来ることを期待してます。普段は教室で修行してある程度できたら気の良い場所で練習をすることにより、質やレベルのアップに役に立つと思います。
広く目を向ける】2003年10月13日
今は9期生の少林寺旅行の準備をしています。今回はSARSのことがありなかなか日程が決められませんでした。ようやく落ち着いた頃、人数の多い期の中でもできるだけ多くの人が行けるようにと希望日のアンケートをとり、皆さんの都合を調整し最終的に10月末となりました。しかし、10月下旬は中国では季節が変わり航空ダイヤ改正の時期になります。最初に大体の情報を聞いて、色々調整しても中国では状況はすぐに変わってしまいます。これはなにかいいところとよくないところがあります。たくさん人が行くと逆に飛行機の状況は危険です。これも不思議なことではありません。 変更になってもこちらは努力をして対応します。できるだけ時間は有効利用して、みなさんが充実して活動できるようにと、今回は寝台車を利用することに決めました。中国で最高級といわれる寝台車です。行きの航空券は大丈夫だったのですが、帰りは地方からなので北京へ戻る便はかなり混んでいます。同じ時期に大きな団体とぶつかり、航空券の手配はなかなか難しく、たくさんのやりとりをした結果、最終的には日本では考えられない方法で解決しました。もともと12両の寝台車をこちらの為に13両にしてくれたのです。 本来なら旅行会社に頼んだ方がいいのですが、会員の皆さんができるだけ安く行けるようにしたので旅行社には頼みませんでした。こういうことでは、いいところもあるしマイナスの面もあります。世の中はそういうことです。代わりに今回は、北京の観光が増えて前回はなかった内容も入れました。毎回毎回の少林寺修業旅行はすべてよい方向におさまります。 今回の旅行の準備は、9期生副団長や幹事の人を始め、皆さん頑張ってよくやっています。この期は、土日・金曜クラスとも非常に安定していて一番落ち着いている期だと思います。みなさん楽しみにしています。今回のような旅行や色々な活動の時、やる気があり非常に熱心にやる人がいますが、これはいいことです。でも、そういう時自分だけでなく広くまわりの他人も見てやっていくことも大事なことです。だから世の中で、できるだけ自分も頑張り、人が集まる社会の中でひとつの団体の団結はやはり大事だと思います。もしそうじゃなく、何かやる時自分と自分の仲間だけ頑張り、まわり全体も団結しないと最後にいい結果はでないと思います。 実際は私も、少林寺のことを国を乗り越えて来て、日本で少林寺の秘伝のものを教えている。だから、これから特に色々な希望があり将来に向けて頑張りたい人は自分の目の前のことだけでなく、もっと広い目を回りに向けて行動することがいいと思います。
初めが肝心!しっかりとした第一歩を】2003年10月8日
13期生ご入門の皆さん、おめでとうございます。10月3日(金)に、13期生の金曜クラスがスタートいたしました。 日は、最後の説明会に参加した体験者も数名、一緒に授業に参加しました。午前中は、基礎気功と秘伝動功。 午後は、新気功理論と静功。初回から、積極的な質問が飛び交い、本気で入門した人のやる気は、目・顔つき・姿勢、すべてに現れていました。 本気で学ぶということは、自分自身の決心、どれくらいの努力をするか、どのくらいの意欲があるかで同じ授業を受けても最後の結果は違ってきます。 気功について学ぶということは、一つは知識と技術の勉強。これは、一般的な考え方です。 しかし、ほんとに気功の真髄が解るようになるには、自分自身の改心と決心が必要です。 ですから、13期生の皆さんは、せっかく少林寺の気功を学ぼうと決心して入門した訳ですから、一生懸命やってみて下さい。 一生懸命やれば必ず結果は、変わってきます。たとえ基礎気功クラスだけ受講する人も、 少なくとも3ヶ月〜6ヶ月間続けてやらなければ、気功の効果は、現れてこないでしょう。 そうでなければ、少林寺気功の本当の良さや深さが解らないでしょう。 日本の皆さんの生活は、社会人でも、主婦でも、学生でも、結構皆さん忙しいですから、何かを学ぶときに、時間の都合を付ける事は、難しいと思います。 急に用事が入ったり、体の調子が悪くなったりする時もあるかもしれません。 そういう時、授業に参加しようかどうしようかと迷う時もあるかもしれません。 そんな時は、一歩進んで考えて、前向きに授業に参加してください。迷ったら、参加する方を選んでみて下さい。 そうすれば、気功だけでなくすべてにおいて、一歩前進するでしょう。もし、迷った時に、休むことを選択したら、 一歩後進して、また、授業に出てくるのが億劫になり、もう一歩後進します。また、またと段々休み癖がついてしまうでしょう。 これは、今まで、指導員養成コースを指導してきて、途中で辞めていった人達の同じパターンです。中国のことわざに「万歩を歩く時も、 高い山に登る時も、初めの一歩が一番大事」という言葉があります。初めの何歩かをしっかりと歩いたら、だんだんとその道のりは順調に軌道に乗ります。 この指導員養成コースは、気功を本気で学びたい人のためにコースのカリキュラムが組まれています。 ですから、もちろん入門者もそういった人が多いのですが、中には、全くの初心者の方、自分自身の健康のために入門する人もいます。 でも、気功を全く知らなくても心配しないで下さい。基礎の基礎からゆっくりと上級レベルまで指導していきますし、 コースに参加しているとだんだんと本気になってくると思います。 今までの先輩達も、もし、1年間家でもよく練習した人は、自分自身の成果はほとんどはじめに期待した結果を得ていると思います。 逆に、あまり努力もなく、気功について何も解らないまま途中で辞めてしまった人は、 少林寺の気功を知らないまま、効果が出ないなど、辞めるいろいろな理由を作っていました。 ですが、これは一番かわいそうなことです。せっかくいいものにめぐり合っても、それを生かすも殺すも自分自身なのです。 このことを忘れないで下さい。 良い結果を得たいのなら、全身全霊で頑張ってみてください。 そうすれば、3ヶ月もたてばすごく効果を感じられて益々、気功に興味が湧いてくるでしょう。中途半端は、一番いけません。 自分自身の一度の人生を無駄にしてはいけません。精一杯生きてこそ、素晴らしい人生を手に入れられるのです。 本当の修業とは、決心と行動、そして自分自身に厳しくあることです。常に一歩前進する姿勢が、人生においても変化をもたらすでしょう。 どんなときでも、やるからには前向きに取り組んでみて下さい。後ろ向きの考えや言動は、自分自身のためになりません。 今まで、そういう癖のある人は、この機会に、何でも前向きに、決心したことをやり遂げられるよう、頑張ってください。 私自身の経験では、例えば、日本語の勉強をした時に、自分の目標をたてたら、まず、1年後・2年後にある試験に申込をしました。 そうすると、試験に合格するために頑張らなければならない。本当は、修業の場合は、自然のままというのが一番いいのですが、 自分に欠点があることが解っていたら始めに目標を決めて頑張る環境を作ってしまうのがいいと思います。  私の第1冊目の著書も、同じやり方で完成しました。私と出版社とライターの始めの打ち合わせの時に、 それぞれみんな忙しく時間を作ることが難しい状況でした。でも、本をまだ書き始める前に、いつ出版するかということを決めたのです。 もし、長い目で見て、本当に気功の練習とか修業が出来たとしたら、何よりも嬉しい事だと思います。 何故なら、人間が生きているということは、最後は、やっぱり自分自身の精神と肉体です。 お金や物などこの世の中には、いろいろなものがありますが、最後まで残るものは何も無い。 人間に最後に残るのは、自分自身の身体と精神だけです。だから、私の考えは、政治家でも何の職業でも、 人類としてどう生きれば一番良い生き方なのか?ということです。 迷ったら、前進すること。 それでも、だめな場合は、いつでも心を開いて私に相談してください。疑問・不安・不満何でも受け止めて、 そしてよりよい結果を出すためにどうしたら良いかを、私の経験からお話しましょう。  第13期生にご入学の皆さんおめでとう!自分自身の人生の為に、 そして全人類のためにも是非、初心を貫いて、頑張ってください。
秦 西平来日10周年を迎えて】2003年9月29日

秦 西平来日10周年記念感謝祭より抜粋 
2003年9月23日隋園にて
プログラム
1、ご挨拶    全日本少林寺気功協会会長  秦 西平
(以下2、3,4ご来賓ご祝辞は、ニュースをご覧下さい)
2、ご来賓ご挨拶 帯津三敬病院院長      帯津 良一先生
3、乾杯     鞄中旅行社 代表取締役 米田 征馬様
4、ご来賓ご祝辞 
         且O五館 代表取締役    星山 佳須也様
         アルプス歯科院長      寺川 國秀先生
            鞄本テレビエンタープライズ 藤井 融様
            (財)日本出版クラブ 事務局長 中島 義雄様 

1、ご挨拶 秦 西平
今日は,お忙しい中、お越しいただきましてありがとうございました。感謝の気持ちを表します。私の今の気持ちは,宗の禅と同じ気持ちです。禅宗の禅とは、言葉で表現するのが難しい。つまり、一言で表すことがなかなか出来ない。
私は、ちょうど10年前の今頃,中国政府の派遣研究員として,日本に来ました。その時には,現在のこの状況を全く想像していませんでした。東京大学で,セラミックスの研究をして、1、2年で中国へ帰り、将来は研究者となるつもりでいました。中国政府もそう考えていましたし、私もそうなると思っていました。
しかし,仏教の縁とか、自分の持っているものが、日本の社会の要求しているものに合ったのだと思います。少林寺の道を選ぶにあたっては、私の周囲の人が、当時、いろいろとアドバイスをしてくださいました。少林寺を広めたらいいとおっしゃる方もありましたが、ほとんどの方は、研究者としての道を選ばないのはもったいないというアドバイスでした。ですが、いろいろと考えて、研究は、私以外の人でも出来るが、少林寺の事は、私にしか出来ないと、最終的にこの道を選びました。
今日も、昼間に指導員養成コースの第13期生の説明会があったのですけど,この10年間の歩み、道のりを振り返ってみると、この道を選んで本当に良かったと思います。
今日集まっていただいた方、今日都合があってこられなかった方々、みなさんのご協力、ご指導、ご援助で,ここまで到達しました。私一人では,はっきり言って何も出来ない。日本語もまだまだです。この場をお借りして深く感謝の意を表します。
今後も、少林寺の1500年の皆さんに役に立つ健康法とか修行法と気功あるいは武術を、日本全国,更には,世界のいたるところに広めるために、より一層の努力で、全身全霊をかけて、これからも少林寺気功の普及に頑張っていきます。
これからも、皆さま、どうぞよろしくおねがいいたします。
本日は、どうもありがとうございました。


三峡下りから戻って】2003年9月17日
 先週1週間、三峡下りの旅へ行って来ました。(旅の様子はこちらへ)修行という意味では、普段の教室の中だけでなく、大自然の中で、特に綺麗な景色の中での修行も大事です。三峡下りの旅では、人間と大自然の気の交流が良く出来たと思います。先ほども述べたように、修行は、単に授業に出ることばかりではありません。もちろん、教室の中では、基本訓練を行います。教室では、まず、基本的な技術を身に付けます。基本的な技術が身に付いたら、次は、もっと雄大な深い環境の中で、修行のレベル・気のレベルが深まるように訓練することが必要です。大自然の美しい景色との気の交流は、大切です。気の科学的な話をすると、大地の気や特別な風水の場所との交流は、人間の気の上達に深く関係しています。中国では、昔の修行者は、霊山宝地(レイザンホウチ)をあちこち探して修行をしていました。実際は、そういう場所は、お墓が多いのですが、お墓の修行は怖いですから、今回は、長い歴史の中ではぐくまれた綺麗な景色の三峡下りの旅を大自然との交流の場所に選びました。三峡には、天の気・地の気・山の気・川の気があります。観光でまわった、「鬼城」や「白帝城」なども大変気の場が強いところです。「神農渓」は、美しい渓谷でした。
 気功は中国で生まれたものですから、今回の旅に参加した指導員コースの生徒たちは、現地での交流会で「虎龍双型養生功」の演舞や武術の型の演武を行いました。最後には、私(秦西平)も現地の中国人からの希望で、団体外気功を行いました。 三峡の気の特徴は、膨大な深さと広さです。特に、生きている自然の山と川。ですから陽の気と陰の気が、非常に良いところです。
 その後、三峡クルーズが終わってから、武漢に向かう途中専用バスにて、長江北岸の古都・荊州へ向かいました。ここでは、三国志のロマンを偲ぶ荊州古城、荊州博物館を観光。翌日は、黄鶴楼、武漢市四大寺院のひとつ帰元禅寺などを観光。これらの場所のいずれも、良い気の場でした。だから、今回の三峡旅行は、ひとつは観光旅行、もうひとつは気の修行旅行・生命の旅行とも言えるでしょう。ですから、こういった概念を良く理解した上で旅行をするとより意味深い旅行になると思います。
 今回の参加者と主催の日中旅行社は、この旅行中に来年の旅行についても話しました。協会の中国少林寺への認定旅行は、毎年春と秋に行いますが、それ以外に、今回のような非常に良い気の場を訪れる旅行を5月か6月に実施したいという希望がありました。現在、2つの場所が候補にあがっています。ひとつは、四川省の九サイ溝と峨嵋山、楽山大(100m以上)、成却。もうひとつは、シルクロードの敦煌とウルムチ。どちらに決めるかは、やはり、皆さんの希望を良く聞いてからにしたいと思います。
 今回の旅行では、出発前に膝を痛めている人もありましたが、痛さや弱さを乗り越えて楽しみました。皆さんも特に病気も事故もなく、三峡の素晴らしい気と地元の人々との交流が出来た良い旅行でした。

3つの内容について】2003年9月8日
 1、日中友好は、共存・共栄になるチャンス
 9月5日に行われた、日中平和友好条約締結25周年祝賀会に招待客として出席してきました。来賓の小泉総理大臣は、どちらかというとアメリカのイメージが強いですが、挨拶の中で「日本と中国の友好は、お互いの国にとってチャンスである。」と話していました。強い中国は、日本にとって危険であるという考え方が日本にはあります。実際、このような考え方は、私がパネリストをつとめた日中学生会議の中でも、中国研究の教授や経済評論家などの意見として出ていました。その時に、私にも意見を求められました。私の答えは、「もし、自分が日中友好をチャンスと考えれば、チャンスとなり、一緒に発展していけるでしょう。もし、危険であると考えれば、チャンスもなくなるでしょう。」と答えました。なぜなら、人類の平和と友好は、歴史の中の大きな流れであり、お互いの進む方向だからです。日本の経済も、同様です。山一證券の破産後、経営の面で、或いは、金融の面で、いろいろな銀行は合併して、大きくなって、力を強くしました。実際は、アメリカやヨーロッパも同様でしょう。ユーロは、共通の貨幣を持つことで、ヨーロッパの国の経済を強くしました。歴史をみると、世界の政治と経済的な中心は、常に変化してきています。もちろん、歴史の中で中国は、世界の中心に何度もなっていますが、その地理と昔の文化の流れで自然にそういう風になりました。その中に、ヨーロッパも当然、ローマ帝国とか、アラビアでは、オスマン帝国とか。これらも、すべて自然の歴史の流れです。ここ2〜300年間は、欧米中心でした、でも、これからの歴史の流れは、アジアが中心となっていくでしょう。近年2〜30年間の日本の経済発展は、目覚しいものがあります。これは、日本の皆さんの頑張りの結果でしょう。ですから中国も、日本がよく発展しましたから、経済的に科学技術的に良く交流しています。
 でも、この先もし、中国が大きくなったらどうなるでしょうか?これは、私は、普通あまり言いませんが、中国は歴史の中で、いくら強くても、軍隊が自分の国から出た事は、あまりありません。ジンギスカン(モンゴル)の時代は別として、漢民族としては、あまり遠くに出ることはなかった。経済と貿易の交流は、シルクロードを通って行きましたが、軍隊は、行かなかった。中国の国民性の特徴かもしれません。中国のスポーツが強いのは、個人競技(体操・水泳など)や球技の場合は、真中に網のある試合が強いです。自分が自分の陣地に立つだけのものは強いです。卓球とかバレーボールとかバトミントンとか。自分は自分の所にいて、相手のところに行かない。これに対して、相手の所に行く、攻めるものは、中国は弱いです。例えば、サッカー。攻撃性は弱いです。
 中国とベトナムは、昔は、戦争がありました。当時は、世界第3番目に強い国と言われていました。中国はその戦争に勝ちましたが、ちょっとベトナムに入って、すぐに戻ってしまいました。こういう面で、昔のロシアとかヨーロッパとかアメリカとは、違います。逆に、ロシアやヨーロッパやアメリカは、遠くても、他人の国にどんどん行って、長く相手の国に兵隊がいました。これは、国民性かなと思いますが、中国の考えとしては、他人のところに行くのは非常に弱い感じがして、自分の国にいるほうが、強いと感じます。ですから、中国に対して本当の心配はいらないと思います。
 今、中国の場合は、はっきりいって、経済面に力を入れています。歴史上でも、武力や軍事より科学技術と文化の方が、世界に向いてきたと思います。今は、経済に非常に注目して発展していますが。だから、中国と長く良く交流することは、両国にとって非常に良いと思います。経済的にも良いと思います。中国は、自然の資源も多いし、労働力もあります。高技術で、たくさんのお金を投資した商品は、中国はまだ弱いです。反対に、日本では、高技術で高い製品を得意としていますが、労働力は、海外に求めています。だから、お互いに、必要な部分で良く交流をしていけば、非常にいいと思います。
 2、修行の旅、三挟旅行へ出発
 皆さんが、これをご覧になるころには、私は、中国の三峡旅行に出発しているかと思いますが、何故、少林寺で三峡旅行へ行くのかと思われるかもしれません。ひとつは、会員の修行のためです。中国では、昔、修行者の場合は、だいたいいい所に行った場合は、長く滞在します。少林寺のお坊さんの場合は、特に、私の師は、全国あちこちに行って、有名な気の場所での練習とか、有名な修行者との交流とか、その時に、私は縁あって私の師と出会いました。もし、私の師が全国をあちこち行かなかったら、私との縁もなかったと思います。もちろん、今回の旅は、弟子を探しに行くことが目的ではないのですが。協会としては、毎年春と秋に少林寺に行くのですが、会員の中には、少林寺へ行ったことがある人とか、違う趣味の人とか、年配の方の中には中国の古い歴史に触れたい人やきれいな景色、自然を楽しみたい人など様々です。ですから、そういった会員の方のご要望に応えてこの旅行を企画致しました。そうすると、中国の少林寺以外の他の気を感じてみて下さい。例えば、今回の三峡というところも世界で他のところにはない景色です。私は、去年ラスベガスでの学会に出席した時に、グランドキャニオンを訪れましたが、その時の感想を、以前、今日の言葉でもお話しました。グランドキャ二オンは、非常に雄大な他では見ることの出来ない景色でした。今回の三峡は、やはり、深い侵食が特徴ですが、底には、きれいな水と周囲は緑が(木々)特徴。これに対して、グランドキャ二オンは、赤と黄色が特徴。土肌が見え、緑はあまりありません。景色は雄大ですが、なんとなく、荒い感じです。これと(環境と)現代のアメリカの性格は、似ているなあと思いました。でも、三峡の場合は、緑があり水があり、周りは木々の生い茂る山に囲まれています。こういった、その土地・場所の気の特徴を感じてみるのもいいと思います。この三峡下りの旅は、三峡ダム建設によって景色が変わってしまうため、今回が現在の風景を見るラストチャンスです。この旅は、修行と練功です。旅行をしながら、その土地の気を感じてみることは、非常に良いと思います。昔の中国のことわざに「本を万冊読む 万里を歩く」という言葉があります。この意味は、ただ本をたくさん読んでも、自分がたくさんの経験をしないと本当に身に付けたことにはならない。たくさんの本を読んだら、たくさんの経験が必要というものです。だから、修行中の私たちが、実際に経験として、良い気の場所を訪れることは、良いと思います。
 3、修行の深さを感じる
 指導員養成コースUは、前回「少林九段内経易筋経」の試験が終わり、全員合格。9月からは、「少林寺洗髄経」に入りました。6日(土)の授業で、皆さんは、実際に第一段をやってみて、なんとなく、前回の易筋経に似ているなと思ったでしょう。やはり、達磨大師が作ったものですから、通じるところがあります。ひとつは、立つ。ひとつは、座る。これは、形として。でも、練習の内容は、配布資料の字訣や解説を参考にして、身体の内部の深いところの感覚が出来るようになると、非常に役に立つ、深いところが解ると思います。だから、今回の練習の注意点としては、身体の内部の奥のほうの気の感覚を良く感じてください。そして、洗髄経の練習をしていくうちに、前回の易筋経の内容が、もっと理解できるようになると思います。易筋経の進み方は、とても早かったので、今回、洗髄経をやりながら、同時に易筋経の内容も消化出来ると思います。だから、「少林寺洗髄経」の練習は、何か新しいポーズということではなくて、動作の奥深い身体感覚をどれくらい感じられるかが、重要です。そうすれば、皆さんは、今まで感じたことのない感覚を感じられると思います。こういう面で、是非、皆さん新しい内部の感覚を感じてください。もうひとつは、「少林寺八段錦」、「八段錦」は前にもやったことがありますが、八段筋は、いずれも易筋経から八つの動作にまとめられたものです。まとめられた時代によって、同じ八段錦でも少し違います。大きな面では、似ていますが細かいところは、違うところもあります。そういう面で、皆さんは、指導員ですから、少林寺の関係のことと色々な流派の違いを知ることも必要です。そして、それぞれの効果の違いを良く感じてください。

思いがけない出来事もすべて自然にやってくる】2003年9月1日
 先週、金曜日(8/29)自宅に帰ると一通の招待状が、届いていました。この招待状は、日本国外務省、中国大使館、と日本の8大、日中友好連盟からのものでした。日中友好条約25周年を祝うため、中国より来日する中国全国人民大会の委員長と令夫人をお迎えしてのパーティーです。今までも、同様のパーティーの案内がありましたが会費を納めるもので、招待されるのは初めてです。何故、今回、私に招待状が届いたのかよくわかりません。日中友好の活動は、自分から何か進んでやってはいないと思います。日中友好会館で気功を10年間教えていますが、生徒は、10名ほどの小さなクラスです。非常に、地味な活動です。ですから、今回の招待に値するとは、自分自身は思っていません。ですが、招待ということは、何か私の活動が認められたのかもしれません。自分で思ってもいない出来事が、向こうからやってきました。欲しいと思っていると、なかなか手に入らないというのは、世の中の法則のような気がします。
 最後は、どうなるか?目的は、何か?ということは考えずに、自分のやることを一つ一つ地味にやっていると、自然に結果が現れてきます。私自身の経験も、今まで、目の前にあることを一生懸命にやる。そうすると、自然に結果が現れてきて、また、次のことが出来るようになります。あまり、結果を求めて行動していても、うまくいきません。それよりも、今、するべきことをすることだけに集中して、やる。結果のことは、あまり考えない。そうすると、自然にいろいろなことがやってきます。
 ただ、今回の招待のことで、皆さんに申し訳ないのは、調度、9月5日(金)の武術教室の時間帯と重なってしまい、当日は自主練習とさせていただくことです。もちろん、その分の振り替え授業を行います。振替は、9月15日(月・祝)18:30〜20:00です。場所は、変わりますから確認してください。(武術クラス金・土で配布予定)金曜武術教室は、今、たくさんの内容をしています。型も技もいくつもやっています。あまり、たくさんですから、みなさん消化しきれないでしょう。だから、今度のクラスに私は行けませんが、自主練習を頑張ってください。そして、解らないところ、苦手なところは、出来る人から教えてもらって下さい。実際、練習は、クラスに出るばかりでなくて、自分自身でやることがとても大切です。自分がどこまで理解して、どこまで出来るのかよく解ると思います。

指導員II洗随経スタートと少林寺旅行】2003年8月25日
<易筋経と洗随経は、相乗効果絶大!>
 指導員Uでは、9月からいよいよ「少林寺洗随経」に入ります。
易筋経(筋、骨、皮)外部の訓練
洗随経(精、気、神)内部の訓練
 これまで練習してきた易筋経が、外部の筋肉と筋を強化するのに対し,洗随経は、内部の骨髄を強化します。つまり、易筋経が身体の外部の訓練とするなら、洗随経は身体の内部の訓練です。
骨随が、綺麗(強化される)になるということは、身体の免疫機能を高め,自然治癒力、免疫力が、強くなります。老化防止、精力回復にも効果が期待できます。気は、洗随経を行う事によって,より身体の奥のほう(骨随まで)に入ります。ですから、易筋経で外部の訓練をした皆さんは、次の洗随経では、更に人間の内部(身体の内部と精神の内部の奥深くまで)を訓練していく事になります。
 易筋経と洗随経の相乗効果は、絶大です。想像をはるかに超えた効果が期待出来るでしょう。易筋経の試験を合格した皆さん、次回、洗随経も頑張って下さい。
(*8/31日曜日9:00〜12:00まで、指導員Uの補習授業と追試験を行ないます。また、指導員U受講希望者でご都合により初回易筋経からのクラスにご参加出来なかった方は、指導員U入門のラストチャンスです。詳細は、事務局までお尋ね下さい。)

<今年の旅行はここがおすすめ!>
 今年の秋の、少林寺旅行はお蔭様で第7回目を迎えます。第5回目から、7期生認定式からは、滞在を少林寺に絞り、じっくりと少林寺の気・武術・禅・観光が出来るようになりました。7期・8期の旅行の経験から、少しずつ内容も改善してきました。今回9期生の旅行では、更に充実した内容が期待出来ると思います。少林寺管長も楽しみに待っていてくれているそうです。
 現地では,禅や武術の修業があります。全員で学べる武術は,少林寺炮拳(ポー)、梅花拳(バイカ)を予定しています。炮拳は鉄砲のイメージ。梅花拳は梅の花を連想する、少林寺の伝統的な武術です。その他にも、希望があれば、自由時間を使ってオプションで本場の少林寺武術を習えます。
 今回は,人数が多いので、少林寺武術の演舞も広い場所を用意してくれているそうです。買い物や食事も楽しみにしてください。日本人の口に合う所を探してあります。そして、少林寺との交流。30人31脚で来日した武術学校訪問以外に、今回は小龍という学校も訪問します。この学校では、武術俳優の少年とも会えます。きっと、皆さん楽しんで頂けると思います。
(第7回少林寺訪中旅行説明会は、8/31日曜日14:30〜協会本部にて行ないます。お申し込みをご検討中の方も是非、説明会へお越し下さい。)

日中学生会議 公開パネルディスカッションを終えて】2003年8月20日
 8月18日(月)国立青少年オリンピックセンターにおいて、日中学生会議の最終日に公開パネルディスカッションが行なわれました。
今回、私(秦 西平)は、招待パネリストとして他3名のパネリストの方と一緒に、日中間における「共生」をテーマに(詳しくはこちらへ)ディスカッションに参加しました。会場には、日中の学生と関係者及び一般参加者合わせて約130名程が出席しました。他のパネリストの方のご専門もあってか、ディスカッションの話題は政治的な話題が多かったのですが、私は、少し違う視点から話しました。
 「共生」といった時に、出てくる様々な現象(問題)は、個人間の問題でも、国家間の問題でも、現実は力のある方が環境を変えていく影響力を及ぼすことが出来ます。しかし、そういった事が無理な場合は、いくら議論をしてもあまり意味がないと思います。学生の場合は、まだ、実社会に出ていないこともあり、社会での経験が少ないためどうしても理想主義的な考え方が多くなってしまいます。ですから、世の中で今、一番話題になっていることに目が向きがちです。でも、個人的な交流において、どのような考え方をするかは、本人の経験と人間性と教育によって決まります。ですから、他人に要求するのではなく、自分自身を高める努力が先でしょう。自分の行動は、社会にも環境にも合わせる行動が必要です。自分から周りの社会や環境に合わせる行動をすることで、社会からの自分自身への信頼が高くなります。相手の自分への信頼が生まれれば、当然、相手の行動も変わってきます。いろいろな面で変化が起きるでしょう。会場では、あまり時間が無かったため、詳しくお話しできませんでしたが、全ての結果(現象・環境・思想・文化・宗教・国家などすべてのこと)は、人間が作り出したものです。ですから、まず、人間としてどう在るのか?自分は、考え方・発言・行動など全てをどう社会(他人)に対して発するのか?個の充実と完成をまず考えてみてください。もし、そうでなければ、いくら議論をしても自分の立場で、考える事が多いでしょう。国と国も同じです。最後に、今回の会議では、会場の雰囲気と話の流れが、政治的なもの・現象的なものが多く、私は、発言を控えました。私は、ここで自分の考えを主張することも出来ました。でも、しなかった。この意味は、どんな時でも、周りの環境に自分を合わせるということです。会場の雰囲気や皆さんの発言したい方向を尊重して、妨げない。これで、いいと思います。何でも、自然のままでいいじゃない、無理やりは良くありません。会議終了後は、皆さん、非常に感謝の気持ちでありがとうと見送ってくれました。皆さんそれぞれの分野で、活躍しています。私のような修業の世界とは、違った環境で生きています。ですから、今回の会議では、こういった面でも、日中の交流が出来ました。私も、違う分野のことを知り、勉強になりました。

派遣講師の素質について】2003年8月12日
 指導員養成コースを修了した、動功指導員の認定者には、派遣講師としての新たな修業の道が始まります。他人に教える立場になると、更に修業者としての厳しさが必要になってくるでしょう。教えるという事は、他人に、技術だけでなく、自分の全人格と身に付けてきた全教養(知識)と気質と心をすべて伝えるということです。教室を通じて、生徒に良い事を伝えれば良い反応が返ってくる。逆に、良くない事を伝えれば、良くない反応が返ってくるのは当然の結果です。そうすると、自分が教室で学ぶ時(生徒の立場)と教える時(講師の立場)には、自分がどう思うかということではなく、相手の評判(評価)によってその内容の効果がどれくらいか判断します。私自身の場合は、他人に教える場合まず何を教えるかというと、自分の気持ちと心を伝えます。全ては、自分自身のためではなく、他人の(相手の)満足のために行います。例えば、食事も同じ事です。良く、教室の合間に随園で昼食を食べますが、或る人は、野菜そばを食べたい、或る人は、チャーハンを食べたい、或る人は、五目そばを食べたいと、それぞれの注文は様々です。ちなみに、私は、いつも牛肉筋そばを注文しますが、もし、皆さんに、全員私と同じ、牛肉筋そばを食べてくださいと要求したらどうでしょう。きっと、皆さんは、自分の好きなものが食べられなくてあまり気持ちが良くないかもしれません。でも、私は、牛肉筋そばが一番好きですから、皆さんに勧めても、気持ち悪い訳では決してありません。 まあ、これは、極端な例ですけれども、この意味は、自分は教える立場でも、他の何の仕事をする時にでも、やはり、環境に自分を合わせることが大事です。相手に合わせるというのは、日本の場合でいえば、サービス業です。私は、中国で生まれ育ち、少林寺の厳しい環境で修業してきましたが、日本へ来ると、日本人に合わせる教え方をしないと誰も生徒は、ついてこれませんでした。ですから、少林寺でいくら厳しい修業をしたからといって、それをそのまま日本で行ったのでは、協会もここまで発展はしてこなかったでしょう。やはり、日本に来たら、日本に合わせなければなりません。だから、派遣講師は、他人に(相手の環境に)合わせる事が、まず大事です。例えば、スポーツセンター・スポーツクラブの方針に合わせないと駄目です。なぜかといえば、スポーツクラブもサービス業ですから、お客さんの満足のために営業方針やクラスへの要望などがあります。私達、派遣講師は、先方の要望に応えることが大事です。何故なら、もし、お客さん(会員・生徒)との間に、何か問題が出たら、その経営責任は、先方にあるからです。修行者(講師)としては、常に相手に合わせることが大事です。もし、講師の側の意見ややり方を相手に合わせず押し通したらおかしなことになってくるでしょう。先程の、食べ物の例でいうなら、相手に「何故、野菜そばを食べたい。何故、牛肉筋そばは食べたくないんだ。」と言っているのと同じです。そんな、質問はおかしいでしょう?何故?と責められても相手は、困ってしまいます。そういう、質問をする人は(理屈を言う人は)絶対、世の中に出られないと思います。ですから、講師派遣で、他人に教える立場にある人、また、これから講師として活躍する人は、良くこの事を覚えておいて下さい。
 講師の素質の、第一条件は、「相手と環境に合わせる」事です。第二の条件は、問題が何かあった時に、相手のせいにしない事です。例えば、自分の練習の効果が良くないとか、自分の教えた効果がなかなか出ないとか、或いは、イベントなどで結果を出せないとか、例え、自分は一生懸命やっていても思ったように結果が出てこないことは、よくある事です。でも、その時に、結果が出ないことを、すぐに他人のせいにしてしまう人がいますが、どんな結果が出ようとも自分がやる事の責任はまず、自分が持つことです。あまり、他人のせいにしてはいけません。何故なら、自分の人生は、自分で歩いているのですから。どんなに相手のせいにしたところで、相手はあなたの人生を歩く事は出来ません。やはり、あなたが歩いていくしかないのです。まわりの出来事(他人)は、ただ、自分の人生の道に出て来る、ひとつの駅のようなものです。全ての道は、(あなたの人生は)自分で歩くのです。だから、自分の人生に起きる問題を、決して他人のせいにするのではなく、自分自身で責任を持ち、前を向き、立ち上がって、乗り越えて、また、歩き出せる様に。これは、人生に対する基本的な態度です。こういう態度は、非常に大事です。私が、日本に来てからも、様々な事がありました。もちろん、皆さんの協力があったり、助けていただいたり、でも、自分のやることに対して、全ての責任を自分で持ってなかったらいろいろと問題が出たことでしょう。もし、自分で責任を持たずに、他人のせいにする人は、その他人から離れて人生を歩けばいいと思います。これは、私の基本的な考え方です。会員の中に、年配の方で、「スポーツはゴルフが一番良い」と言う人がいます。何故なら、ゴルフは、団体行動ではないですから、ボールを打つのは、自分だけですから、上手くても下手でも、他人の責任には出来ない、すべて自分の責任だからです。でも、私は、その人にこう言いました。確かに、自分の責任ですけど、文句を言う人というのは、ボールが飛ばなかった時には、今日は風が強いとか、このゴルフ場の芝が悪いとか、いろいろと言います。
 もう一つ大事な事は、何か問題が起こった時のまわりの人の態度です。中国では、よく「紅い人に近づけば紅く染まり、黒い人に近づけば黒く染まる」と言います。だから、良い人のまわりにいれば、自然にその良さが伝わりますし、自分にもよい部分が身に付きます。反対に、あまり甘い考えや良くないくせのある人と近く交流していると、自然にその影響を自分が受けてしまいます。先輩や後輩に何か意見やアドバイスを求められたら、その時は、「他人(何か自分以外の原因)のせいにするのではなく、ちゃんと自分自身で責任を持ってやってください。」と伝える事です。きちんとした、態度をとることで、その人にも良い影響を与える事が出来ます。その人が、自分の人生を前向きに歩いていかれるように、この場合も、相手の為に自分はどうしたらいいかという視点で考えて行動すれば、間違いはないでしょう。この点は、長崎の少年の殺人事件など近年、青少年の事件が多発していますが、世の中の子供の教育問題、或いは、子供を育てる環境の問題です。このような、悪性事件は、最近では中国でも増加の傾向にあります。日本だけではなく、先進国共通の問題です。逆に、後進国では、このような事件は少ないです。もちろん、他の面での問題はありますが。先進国では、物質的には大変豊かな生活をしていますが、物質的な豊かさを追求するあまり、親は、仕事に忙し過ぎるかも知れません。子供には、お金や物で物質的満足を与え、精神面での厳しさや、正しい事について教えない、或いは人生は、もっと困難に立ち向かって乗り越えることが必要だということを教えない。少年とか子供は、まだ、人生の厳しさを解らないですから、少年たちは、人生は簡単だと考える。手に入れたいと思うもの(欲しい物)は、何でも手に入ると思っている。親も大人も厳しくないですから、自分は、世の中に何も怖いものは無い。すべて、自分の心の思うままになると思っている。だから、子供を殺すという事も、単に虫と遊ぶのと変わらないような感覚しかない。実際に事件を引き起こすのは、青少年ですけれども、問題点は、教育者にあります。この、教育者とは、学校もそうですけれども、一番の問題は、親自身にあります。まず、母親だと思います。もちろん、父親にも問題はありますが、子供にとって、一番の人生の教師は、一番身近にいる(一番過ごす時間の長い)母親から学ぶのです。子供の小さい頃というのは、人間性が形成される最も重要な時期です。少林寺でも、私の小さい頃でも、子供の場合は、厳しくないと良い成績・効果・結果が得られません。指導員クラスでも、以前お話した事がありますが、私の妹は、子供を非常に厳しく育てました。私と妹は、2才しか年が離れていませんから、妹も自分が子供の頃には、私と同じように厳しく育てられていますから当然、自分の子供にも厳しくしました。妹の子供は、8才の時には、すでに家事が1通り出来る様になりました。8才の身体には、ホウキは大きくて扱い難いですが、掃除もちゃんとやりました。また、食事が終われば、茶碗を洗って片付けるのもその子の仕事です。洗濯も、自分の衣服を手洗いします。中国は、その時、一人っ子政策ですから、周辺の家庭では、子供に絶対何もやらせないで大事に甘やかして育てていました。子供は、みんな皇帝のようでした。私が、中国へ帰る時には、子供たちにもお土産を渡します、また、近所の公園に子供たちを連れていったりしますが、その時の妹の子供の態度は、他の親戚の子供たちと比べても、非常にきちんとしています。その時の、妹の子供の態度というのは、良いことや良い物は、まず、他人が先に、そして、自分は、1番最後という態度でした。何かあると、まず、他人を助ける。だから、学校でも非常に成績が良い。性格でも頭の良さでも、群を抜いています。ですから、学校では、毎年、最優秀生徒として、代表でスピーチをしたりしていました。近所でも学校でも非常に評判がいい子です。学校の中では、何か称号のようなものを与えられている様です。私の妹は、非常に厳しく子供を育てました、妹が怒ると大変怖い。もし、間違ったことや悪い方向のことは、絶対、許さないという姿勢を貫きました。だから、まず、どういうものが良くて、どういうものが悪いかという事が、よく解るようになりました。私は、協会の中で9年、日本に来てからの各地域の教室活動を入れると10年になりますが、いろいろな人間関係を見てきましたが、何か問題があった時に、本人に対して、周りの人がどのように説得・指導するかという事が、とても大事です。何故かというと、日本人の場合は、真実を伝えずに、何となくおせいじでお茶を濁してしまうところがあります。何となくニコニコして、相手に良いことしか言わず、いざこざを避けるようなところがあります。昔、竹下総理大臣は、おせいじで殺すというようなことを言いました。このことは、今日の言葉の中でも以前に話した事が、あると思います。だから、特に、何か問題ある人や、間違いがあったり、落ち込みの人に、相談に乗ったり、アドバイスをしたりする時には、あまり、甘過ぎの事ばかり言うなら、一時は良いかもしれませんが、その本人にとっては、これからの人生にとっては逆に害になると思います。厳しく人生を乗り越えていけるような事を相手に伝えるならば、結果的には、本人を助ける事になるのです。ですから、自分に厳しい事を言う人ほど、自分の人生にとっては、助けとなる有り難い人だという事を、肝に命じて、素直に聞く心を無くさないように。すべては、自分の為になるのですから。アドバイスをする方も、真剣に相手に対して、責任を持った言動が必要です。子供が、間違えた事をした時に、甘い飴ばかりあげる、本人が大間違いをした時に、それは大間違いだと言わずに、あなた肉食べてください、飴食べてください、チョコレート食べてください、アイスクリーム食べてください、そういう風にするとはっきり言って良い結果にならないと思います。そうすると、協会の育てる人は、はっきりいって世の中であまりよい評判にはならないと思います。だから、こういう面で、周りの人にいろいろと交流したり、話したりする時には、厳しい事でも相手の為になるように、はっきりと伝えることが大事です。

少林寺の強さ】2003年8月8日
 最近は、世界中で少林寺ブームです。少林寺のカンフー映画がかっこいいからとか、少林寺の謎について知りたいとか、多くの人は少林寺武術や強さにあこがれています。少林寺だけでなく、強さという事に非常に感心が集まっています。映画のアクションやボクシング・プロレス・K−1などの試合など大変盛んです。これらは、自分の技術が世界で一番強いという事を、試合に勝つことで証明しています。でも、人間の本当の強さとは何ですか?別の言い方をすると、人間が一番恐ろしいことは何ですか?とも言い換えることが出来ると思います。或る人は、殴られることが一番恐ろしいかもしれません。やはり、人間にとって一番恐ろしいことは、死ぬという事ではないでしょうか?或る人は、病気になることが恐い。或る人は、鬼やお化けが恐い。或る人は、夜お墓に行くことが恐い。恐いという事は、自分が無くなるという事です。もし、そういった意味で、本当の強さを解説するならば、人生は何の為にあるのですか?という問いから考えてみるといいでしょう。日本では、男の人は小さい頃から強くなる様に育てられます。最近は、いじめとかの問題もありますが、これも別の見方をすると、力が誰より強いということを表わしています。最近は男性だけでなく、女性の方が強さに感心が高いかも知れません。強さは、今や世の中の一番の関心事のようです。肉体的に強くなるための色々なトレーニング方法もあります。でも、強いということは、肉体的な強さだけではないでしょう。肉体的にいくら強くても、何かあったらすぐに落ち込んだり、心が弱いとか、心が恐ろしいと感じたりとか。一般的に問題が生じた場合、結構、体力と関係が無いことが多いのです。だから、精神の強さが必要になります。精神的な強さを身につけるには、どうしたらいいでしょう?精神のトレーニング方法は、ありますか?私たち、少林寺の答えは「あります。」です。詳しくは、次の機会にお話しましょう。ただ、一つ言える事は、肉体的にも精神的にも、もし強くなると具体的にどうなるのでしょうか?或る人は、精神が豊かとか、お金持ちになるとか、成功するとかといったことが、一番大事です。そういった人は、「何故、強くならなければいけないのか?」と疑問に思うでしょう。私たち、少林寺の考えは、強くなると第1に、全体のイメージとしてはもっと完美(完璧)になる。第2に、自分の人生の中にいろいろと乗り越えなければならない大変な事があります。人間と環境との間、自分と仕事との間、人間と人間の間の様々な問題を乗り越えていくには、人間の強さ・意志力が必要です。そうして乗り越えることと、豊かさとは、関係があります。第3は、強さは最後の成功の鍵を握っているということです。失敗から人は多くのことを学びますが、失敗が好きな人はいないでしょう。成功者の素質は、意志力・精神力と関係があります。これを表わすのは、強さですから。
次に、この強さは、人間の元々の元気と健康に関係があります。すぐに落ち込むとか、精神の不安定とか、これは人間の七情(喜・怒・哀・楽・憂・悲・怖)が原因となって起こる現象ですが、心が強くなると、外部の環境がどの様に変化しても、心は動かない。だから、病気にもなりにくい。健康な身体は、健康な精神。健康な精神の中に強さがあります。だから、人間の心身の健康面でも強さは、必要でしょう。
また、強いということは、修業の面でも良い結果をもたらします。
肉体的にも精神的にも、強さは最後の成功への鍵です。

出版業界にも少林寺の気功は好評】2003年7月26日
 7月24日に日本の出版クラブというところで、講演会をしてきました。この講演会は毎回各界の有名人が招いて定期的に開かれているという事です。そして、今回は私のところに話が来ました.前回はインドの大使の講演で、日本とインドの関係について話したという事です。去年は健康について、東京大学の医学部の教授に依頼したそうです。初めに会って打合せして、それからハガキで連絡したのですが、申込者が50何名あったのだそうです。予想外の多さだったらしく、向こうの関係者がびっくりしていました。最近数年間の中でも、集まりの良い講演会だったのだそうです。
 出版クラブというのは、日本にある4〜500ぐらいある出版会社が集まって作った会で、財団法人です。ここでは、昼食をしながら講演会を行うスタイルでした。最近は不景気や仕事多忙の影響を受けて、参加者も少なかったそうなのですが,今回は多かったそうです。参加者は、社長や会長といった人が多いのですが、こうしたトップの人達は皆忙しいので、仕事優先にしており、興味が無ければ、つきあいでは講演会には来ないだろうと思います。しかし、予想を上回る多くの人たちがいらっしゃったのは、気功に興味を持っていらっしゃるからでしょう。
技術専門職でも事務職でも、どういう仕事をしていても、一定の年齢になると、皆だんだん健康が一番重要な問題になってきます。全てそういうふうになる年代です。今回の出席者は、会長や社長が多かったのですが、こうした人達は出版業で一生懸命頑張って、会社を作り上げたり、運営したりして、そろそろ定年が近づいた日とが多いと思います。そうすると、やはり、自分の健康が大事だという事がわかるのではないのでしょうか。だから、こうしたチャンスを出来るだけ利用して、健康になろうと。健康法は、もちろん色々あります。少林寺の気功を人々は、なんとなく神秘的で謎めいていると感じているようです。そこで、「東洋医学の神秘ー気功」と言うテーマにしました。
同時に、出席者に、少林寺の気功のことだけではなく、腎臓病や肝臓病など具体的な病気に対応する方法も紹介しました。これには、みなさんも非常に関心を持たれていました。また、出席者の皆さんに外気を出す事もしました。このように名前と内容を合わせたものが、非常に魅力的なので、数多くの皆さんがいらっしゃったのでしょう。当日は出席者の方はみな文化人というか、会長や社長と言った職にある人達ですから、食事をしながらの講演会ではありましたが、講演が始まる前は、知り合いの人とは話していましたが、隣合わせた人と話し合う方もなく、ちょっと厳しい表情でした。しかし、講演が始まるとすぐに、表情が変わったので、興味を持ってもらえたかなと思いました。
 講演会の前に、出版クラブの人が話をしてくれたのですが、出席者はみな出版業界の人達ばかりで、データや数字、状況について皆さん知識がある人達ばかりで、厳しい目で見ているので、気をつけないと聴衆を満足させられる良い講演にはならないでしょうとのことでした。だから、今回の講演に関しては、普段みなさんに教室でしているようなざっくばらんなものではなく、今までしてきたものよりも少し言葉に気をつけなければならないと思いました。
話し始めると、皆さんに興味を持ってもらえました。次に外気を出す時、20何人ぐらいの希望者が出たのですが、95%ぐらいの人が外気を感じました。私が外気を出す時はだいたい、このぐらいの人が外気を感じます。これで、多くの人が気の存在を実感して、楽しい気持ちになったようです。出席者の方は、最初まじめというか、表情が厳しい感じだったのですが、本当の存在を自分の目で見て感じたからか、認めてくれました。みなさん、素直だと思いました。
最後は10何種類の病気に対応する、それぞれの方法を簡単にささっと紹介しましたが、みなさん非常にやる気があって、自分の席の所で立って一生懸命真似していました。それが、最初の頃の非常に真面目で、平和で何もない、少々無視しているような表情とは全く違っていて、真剣なので、一番いい生徒だと思いました。だから、どんな立場でも、どんな年齢でも、どんな職業でも、良いものは良いものだと認めてもらえます。そして、少林寺の長い歴史は、ただ名前だけではありません。本当に一生懸命修業して少林寺のパワーを身につけたら、どこに行っても通用します。もちろん、ニセモノはだめですよ。
最後に言いたいのは、気功と言うのは日本の社会に非常に役に立つものであると言う事、そして気功を日本の社会は必要としているということ、少林寺の気功を身につけたらどんな世代の人でも皆理解してくれるということです。
 この講演が終わってから、事務局長の方に「これからも、またこういう講演を、他の所でも色々お願いします。」と言われました。少林寺気功が多くの人に理解されて、世の中の人々のものになればいいと思います。良いものは、個人で占有するものではありませんから。だから、少林寺の気功の未来は明るいと思いました。

気功の練習について】2003年7月21日
 先週は先生の選び方について話しました。今回は、気功の練習について話したいと思います。他で練習している方や、会員の皆さんの中でも「練習の具合はどうですか?」と互いに訊ねあうこともあると思います。では、どんな練習がよいのでしょうか。私自身の経験では、はっきりいって気功の先生になってからよりも、自分の修行の時間はもっと長いですから。だから、こういう面でも、みなさんにお話できると思います。また、中国でも、練習について色々な事情があります。そこで行われている方法や、友人知人達が行っている練習方法もありますから、それらについてもお話しましょう。
 習う、あるいは自分で練習するということは、人によって反応はさまざまなものがあります。ある人は経絡が敏感な人がいます。敏感な人は練習の時、初めて座禅する時に、気の流れを感じたり、そのほか色々な体験をします。その一方で、経絡があまり敏感ではない人もいます。しかし、あまり敏感ではないのが、良くないというわけではありません。
気の感じ方について、人は4種類に分けられます。非常に敏感な人は10%で、だいたい敏感な人は40%、あまり敏感ではないのが40%、そして全然敏感ではない人が残り10%です。こういう比率になっています。非常に敏感な人は、気功をはじめてすぐに、気というものが感じられるかもしれません。しかし、あまり敏感ではない普通の人は、そんなに気が感じられない場合があります。どちらがいいとか、どちらがよくないとか、これについては気の感じ方という面では、はっきり言ってまだ何も解明されていないのです。まず、色々な体験をする状態にはいるというのが、それでいいのですが、だからといって気のレベルが非常に高いかと言うと、そういうことは言えません。どうしてかというと、気の流れに敏感じゃなかったり、わからなかったりするけど、ただ自分は知らないだけで、気はよく流れている、というようなケースもよくあります。血液型でいいますと、どちらの血液型の方がいいとか、性格はどちらの血液型の方がいいといったようなことは、いちがいに断定できることではありません。気功もこれと同じことです。気に対する感覚だけで、その人の気功のレベルが高いとか、低いとか判断するのは間違いなのです。気の感覚が比較的高い人ということよりも、精神的にも人間的に上のレベルに達し、修行者のようになって、他人を助けて、他の人々をより良い道へと案内する、こういったことのほうが更に重要なのではないかと思います。人間は何をしても、最後には人間性や精神的なものが重要になるからです。いくら自分が気にたいして敏感であっても、悪用すればたいへんなことになります。だから、気に対する感覚があまり敏感ではなくても、ただ練習を積んでいけばいいと思います。だから、練習の方では、教えたものをまず全て理解してください。静功でも動功でも、あるいは理論でも、私が教えた内容を良く理解し、予定の効果が得られるようにします。これが大事な事なのです。これは、頭の方だけではなく、実際の方でも、良く流れるようにするのが大事です。だから、まだ指導員養成講座を卒業していない人は、禅宗の有名な言葉「只管打座(=しかんたざ)」を贈りたいと思います。これは、「座禅の時はただ座るだけでいい。何がいいとか悪いとか一切聞かず、心静かに長時間座っているだけでいい」という意味です。感じるとか感じないとは関係ないのです。もちろん、気を感じることは悪いことではありません。しかし、気を感じるのが最高なのだ、という事は決してないのですから。
 まず、動功でも静功でも、講座で教えられた方法の通りにうまくできるかどうか、これが大事です。例えば、入静の状態でいうと、基本的な話では、まず足を組むという事から始まります。感想の時、「こんなものが見えた、あんなものが見えた」という人がいますが、本当に見えている人もいるし、実際は見えていないのに言う人もいます。しかし、まず教えられた順序に従って、自分が何時間も座っても自分の心は乱れず、ずっとそのままの状態でいられるというのが、基本的な状態です。また、3時間でも5時間座っても、足は全く痛くないということができるようになるのが、基本なのです。一般の座禅としては、まずこう言うレベルに達していないといけません。当協会の上の期の先輩の中には、9時間も10時間も足を組んで座禅をしつづけている人もいます。皆さんも少ししてみてください。教室で行う静功の場合、15分ぐらい、せいぜい多くて30分ぐらいです。自分でする場合、ある人は1時間以上したら足がきっと痛くなります。2時間はもう我慢できないでしょう。だから、自分でよく練習して、まず形を身につけてください。イメージの場合は、一時的な感覚ではなく、ずっと長く続くけらるかどうかが問題になります。長く続けられる場合、自分の心理状態から出たものだと思われます。みなさんは、いつか暇があったら、自分は色々な事を用意・準備して、大悲官(だいひかん)のように朝から晩までずっと座禅し、自分の肉体も心も変わらない平静な状況でいられるかどうかを試してみてください。私は以前、今述べたことを100日間したことがあります。100日間の瞑想の中で、20何日間、つまり4週間ぐらい断食をしました。これは少林寺の中で一番長い断食です。私の歴史の中でも一番長いものです。今はだいたい10日間ぐらい、いつも断食しています、簡単なタイプのものですが。昔そういうことを、真っ暗な部屋の中に入って、100日間出ないで瞑想しました。本当のことを言えば、こう言ったことはあまり公開したくないのですが、一冊の本の中に書きたいという思いもあります。これは大悲官??観音です。静功に興味があって、好きな人は、このように、もっとイメージの事をしてみてください。このような修行ができるチャンスは少ないでしょうが、皆さんには静功で勉強したものを毎日か、1週間に三回ぐらいは続けて練習すればいいと思います。
 第三の方は、気功の練習をはじめてすぐの段階で、すぐに目標を立てたり、すぐに素晴らしい能力が得られるかと聞いてくる人がいますが、はっきり言ってそれは早過ぎるというか、せっかち過ぎます。中国にはさまざまな流派がありますが、その中には「自分は神様だから、自分について習えば短い時間で、すぐに超能力が出ます。」などという人もいます。そのような流派は、わざわざ色々な感覚を練習者が感じるように作り上げて、つまり「天目が開いた」とか騙すことを目的にニセの感覚を作っているのです。そのような練習を行うために、偏りやひずみが出て来る場合がよくあります。だから練習は安全第一にしなければなりません。練習の時には、こういうことにも気をつけています。
 もう一つは、ちゃんと理論から始めて、自分は実技を全面的にうまくできるかどうか。気功の先生として自分が生徒さん達の前に立つときに、特に日本人が先生である皆さんに要求するのは、動きの美しさです。静功より、まず動功の方が生徒さんの目にとまりやすいので、生徒さんがそれを見て認めるかどうかと言う事が重要になります。中国では、よくこういうことがあります。ある気功大師(=気功の大家)で、指導に当たっても、なかなか人気が出ない人がいました。その人は口が上手でパフォーマンスがうまかったけど、実際の動功の動作にあまり魅力がなかったのです。動作が下手だということは、はっきり言って、心身統一されているとは言えません。心身統一されていれば、他人から「動きが美しい」と言われると思います。それは、自分がリラックスして、バランスがとれている状態だったら、おのずと動きは美しくなるからです。
 もう一つは、自分がしているところを全て解明するということです。これは自分だけの変な理論ではいけません。中国の気功には正統派もありますし、もちろん邪派もたくさんあります。そうした邪派の中には、中国政府に敵対した結果、中国政府から弾圧を受け、結果として他の気功組織に迷惑をかけたものもあります。みなさんのご記憶の中に、残っているかもしれません。そういう邪派は、外には「自分は最高レベルだ」、「いろいろ感じられる」、「自分はお金なんていらない」等、いいと思われる言葉は全て言っています。でもしていることは、気功練習者に一番迷惑をかけていることなのです。こういうことは、よくあります。だから、気功を練習する時は、まず自分の健康を第一に考えて、ただひたすらに練習してください。気功の効果とか潜在能力などは、練習している時に自然にでているものなのですから。少林寺の気功は、他のものと一切比べる必要はありません。1500年間そのままで、現在まで来ています。中国では、ここ20年で大小含めて何千と言う流派が生まれました。しかし、一つの流派はニ、三年ぐらい、あるいは四、五年ぐらいブームになってすぐ終わってしまいます。こうした現代気功の流派は多いです。少林寺気功は地味ですから、他人をびっくりさせるようなことは言いません。だから練習の時、みなさんは自分の修行第一に考えてください。見かけの派手なインチキは、あまり覚えないようにしてください。それが大事です。
最後に、自分がしていることが全て解説できるかどうか、ということです。この解説は、いま公認されている中医学理論、つまり伝統的理論、または新しい現代の科学的理論で解説できるかどうか。こういうことも大事な事だと思います。みなさん、がんばってください。気功の世界ははっきり言って、たくさんの謎の現象があります。だから、たくさんある流派の一つに騙されてしまう人も出てきます。真っ暗な部屋に閉じ込めて、ちょっとした感覚が感じられたり、信じられたりする雰囲気や条件を作り上げるということは、簡単ですから。でも、そういうことをする気功師は、本当の気功の状態をきちんと説明することはできません。たぶん、本人もわかっていないのではないでしょうか。だから、みなさんは、明るくて正統的な形の気功を学んで、あまりインチキっぽいものには手を出さないのが大事だと思います。そうして、正しく健康的な方向へ少しずつ進んでいくことが、いいと思います。

気功の先生を選ぶ場合の条件について】2003年7月14日
 今回のテーマの話をするにあたって、これは私の今の立場でするのではなく、小さい頃からいろいろな先生について様々な事を学んだので、その時の経験に基づいて話したいと持っていますし、またそれが一番いいと思います。今の立場で話した場合、自分は良くて、他人はどうだとかいう話しになりがちですが、それは一切避けて中立の立場から話したいと思います。
 実際、気功は中国でも日本でも流行っています。しかし、気というものは目に見えないものですから、現状としてはかなり幅広いタイプの先生がいます。ある人は本当のパワーがあり、ある人は偽物で、ある人は人間性もいい、しかしそうでない人もいて、いろいろです。特に今回は、中国の方から国家依頼の研究テーマの中に「気功が与える影響と効果」の項目ががありました。やはり、影響のプラス面だけを見るだけではなく、マイナス面をもみあければならないでしょう。マイナス面は中国だけではなく、他の国でも影響があるでしょう。だから、先生を選ぶ事はとても大事な事だと思います。特に初心者、入門したばかりで、気功の世界の入り口にいる人は、どういう先生がいいのか自分ではわかりません。だから、こういう話しをちゃんとするのは、いい事なんじゃないでしょうか。もちろん、もうこの協会に入っている人は、これからもっと深く掘り下げて習うというのも一つだし、それからこのHPの読者はこの話しを参考にしたらいいんじゃないかと思っています。
 気功の先生を選ぶ場合、一般的にまずその人に能力があるかどうかを見なければ行けないのですが、これを「功徳(こうどく)」と言います。その人が修行の全過程を終わったかどうか、その人の下で修行をするかどうか。まあ、人間性など、ある所はすぐに見えるけど、ある所はたぶん見えません。その人の気功の度合いが目では見えませんから、口が上手い人や頭の回転が早い人には、だまされてしまう可能性も出てきます。だから、「その人はどこで習ったか、いつからいつまで習ったか、源流と流派はどういうものか」といったように、まず、その人の身分を確認してみるといいと思います。そうすると、その人の修行の道と成長の過程がはっきりします。
 次は、言動をじっくりと観察し、周囲や社会からの評判も色々見て、本当にみなさんに教えられる人物なのかどうか、師としての素質をもっているかどうかを判断してください。これから気功を習おうという人は、その気功の先生を良く見て、その人の心がどこに向いているかを見極めてください。お金を狙っているのか、自分は超能力があると思っていて宗教の教祖としてあがめられたいのか、何のためにしているのか、そういうことを調べたらいいと思います。特に、気功をするのは自分のためなのか、他人のためなのかを見てください。
 第三は、自分の直感を信じてください。相性という事もあります。気功師はいろいろなタイプがいますから、あるひとは曖昧で深い、ある人は鋭い、あるひとは反応は鋭く、ある人は穏やかといったように、雰囲気も色々あります。だから、直感で、自分に合うと感じた人がいいでしょう。もちろん合わなくても、それは先生の良し悪しにはつながりません。だから、相性のことは自分で決めてください。
 さて、今、精神世界の学者は、よく宇宙とか何とか、みなさんのために日本の国はどうなるとか、人間と宇宙世界はどうなるとか、色々言っています。その一方で、自分が主催した研修旅行の値段が普通の観光旅行の倍になるとか、そういうことにも目を向けてください。もうひとつは、人間とか功徳の面を見て下さい。次はその人の持っている技術、パワーを見てください。しかし、そういうものは目に直接見えないものなので、透視などで言ったことが当たったかどうかということではなくて、その人を全体的に見てください。社会的な評価からもわかります。ガンを治したり、他人の心を読めると称する人がいますが、その人がほんとうにわかっているのかどうか。当たるということは見えているということかもしれないけれど、もう一つは頭を使って推測・判断している場合もあるのです。だから、本当の技術や、パワーが本物で、他の解説はできないという裏づけのものを見せてもらうべきです。
 外気でいうと、今回協会が参加した実験では、外気を出す人は一階にいて、受ける人は上の何階かにいて、気を出す時間も受け手には知らせませんでした。そういうやりかたなら、外気が本当に出たかどうか判断できると思います。たとえば、以前私の力を信じなかった歯医者さんは、力を試そうとしました。たとえば、歯を抜くとか、外気を出しながら相手の手とか身体の一部を刺すとか、少し切るとか、ペンチで挟むとか、とりあえず普通の人間が我慢できない、曖昧ではない方法を試しました。(気功麻酔による抜歯成功例)
 もちろん透視や予知などの能力については、曖昧な部分のない公正な条件のもとで行った実験について、判断した方がいいでしょう。特に超能力の世界は、中国でも日本でも、はっきり言ってタネや仕掛けがあるものが多いのです。ただ、一般の人は知りませんから。中国では実際多いのは、マジックや手品の類です(魔術=日本語では「邪教を信じる人々が動物や人を生贄にして、行う呪術の一種」)みんなプロのしていることですから、タネを教えられても一般のみなさんにはわかるわけがありません。日本で私が気功を教え始めた時、日本でも気功ブームが起こっっていましたから、私は当時の現状に対応して、指導員には45の気功パフォーマンスを教えていました。でも、まだそういう状態ではないのではないかと考えて、やめました。そのパフォーマンスの中には、中国から日本に来日した一流の気功師たちがテレビでして見せたものも、もちろんあります。教えたら、皆さんもきっとできます。ということは、たいした技ではないということなのです。だから、問題なのは、その人が技術的に何ができるかということではなくて、人間的にバランスがとれているかどうかを良く見て考えた方がいいと思います。そして、その次に、自分の直感を重視して、好きな人を選んだ方がいいです。まあ、一般に実力ある気功師は、「自分だけが良く、他はだめだ」と他の流派や他の人を批判・非難したりしませんし、「自分のところで練習したら、他で練習してはいけない」というようなことも言いません。
このように、先生を選ぶ場合は良く考えてほしいと思います。そして、迷った場合、こちらに相談してくれれば、もちろんいろいろ協力したいと思います。

英雄―ジェット・リー主演映画】2003年7月7日
ジェット・リー主演映画の「英雄」が、日本でもそろそろ公開されます。先日、私はこの「英雄」を中国からのビデオで見ました。これは、もともとカンフー映画ですが、ただのアクションだけではなく、歴史的背景とともに深い内容をよく表現していました。みなさんにお勧めしたい映画です。
 「英雄」に描かれている時代は、中国の秦 の時代、戦国時代です。当時、中国には、七つの国がありましたが、その中で一番強い国が秦。調度、秦 の始皇帝の支配する時代です。場所は、私の故郷の、陜西省西安市の間に位置します。秦 の国は、他の六国を相手に、次々と勝利していきました。当然、相手国には、多数の死傷者が出ましたから、周辺国からの秦 国への恨みは相当なものでした。各国とも、秦 の始皇帝を暗殺しようと、当時、一流の実力のある武士3名が、暗殺の任務を任されました。一人は、長空(カンコン)。他の二人は、剣の使い手で、いつも一緒の仲のよい男女。残剣(ゼンケン)と飛雪(フェイショウ)。
 でも、今回の主人公(ジェット・リー)は、もう一人の暗殺者で、名前は無名(ムメイ)。名前は無い。この無名のジェット・リー扮する暗殺者が、秦 の始皇帝を暗殺に追い詰めるまでが描かれています。この中には、様々な暗殺計画が描かれていますが、武術の世界で頂点に立つ、3名の有名な暗殺者は、実力・名声がありながら皇帝暗殺には揃って失敗します。失敗の原因は、悟りによるものでした。残剣は、趙の国出身です。趙の国は、書道で有名ですが、残剣も書道の悟りの中から一つの特別な剣の方法を編み出しました。その当時、無敵の剣といわれていて、誰も残剣に勝てるものはいませんでした。3人は、皇帝暗殺のチャンスを得ますが、残剣は、その時に、始皇帝を暗殺しませんでした。残剣の深い考えがあったからです。中国の長い戦国時代を終わらせ一つの国を作れるのは、この秦 の始皇帝しかいない。ここで、この皇帝を暗殺してしまったら、中国は、また、戦乱の時代が続くだろうと考えたからです。実際、残剣には、皇帝暗殺が可能でしたが、国の安泰を考え、暗殺をとどまったのです。
 これに対して、無名は、幼い頃に両親を秦 の始皇帝に殺され、その復讐のために幼い頃より剣を訓練してきました。そして、ついに編み出したのが、10メートル以内のものをすべて消滅させるという剣法です。(ほんとうかどうかは、定かではないですが、映画の話ですから)いくら、強い相手でも、10メートル以内のものは、必ずすべて殺す。
 秦 の始皇帝は、自分の身を守るために、普通、大臣などの面会の際にも、100メートル以内には決して人を近づけませんでした。但し、有名な暗殺者3名を殺したらご褒美として、1名殺したら40メートルの距離で一緒に酒を飲むことが出来る。2人目を殺したら20メートルの距離。3人目を殺したら10メートルの距離で酒を飲むことが出来るという 法を出しました。ですから、この法令を利用して、10メートルに近づくために、3名の暗殺者は、最終目標の秦 の始皇帝暗殺のためには、自分の名声よりも目的達成を優先させるため、ニセの負ける形をとりました。これは、武道練習する人の心です。大きな目標のためには、自分の名誉までも犠牲に出来る。飛雪(フェイショウ)も同じように、負けました。そして、3名を倒した結果のご褒美として、約束通りに無名は、10メートルの距離で皇帝と酒を飲む機会が与えられました。しかし、皇帝も大変用心深い人ですから、10メートルの距離になったといっても、そう簡単には手が出せません。それどころか、逆に、無名の殺気を感じ取り、無名も同じ暗殺者であることを見抜きました。しかし、皇帝と酒を飲む時には、剣の携帯を許されていませんから、無名は素手のままです。皇帝が、無名に「剣も持たずにどうやって私を殺すつもりか?」と尋ねると、無名は、「あなたは、あなたの剣によって殺される」と答えました。
 無名には、皇帝を信用させるために、残剣の書いた書をすべて壁に掛け渡しました。残剣という有名な剣の使い手は、実際は、同じく書道家としても有名でした。当時、“剣”の字は、28の書き方(表記方法)がありました。しかし、残剣は、29番目の方法を作りました。それだけではなく、残剣は、自分の書の中すべてに、自分の剣法の悟りと武術の秘密を書いていました。これらの書を皇帝がご覧になって、最後に、自分の剣を抜いてこう言いました。「私は、悟りました。」
 剣の悟りには、日本の剣道のように、武道の3つのレベルがあります。「第1のレベルは、手は剣を持ち、心も剣を向き、かなり腕も良い。しかし、その剣は、他人を殺すための剣である。第2のレベルは、剣は手に持たない。実際は、剣は持っていない。でも、心の中に剣はある。第3のレベルは、手も剣を持っていない。心の中にも剣はない。このレベルになると、戦うことを一切せず、世の中の平和のために尽くす。」そう皇帝は、語りました。実際は、無名はこの言葉を聞いてびっくりしました。そうすると、秦 の始皇帝は、この言葉の後に無名に向かって剣を差し出しました。「あなたが、私を殺したければ、殺しなさい。」無名は、剣を取り、一瞬で皇帝の後ろに立ちました。そして、皇帝に向かって剣を刺す動作をしました。「私は、両親の敵のあなたを殺す動作をしなければならない。でも、中国の平安のために、あなたを殺してはいけない。殺せば、また、戦乱の世の中になってしまうでしょう。」といって、無名はもと来た道を戻っていきました。秦 の始皇帝の心は、自分を許した無名を殺したくは、なかった。でも、周りの大臣や兵士たちは、この暗殺者を殺さなければ治まらない。ですから、秦 の始皇帝は、国のために、最後の暗殺者の無名を殺しました。
 この物語の中で、無名は、自分の両親を殺されてしまった個人的恨みから、秦 の始皇帝の暗殺を試みますが、最後は、国全体の平和のために、個人的恨みを捨て、皇帝を許し命を助けます。世の中のために、自分の一生を掛けて幼い頃からの生きる一番の目的だった、両親の敵を取るという個人的なことを止めました。これは、中国では、大義と言います。この映画の意味は、おそらく、こういうことが出来る人を「英雄」と言っているのかなと思います。もちろん、秦 の始皇帝は、武道はあまりわからない。でも、大きな人間ですから、武道がそんなに出来なくても尊敬される。だから、人間の全体的な修業は、大事だと思います。武道の中のレベルは、ただ、技術的に他人に戦い、殺す事は、最高ではありません。武道の練習の中に、形のものと、心はその中に入るかどうか、心はもし、真髄的なものを身に付けたらもっと上のレベル。もし、もっと上に武道以上に、普通の範囲以上に、入ったらもっと上のレベルになるかなと思います。今日、紹介したジェット・リー主演の「英雄」という映画は、日本でも、そろそろ公開されると思います、是非、ご覧になってみて下さい。

気功師の素質】2003年6月30日
修行者、気功師の素質の1つは、自分の信念を持って、よく練功を続けることです。もちろんよくいろいろなものを覚えてパワーをもらって、そういう能力を持ってる、もう一つは、いろいろな環境に合わせて柔軟性を持つことが大事です。これは、1つの経験ました。私は、4年前にある有名な人物が私を探して、健康のことをやりたいので、一緒にやりませんかと誘われました。はじめの電話では、私は誘いをお断りしました。その後も2〜3回電話で誘いを受けましたが、私は、それもお断りしました。しかし、お断りしたにも関わらず、熱心にお誘い下さるその熱意と誠意に、感動しました。そして、4回目の電話があった時に話を聞くことにしました。相手は、あまりに有名ですから、私は、どういう状態で何をやるのかということをはっきりと聞きました。相手は、有名な方でしたけれどもはじめ、私はその人のことを知りませんでした。私の周囲の方にも、いろいろと意見を聞きました。ある人は、そんなに有名な人と一緒に仕事をすれば、協会にとってもいいことだと思いますよと言いました。ある人は、精神の面でどう思うか解らないので、経済と商売の面では成功した人かも知れませんが、少林寺の精神とは合わないのではないか。という人もいました。賛成と反対の意見がありました。その時の、私の考えは、少林寺気功に興味を持っているだけでいいです。他人にあまり要求だけしてはいけません。すべて、他人は、自分と同じ考え方の訳がないですから。そう考えて、一緒に仕事を進めることにしました。その時に、その有名な人が私に言ったことは、「秦 先生、あなたは私とやったら、私はあなたに日本で一流のお金持ちになりますよ。」でも、私はすぐ答えました。「私は、実際お金がそんなに好きじゃない。もし、お金のことばかり考えていたら、気功はもう出来ません。」はじめからこの様に、健康のことをやるといってもその目的は、違っていましたが、健康のことを広めるというところでは一致していましたので話を進めることになりました。「秦 先生、私とやったら先生も超有名になりますよ。マスコミの力も持ってるよ。」とも言いました。「私は、自分が有名になるとか、マスコミとかには、興味がありませんでしたが、もし、少林寺気功が広まるのなら、お願いしてもいい。」と答えました。「初めてのことですから、いろいろなことはそんなに簡単じゃありません。」と言ったので、「私は、はじめ教室をする時には、少林寺気功をやりたい人がいれば、はじめは私の給料はゼロでもいいです。」という気持ちで最初は続けました。最初の1ヶ月、2ヶ月ぐらいになると、一緒にスタートした他の2名は、いろいろな理由で、経済的理由とかですぐに辞めていきました。私だけが残って続けていました。私の考えは、一度決めたことは、小さな理由ですぐに辞めてしまうのはいけない。そうすると、大きな事業を起こそうと相手は、部屋を改装したり、広告をしたりして、かなりの出費をしているのですから、それを、給料が出ないからとすぐに見捨ててしまっては、相手に対して無責任だと思います。はじめる時に、私はそんなに簡単にはじめません。でも、一度決めたら、今度は、そんなに簡単に辞めたりしません。これは、私の性格です。だから、一緒にスタートした他の2名は、その有名な人とは随分前からの知り合いでした。私は、この仕事ではじめて知り合ったのですが、すぐには辞めませんでした。
どんどんそのまま続けていくうちに、だんだんといいお客様もみえるようになりました。でもある時は、一人も来ないような時もありました。それでも、そのままどんどん仕事を続けていきました。向こうの経営の方は、専門家ですからだんだんと事業は軌道に乗り安定してくるようになりました。教室をやる経験もだんだんと増えて、はじめは、私と私の弟子しか先生はいませんでしたが、経営の方針を変えていろいろなタイプの先生を揃えるようになりました。この、先生を揃えるということは、当初の約束とは違いましたが、私は、相手の経営方針を理解して受け入れました。時間がたつにつれて、だんだんとお互いの状況も変化してくるのは当然です。私のほうも、だんだんとテレビの撮影があったり、雑誌の取材が入ったりと忙しくなってくると、時間がだんだん無くなってきました。そうすると、他の先生も呼ぶことは、私にとってもよいことと思いました。何か、今までと違ったことが発生した時に、すぐ反発してしまうのではなく、理解をする事が大事です。健康のことをやろうと誘われてから、そろそろ、3年〜4年間になりました。その間には、いい時もあるし、悪い時もありましたが、一番悪い時にすぐに辞めないで続けていたからこそ、今があるのでしょう。
 ひとつは、私が日本に来た理由を成し遂げるという信念があります。お金のことは、あまり対した問題ではありませんが、もし、その信念に反することがある時は、続けることが難しいでしょう。それは、少林寺の精神に反するということです。そういったことに触れた時には、続けることは出来ません。これも、縁ということですから自然のままに。縁がある時には、一生懸命頑張って、縁が無くなれば自然に離れる。その時に、何が原因だとか、誰の責任だとか、そういったことは一切関係無く、自然のままにがいいでしょう。
はじめる時や続ける時は、喜んで続けて、別れる時は、喜んでさよなら。これは、指導者と修行者の態度です。来る時は、自分は断らない、行く時に、無理やり止めない。なぜなら、相手の意識もありますから。もちろん自分の意識もあります。一切は無理をせず、水は自然のままに流れるのがいいでしょう。ただ、要求は、自分に厳しく要求することが必要です。厳しくとは頑固や硬いのとは違います。でも、自分の深さと、レベルを保ち、純度を保つのが大事です。だから自分の頑張りと、他人に対して許すのが大事です。今回の一緒に健康のことをやった経験は、私自身にとっても大変いい経験になりました。ある意味話も、楽しかったと思います。一緒に、事業を立ち上げて、立ち上げたら事業も軌道にのりお互いに忙しくなってよかったと思います。気功健康とかは、一人の力だけでは、やれることも限られます。皆さんの力を合わせて、一緒に頑張ってやったら良い結果になるでしょう。

気功の世界の大きな変化】2003年6月23日
 先日、重大ニュースでお伝え致しましたが、今回、中国政府より正式に日本で活動する私に“気功の概念”の研究を依頼したことは、日本国内でも初めてのことと思います。これは、日本での活動を頑張ってきた結果だと思います。
 昨年、正月に中国へ帰省した際、西安スポーツ大学と上海気功研究所から、中国ではその年から“気功”は政府による統一管理になったと聞きました。今までの中国における気功事情は、気功が流行したこともありましたが、各流派ごとの活動によるものでした。また、気功を指導する人の中には、自分は神様だとか、超能力を持っているとか、多少実力のある人もいることはいますが、なんとなくいんちきのようなものも少なくありませんでした。いろいろな問題もあるし事件が起こる事もありました。もちろん、良い面もありました。病気を治すとか、健康に良いとか。 流派によっては、政府と対抗するものもありましたから、気功ブームになっても、その後は、一時、気功は冷えた状態でした。何年間かは、気功に対してとても厳しい状態でした。しかし、気功は問題点ばかりではなく身体と精神の面で非常に健康に良いという結果や研究が、日本やアメリカやヨーロッパなどで行われ、証明され、認識されるようになりましたので、中国政府も、気功に対する考え方を改め、この人類の健康に役立つ気功をもっと有効に活用していこうと、統一して管理・指導するようになったのです。
 中国各地域の中医体育総局の気功管理中心から、全国統一管理。そうすると、各省でも同じように体育の気功管理部門で管理します。同様に、各市まで中国全土に渡り気功は政府の管理下に置かれました。今までは、このようにはっきりとした統一部門はありませんでした。
 今回は、ただ政治からの政府による管理ではなくて、もっと科学的に、技術的に、専門的に、有効的に気功の活動は高レベルになる。気功の専門家やプロによる意見によって指導するということが政府から認識されています。ですから、現在は、中国の国家体育総局の気功管理中心から、全国・全世界の気功の専門家とプロ、或いは大学に気功の研究を依頼しました。研究テーマをそれぞれの専門家に依頼し、国家予算も導入して研究結果を来年6月までに政府に提出します。その結果を受けて、中国政府は、研究結果を全世界の学会に発表します。そして、この研究結果を今後の気功統一発展のために参考とします。ですから、今回の気功研究依頼の結果は、ただ政府の管理というだけではなくて、専門家の意見を広く取り入れた、より信頼出来る、有効的な方法でしょう。
今回の私と西安スポーツ大学に依頼された研究テーマは、“気功の概念”です。私は、西安スポーツ大学の客員教授です。気功と武術を専門とする教授は、他にはいないでしょう。このテーマでは、まず基本的な気功の解説と理解、中国での気功のやり方、正しい効果が出るような功法の研究などを行っていきます。そうすると、この研究結果は、全国・全世界への気功法の統一へ向けての重要な資料となるでしょう。今回のような、気功の統一管理は、中国では初めてのことです。ですから、今回の政府の依頼は、総合的に専門家としての高レベルの要求に応えられることが条件です。日本国内においては、唯一、私一人です。 もう1つは、中国のこれからの気功に関しての管理と部門の組織は、日本人のこれまでの認識では、気功は医者からとか医学的な面からという認識ですが、これは、ぜんぜん間違っています。中国の場合は、まず、スポーツ指導者からの任務となっています。こういった面での、認識も、変わりました。 このように、気功の世界は、今、世界へ向けて大きく変わろうとしています。その、大きな歴史的流れの中で、私達は、気功をどのように後世へ伝えていくのか、重要な責任があるのです。皆さんも、何かご意見などございましたら、遠慮無くお申し出下さい。(ご意見などございましたら協会事務局まで。e-mail: shaolin-qigong@pop21.odn.ne.jp)

梅雨と夏の暑さを乗り越えるには】2003年6月16日
 梅雨は、中国では南の方にはありますが、北、北京や西安には、はっきりとした梅雨の時期はありません。私は、日本での生活が10年になりますから、梅雨も10回の経験になります。とりあえず、雨は多いと感じますが、特に違和感といったものはありません。梅雨の時期は、天気はジメジメしていて、湿度は高く、皮膚は湿って、家の中はカビになりやすい。多くの人は、なんとなく気持ちもすっきりしなくて、体調もすぐれなくて、健康に良い環境じゃないなと思っていると思います。中医学では、湿度の湿(六淫の中の一つ)或いは、病気になる環境の中の、六つの原因の中の一つです。この、湿は、実際に身体に直接影響がある、もう一つは、人間の気持ちの面での影響、嫌な気分になるとか不愉快な気持ちになるとかという、気持ちの変化も病気の原因になります。でも、中医学では、外部の六淫或いは、外部の病気になる原因は、ただ外部の環境と条件ということであって、本当に病気になるかどうかは、自分自身ですから。だから、梅雨のうっとおしい時期に、あるいは六淫が健康に良くない条件が揃っても、ある人は病気になって、ある人は病気にならない。そういう違いが出てくるのは、自分自身の身体の状態・条件で決まります。ですから、外部の環境の条件は、自分自身の本来のものを通って、病気になるか健康のままかを決めます。外部の環境がいくら変わっても、もし私たちの自分自身の身体が外部の環境に良く適応できれば、当然、病気にもなりません。これも、私たちの気功練習の目的です。外部がどんな環境になっても、身体は悪い影響は受けない、また、大きな環境の変化の際には自然に自分の身体を調節する事が出来るようになることが、気功練習の目的です。
 気功の三調(調息・調身・調心)、イメージと呼吸と動作の調節が出来ると、身体は健康になって、また調節能力もアップします。だから、私たちは、気功練習によって外部の環境に影響されない健康な身体を作ることが出来ます。
 梅雨が終わると今度は、暑い夏がやってきます。そうすると今度は、夏バテということがあります。日本では、夏バテ防止に、うなぎを食べるという習慣がありますね。でも、夏の暑さに対応出来る健康な身体作りがもっと大切です。
 外部の環境がいくら変わっても、自分の身体の中には影響しない、或いは、良く調節(コントロール)出来るような精神と身体作りが、私たちの気功練習の目的です。以前お話した、新型肝炎のSARSに対しても同じです。薬がまだ出来ていない時にどう予防していけばよいでしょうか?一つは、行動を気をつける事。感染する可能性のあるところには行かないようにする事。もう一つは、免疫力の高い身体を作ることが大事です。これは、不可能なことではありません。気功練習によって誰にでも出来るようになることです。
 自分自身の気功練習で、健康な身体と、免疫力・治癒力の強化、外部環境に影響を受けない良く調節出来る身体を作ることが出来ます。特に、外部の環境が悪い場合に、自分自身の身体の健康状態を保つ事が出来るようになると、気功の効果を実感出来るでしょう。また、身体の健康だけではなく、もっと幸せな人生を送る事が出来るようになるために、気功練習が非常に効果があります。肉体だけでなく精神面での、苦しみや不愉快などが少なくなるというのも、気功練習の一つの目的です。
 気功練習の目的は、最終的には幸せな人生を手に入れるという事です。外部の環境に影響されず、いつでもどんな状況でも、身体は健康で精神も満たされている。人生の様々な苦しみを乗り越えられる、健康な肉体と精神を手に入れることが出来るのです。それは、特別な事ではなく、誰にでも気功練習によって可能なのです。

気功と武術の深さ-前編・後編】2003年6月9日
(前編) ある教室の生徒の中に、もう定年しましたが、有名大学の有名な数学教授がいます。その教授は、現役時代には博士指導にもあたっていました。現在は、定年後の生活を少林寺気功を学びながら楽しく過ごしています。ある時、彼が私に質問しました。「日本のジャンケンは、中国ではどのような漢字でどのような読み方をしますか?」私は、「中国での発音は、タイボウツ。」と答えました。でも漢字と具体的な読み方は、かなり難しいです。一般の中国人は、この漢字を知らないでしょう。私もまだ知りません。ですから、逆に私から「日本のジャンケンは、どういう漢字ですか?」と質問をしました。教授は、すぐには質問に答えませんでした。次の授業の時に、きっといろいろと調べてきたのでしょう、日本でのジャンケンの意味と漢字について詳しく説明をしてくれました。
 この言葉を聞いた時に思った事は、私は日本に来てそろそろ10年になります。日本語のレベルは、まだまだだと思いますが、初めて日本に来た時或いは、日本に来る前に中国で日本語一級の能力試験を受験した時とは、随分、日本語の感覚が変わってきているように感じました。実際、私は、試験の時に、日本語の文法や使い方は完全に理解したと思っていました。何故なら、その時の問題集にすべて答えられたからです。問題全てに正解だったので、私の日本語は正しいと思っていました。でも、実際の言葉は、そんなに簡単ではありません。ただ、試験の結果や問題集の解答が出来るとか出来ないとか、そんなに簡単ではありませんでした。やっぱり、言葉というものは、それを使用する環境によって変わってくるのだと思います。これは、多分皆さんにも経験があることだと思います。英語を学んだり、他の言語を学んだり、日本人としてもはじめて小さい頃に覚えた日本語と、長い年間で使うようになった日本語では、自分のその言葉に対する理解と使い方は、違ってきたと思います。 今日は、何故この様な話をしたかというと、以前にも何度もお話してきたことですが、気功と武術はただ表面の形ではないという事です。ある人はよく、表面の形ではなくて、ポーズと呼吸とイメージを合わせてどのくらいの深さ、武術も、こういう型じゃないですか?こういう技じゃないですか?関節技じゃないですか?と質問してきます。これと言葉も同じ事です。日本人の中でも、日本の大学を卒業した人や日本語教授の理解する日本語は、そうでない日本人とは随分違うでしょう。私は、自分自身、日本での生活は10年間になりますが、私の日本語の理解は、能力試験には合格していましたが、日本にやってきた当初2〜3年間と比べると、現在は随分と違っています。その時に、本当に日本語が解るとか解らないとか、今でも解らないことは、いっぱいあります。だから、気功と武術とも同じ事です。言葉の例を、あげると解りやすいと思います。結構、言葉の使い方は、微妙で難しいです。ここでは、これを使っていいけれど、ちょっと状況が違うところでは、同じ言葉でもおかしくなってしまう。でも、試験の時には、そこまで詳しい問題は、出ません。代表的な場面での使い方が中心です。だから、気功と武術も同じように、ただ、短い時間で形だけ覚えたからといって、少林寺気功が解るとか、武術が解るとかそういうものじゃないのです。やっぱり、ある型、あるポーズ、あるやり方で、自分は表面的に形と呼吸とイメージは出来る、解る。でも、その深さは、まだ解らない。だから、表面的な技術だけではなくて、その深さまでよく解って欲しいと思います。

 (後編)もう一つのテーマは、気功と武術を教えるという職業は、非常に神聖(シンセイ)な職業だと私は自分自身感じています。前は、私はただ、日本に気功と武術が必要だと感じていました。でも、だんだん日本で教える様になって9年間くらいになりますが、だんだんだんだん生徒とか患者さんとか皆さんと一緒に、いろいろな教えるという関係の中で、私が感じていることは、非常に大事な職業だということです。結構、協会に来る生徒達は、いろいろと頼っているところがあります。ただ、単純に技術を学びに来たというのではなくて、ある人は精神的に困っている、ある人は病気、ある人は将来的に学んだことを仕事としてやりたい。いろいろな人が来ます。だから、私達はどういう態度で教えるか。
 今は、私は、指導員養成コースで指導員を育てたら、将来的に、他人に教える職業をやっています。他人に治療をしています。そうすると、これを職業とした時に、どういう心構えで仕事をするかは、大事な事だと思います。私の自分自身の感じでは、まず、自分の生徒に対してかなりの責任を持っています。そういう時に、まず、自分が充実していることが大事だと思います。充実が大事という事は、まず、自分が覚えることはしっかり身に付けて、しっかり応用する、しっかり経験をする。ただ、ちょっとだけ覚えた事をすぐに他人に教えるのは、本当の意味で教えるとは言えない。 実際、達磨大師の時代には、初めて達磨大師に慧可が会う時に、その時に慧可は、大乗仏教とか禅のことはあまりそんなに深く解らない。でも、慧可はその時には、もう武の方は、いろいろな人に教えていました。その時に、達磨大師は、結構厳しく慧可に聞きました。「あなたは、まだ、完全に解らないのにどういう顔で、他人に教えるのですか?教えるという事は、かなり責任があることですよ。」これを聞いた慧可は、自分はもっと頑張って、本当の達磨大師の真髄のものを身に付けるために、ずーっと、達磨大師についていきました。当然、将来は素晴らしい結果が出ています。  だから、私達の教える立場としては、一つは神聖ということですけれども、もう一つは責任重大。 神聖ですから、ただ、あーこの職業が嬉しいというだけでは、駄目ですよ。ちゃんと、自分が他人に教える際に、恥ずかしくないものを身に付けているかという事が大事です。神聖、これは、一つは自分の更なる向上(勉強)、或いは、更なる修業。勉強は、一つは知識として、能力とパワーと腕とすべてです。理論だけではなくて、実技だけではなくて、気の能力とか他にいろいろ、だけでもありません。もう一つは、応用の面でも、自分は心構えとして、教えるという魂があるかどうか。教える魂があるということは、前にお話したことがあるけれども、生徒との間の気持ち・感情が通じているかは、大事なことと思います。 もし、この職業としては、仏教の話をすると、自分が苦しんでいるみんなを良い道へ導くということは、最高の悟りの後のやり方です。或いは、最高の施舎(シシャ:寄付をする。やってあげるの意。)仏教の施舎の意味は、いろいろあります。特に修業の世界のレベルが上がるということは、施舎ということがあります。でも、一つの施舎の中に、一番普通考えが多いのはお金の施舎。例えば、お寺へお金を寄付する、これも施舎。貧乏な人にお金を出して助ける、これも施舎。もちろん、お金でなくても、いいことをやってあげる、ある人が必要なところを助けてあげる。これも、一つの施舎。でも、その中に、もっと意味がある事は、相手に教育とか良い道へ案内するということ。例えば、不健康な人にただ助けて治療するだけではなくて、相手に健康になる方法を教える。或いは、相手が理解出来るように、授業は、教えるということ。正しい精神的な事と具体的な技術を他人に教えるという事は、最高の施舎という事です。ですから、施舎の種類としては、今の授業ということは、少林寺の中の話の場合は、神聖な仕事があります。 そうすると、私達は、ここで学んだことは良く身に付けると、自分に役立ちます。他人にも役に立ちます。そうすると、こういう活動は、非常に深い意味があります。特にここのシステムの内容の中には、具体的な技術・具体的な方法・具体的な理論といった、オリジナルのシステムがあります。だから、指導員養成コースの内容は、大変充実しています。後は、皆さんの努力と頑張りだけです。だから、皆さん頑張りましょう。

修業の素質―恵根について】2003年6月3日
先週、5月28日(水)の夜、第8期生のクラス静功で“六神通”の話しをした時に、六つの超能力を身につけるための心得をお話しました。超能力を身につける条件は、まず第1に、意欲と決心。決心が無いと目標は、作れません。第2は、精進。この意味は、良く頑張って実際にやる(行動する)ということ。最近の傾向として、やりたい人は多いけれども、実際には、よ〜く根気が強くて、やる人は少ない。第3は、専一。集中ということ。一つの処に心は集中する。第4は、熟考と明瞭。これは、多少悟りのようなもの。自分の妄想とは違う。
 第1の意欲ということは、理想と希望。これは、空想とも妄想とも違う。実際に則したもの。この意欲は、自分自身のためだけのものであってはならない。もし、自分だけのものであった場合は、間違った道に行くかもしれない。 第2の精進は、実際の行動する能力のこと。思うだけでは、最後、結果は何も出来ないでしょう。これは、特に現代の人は、なかなか出来る人は少なくなってきました。ある人は、ダイエットをしたいけれども思うだけで、なかなかダイエットを実行しない。自分で、自分自身をコントロール出来る、厳しくする事が大事な事です。 第3の専一は、集中するという事。この集中は、脳の一時的な集中を意味するのではなく、目標達成までの間、すべて一切は自分のやる事に集中する。私自身の話しをすると、文化大革命などの時代的背景がありましたが、私の小さい頃からの発想と理想は、今の年齢としては、非常に柔軟性もあり理想や夢などを持ってきました。はっきり言って、小学校から中学校時代には、ある本を書いています。その時には、自分の将来の夢もいろいろ書いていますが、どんな夢を持っていたかと言うと、世界一流の科学者とか哲学者とか思想家とか政治家とか武道家とか他人を助ける有名な医者とか、それだけではなく企業家・実業家など、たくさんの将来の夢を持っていました。実際、夢を持つだけではなくて、夢を実現するために、自分の性格や根気を強くする訓練とか、様々な必要と思われる訓練(修業)を行ないました。でも、だんだん年齢が進んでいくにつれて、自分の道は少林寺の道だと思う様に成っていきました。そうすると、昔の私の目標は、広く全世界に向いていましたが、でも、現実の社会的な要求に合わせなければ、自分の夢は、ただの夢でしかないのです。だから、修業の道と人生を歩く道は、少し現実になると思います。
 特に、日本に来てからの初めの1〜2年間は、科学者としてまた科学技術の面で、世界に貢献したい。また、科学技術で中国に貢献したい、中国の経済的発展に貢献したいと考えていました。それが、日本に来た当初の私の夢でした。だから、国費研究をした東京大学在学中は、研究を熱心にしましたし、夢は、まだそっちの方向を向いていました。私は、実際国費研究員ですから、最高レベルの国と国との間の派遣科学者として、既に、将来的に科学者として国に貢献するという夢が実現する条件は、揃っていると考えていました。東京大学の、セラミックス研究室は世界でも1の研究室です。中国でも、科学技術者の地位は高く、国のリーダーから一般国民までが科学技術者を特別な存在として認識しています。それに、自分自身も科学技術者の研究に向いていると思っていました。
 ですが、日本での生活がだんだんと長くなるうちに、日本の社会的条件(社会的必要性)とここからの発想で、日本だけではなく全世界でも、やはり人間は心から支えるものですから。科学技術は、大事なものですが、これはパソコンの構造のようなものです。構造は、いくら発展しても最後はやはりソフトで決まります。人間も同じです。いくら別の形で外部のものは素晴らしくても、最後の中身の方は、人間の精神と自分自身はどういう状態になるかという事が大事です。調度、少林寺のものは、そういった人間の本質へ働きかけるものですから、人間の心から生じる様々な問題を解決するのに役立ちます。私は、小さい頃から少林寺のものをやっていますから、現代社会の要請に応えるには、気功と武術が良いと考えました。
 少林寺の気功と武術の場合は、社会的に見るともっと大きな事をやっている人もいますが、例えば、総理大臣はただ1人ですが、任期中だけのことです。でも、広く国民の人間1人1人に深く永遠的な考えに影響を与える人は、そういう人ではありません。日本人の精神面への影響力がある人は、各歴代の総理大臣ではありません。逆に、昔の中国の孔子や孟子とかの儒教思想と仏教思想と道教思想、或いは、日本人を支えてきた昔の思想家と大事なもののいろいろ。だから、こういうものは、人間への影響力としては、長い歴史があります。ですから、私は、そういう面から考えて、少林寺の気功禅と武術が専一となりました。これは、環境から考えての私の選択です。こういう風に、私の専一は、少林寺の気功禅と武術と決めました。私の性格は、一度決めた事は、そんなに簡単には変わりません。食事も同じですよ。よく、事務所の近くの中華料理の随園で生徒と一緒にお昼を食べますが、決まって牛肉筋麺を注文します。他のものは、あまり注文しません。これは、自分自身の癖、専一の性格の現れかなと思います。もちろん、皆さんは、いろいろな料理の味を楽しむのも良いと思います。
 第4の熟考と明瞭(悟り)。これは、練習・修業しながら良く考えるという事。これも大事な事です。どうして大事な事かというと、もしある人がただ何も考えずにこうやる、ああやるとその場の行き当たりばったりの行動をしたらどうなるでしょう。大きな面で、自分がどう行動すれば良いかを判断せずに、或いは、直感のまま行動を続けた場合に、もしも、その直感が大きくずれてしまったらいくら努力して頑張っても良い結果にはなりません。逆に、道がずれてしまったら、もっと目標に遠くなるかもしれません。例えば、自分は、新宿に行くつもり、でも行き先も何も考えずに行動して、最後は、東京に行くとか、群馬県に行くとか、大阪に行くということになったら、どんなに一生懸命頑張って、スピードが速かったとしても、いくら眠らずに一晩中頑張って努力したとしても、やっぱり目的地からずれてしまっては、なにもなりません。ですから、熟考することは大事な事です。これは、明瞭(はっきりと解る)、悟りのような状態の事です。
 今日お話した、第1〜第4までは、練習(修業)の基本のポイントです。この明瞭(悟りのこと)については、いろいろな考え方があります。でも、こういう事は、自分自身の修業がまだ進んでいない場合は、良く自分の師匠の言う事を聞いたほうが良いと思います。何故なら、歴代の優秀な人物は、個人的に優秀なだけではなくて、よくいわれることは、先代の優秀な人の肩の上に立つからより優秀な人物となるのです。この意味は、その人の最後の成功は、まず、今までの先輩とか前の人間の修業の経験をよく受けて、いろいろな知識などを身につけて、その上に自分自身の努力をする。そうすると、自分は先代の優秀な人物(成功者)よりも、もっと上のレベルになります。だから良く他人の意見や言葉を聞いて、自分自身に取り入れた方が良いと思います。もちろん、その中に、恵根(素質)ということもありますが、この素質・恵根という事は、もっと世の中のトップレベルに対しての話ですから、一般の教室で教えるとか他人に治療するとかには、あまり影響はありません。一般の場合は、良く頑張って練習したら充分です。 もし、そういった修業の世界で非常に高いレベルになると、この素質・恵根が関係してきます。この才能の話になると、もっと難しい話になりますから、今日はそこまで深くはお話しません。ただ、文化の教育と自分の経験は、例えば武術は武道の経験とか、こういた練習は、はっきり言って先天的な才能といったものがあります。中国の禅宗の中に、五僧から六僧に伝える時に、六僧は、字は解らなくても悟りの心・禅の心を持っていました。ですから六僧は、有名な禅詩を後世に残し、優秀な禅の修業者として高く評価されました。 今日お話した、第1〜第4のことは、修業の世界に限らず、仕事をする上でも、日常生活の上でも、より良い人生を生きるために是非、覚えておいて下さい。それじゃあ、また来週の今日の言葉を楽しみにしていて下さい。

他人を許す-慈悲心】2003年5月26日

 私達の日常生活の中で、人間関係のトラブルや人の好き嫌いなどは良くあることです。きっと皆さんも今までにそう言った経験は1度や2度はあると思います。仕事上、上司と部下の関係、内部と外部の関係、家族間、友人、など私達が生きている社会生活の中では、必ず自分以外の人が存在します。 私は、小さい頃から農村で働き、少林寺でも厳しい修業をしてきました。生活の環境は、かなり厳しかったと思います。大学を卒業して、会社へ入り働くようになった時、私の入社した会社は小さな会社でした。(「これが気功と武術だ」三五館刊の中で一部紹介しています。)その会社にいる時に、私は国費留学生の試験に合格しました。これは、一般では考えられない事でした。小さな会社で人手もなく業務も多忙でしたから、そういう環境下での試験勉強と良い成績を出す事は、非常に難しかったのです。この意味は、どんなに悪環境にあっても自分の意志(精神力)と努力によって、どんな事でも可能になると言う事です。当時、私は、その会社の一般の業務の他に、新技術の開発・研究なども行なっていました。一番初めに仕事の研修で来日した時に、お世話になった会社でも同じでした。技術研修生にとって、研修と労働だけで精一杯でしたが、それ以上の事にも進んで取り組みました。 全日本少林寺気功協会を設立してからもずっとその姿勢は同じです。設立当時は、派遣で気功教室をする際に、少林寺本来のままを日本の皆さんに当てはめようとしたら、いろいろと条件や環境が合わなくて、生徒が辞めていったことがありました。 ですから、その時に私が考えたことは、ルールはルールで大事ですが、そのルールで環境や相手が合わない(変わらない)のならば、自分自身がその環境と相手に合わせることが大切だという事です。例えば私の場合は少林寺武術と気功を教えた訳ですが、自分から相手に合わせると、その内容は、元々の少林寺のものとはだいぶ掛け離れた内容となりました。でも、内容を日本人に合わせて練習を行なう様になってからは、練習に参加する生徒達は、とても楽しんで武術や気功を練習するようになり、段々と生徒も増えて来ました。「少林寺武術・気功」という教室名を聞いた時は、皆さんどんなに練習は難しくて大変なんだろうと思っていますが、実際に教室に来て参加してみると、自分達でも充分ついて行けるし、楽しいという感想に変わります。 現在の協会活動の中で、講師派遣業務や事務所の運営など様々な人が協会活動に携わっています。協会活動を支える多くの人に、私は少林寺のような厳しい要求はしません。 ある人は、私に質問しました。「何故、少林寺式に厳しくしないのですか?」厳しいという事と相手の事情を考慮して、相手に合わせる・相手を許すという事も大事なことです。 この許すという事は、慈悲心によって、相手のまだ足りないところ(未熟なところ)は、将来的に直すというチャンス(可能性)を残して、相手を今現在の状態ですぐ、(中国の場合は棒で打つと言いますが、)相手に直すチャンスをあげないで棒で打ったら(許さなかったら)相手は、すぐ死んでしまうかもしれない。 だから、自分自身を取り巻く環境の中で、自分と合わない人や許せない人がいたら、相手に対して攻撃するのではなく、よく発展(将来の可能性)の目で見る心の広さが必要です。それは、相手の人(環境)を育てる、能力を伸ばす、相手を成長させるチャンスです。と同時に、相手を許すという事は、ある意味、自分自身の成長のチャンスです。 自分の周りの現象をよく見て、「秦 先生のやり方は、中国人のやり方だ」という人がいました。実際は、理想的なやり方としては、皆さんの言う事は解ります。私は、自分自身に一番厳しい要求をします。私が皆さんに要求する事は、私が自分自身に対して要求する事の数分の1です。 もし他人に要求する時に上の人、例えば私は第三十四代の継承者ですが、第三十五代の継承者を選ぶ時には、当然に私と同じくらい厳しい、或いは私以上に厳しい事を要求します。現在、協会の中で上の立場の人、また派遣講師の人、特に指導員の先輩にあたる期程、私程厳しくはありませんが、一般の生徒よりも厳しい要求をします。 でも、もしまだその人の状態が厳しさに対応できないと判断した場合、例えば、その人の過去の歴史からの現在の事情と原因、ある人は身体に病気があるとか、様々な事情がある場合は、まず原因を考えて、許すことが大事です。 相手は、自分の足りないところが解ったら、頑張るつもり、自分の欠点や足りないところが解ったら、直すつもりなのです。人とはそういうものです。 そういう状態の時に、まず相手に「ある環境に特化した理想的な行動・回答」を要求をすることは、誰にでもできることです。しかしながら、このようなことは、自分自身の成長のチャンスを損なっていることに気がついていません。または、成長することを一瞬だけ忘れてしまったのかもしれません。 相手(環境)を許す、相手の成長を見守る(将来の可能性)という広い心で、他人や環境に合わせるという行動・考えを是非、実行して下さい。相手を許し、チャンスをあげることです。 他人を許せる人は、心の広い人です。だから、時々、仏教の慈悲心と一般社会のルールの間で、物事(ある出来事)について、他人とぶつかるような事があります。そのような場合は、自分の態度を選ぶときに、相手にチャンスを与える道を選択をして下さい。慈悲心は、結果的に自分の徳を積むことにもなります。 もう一つ、皆さんがある出来事にぶつかった時に考えなければならない大事な事は、その問題になった部分(ぶつかった部分)だけを見るのではなく、相手の全体を見る事です。どんな人にも欠点と良い面があります。ですから、相手のマイナスの部分に焦点を合わせるのではなく、良い面に焦点を合わせるように心がけると、悪い方向へ向かっていた流れが、良い方向へと流れ出します。自分自身の周りに起きる現象を、良くするのも悪くするのも、結局は、他人(相手)、環境のせいではなく、自分自身がその出来事、環境にどう対応したか、どういう選択をしたか、と言う事で決まってきます。他人や環境を責める前に、まず自分自身が他人や環境にどう対応していくかが重要です。 他人を許すという事は、他人を生かすという事でもあります。もしも、あなたが、相手を許し、直すチャンスを与える事が出来たら、相手は将来的な可能性を手に入れます。そして、相手の可能性を認め、相手を責めるのを辞めて、許し、成長を応援したら、あなたは、自分自身以外にもう1人、社会にとって役立つ人間を生み出す事が出来るのです。 目の前の出来事に、囚われ過ぎない事です。そして、自分の選択が相手だけではなく、相手を通って、世の中のためにもなるよう選択することが出来れば、今の社会は、だんだんと良い方向へ向かっていくでしょう。社会に良い流れを作り出す事は、そんな、身近なあなた自身の行動の選択から始まります。 他人を許す。慈悲心の修業をして自分も相手(環境)も社会に生かして下さい。

学びの心得】2003年5月21日

当協会の各教室(気功・武術)もだんだんと年月を積み重ねて、人数も多くなってきました。
当協会の各教室(気功・武術など)で頑張って練功している皆さんの中には、教室開設当時から長い期間、私に付いて学んでいる人もいますし、私のところに来るまでにも他でずっと学んできた人もいます。最近では、外部団体より講師派遣の依頼も多くなり、皆さんがここで学んだ技術が社会の中でも派遣講師という形で生かされる様になりました。ここの教室で学ぶ事は、直接、仕事のためという訳ではありませんが、少しづつ積み重ねた練習の成果は、必ず何かの形で現れてきます。
 現在、スポーツクラブへの派遣では、クラスの集客数が重要なポイントとなっています。これは、クラスやクラス内容及び講師の人気の現れであり、派遣先の経営を考えても、集客数を無視する事は出来ません。気功・武術は、商売のために修得するものではありませんが、現在の皆さんの活躍の場としての講師派遣業務の社会的事情も考えなければなりません。何のクラスであっても、指導する際に大事な事は、今まで自分が修得してきたものを(協会の中のクラスに限らず、自分が学んできた全て)、いかに生徒に合わせて指導することが出来るかという事です。いくら自分自身が、すごい修行をして良く技術や技を身に付けていても、クラスの生徒さん達が全くの初心者だとしたら、生徒のレベルに合わせて、生徒がちゃんと無理なく練習についてくるような指導が出来なければ、そのクラスは失敗するでしょう。生徒が先生に合わせるのではなく、先生が生徒に合わせることが必要です。私の場合は、中国嵩山少林寺で自分が修行した方法をそのまま日本で、指導したら、誰もついてこられないでしょう。協会が、現在のように生徒数も多くなり発展したのは、指導する際に、日本人の皆さんに合う形で少林寺の方法を私なりに工夫して指導してきたためだと思います。
 現在までに、様々な教室のタイプと場所で指導してきましたが、やはり、その指導の結果は、段々と時間が立つにつれて現れてきます。どういう風に、環境に合わせていくかが大事です。派遣指導員のある人は、自分の技術は良いものを持っているかもしれない。でも、環境に合わせることも大事です。また、生徒達との心の交流(心が繋がっていく事)も大事です。言葉の問題や習慣の違いもあるかもしれませんが、集客数を伸ばすには、内容・技術だけではないのです。また、ある人は、修得年数や技術は、まだ未熟なところがあっても、生徒に人気の派遣指導員もいます。この、違いは何でしょう?
 私達は、一生懸命練習して、修業して、気功や武術を学んでいます。でも、いくら技を修得しても、最後、少林寺の本質を良く理解して、心(精神)まで良く修業して、たくさんの人々と心の繋がりを持つ事が、仕事をする上でも、日常生活の上でも、とても重要な事なのです。
 技術と環境を合わせる。そして、自分が学ぶ時にきちんと本質(少林寺の精神)を理解して学んでいるかも大事です。ただ表面的な技術を学ぶのか。それとも、少林寺の本質的なものを学ぶのか。自分が教室で何を学ぶのかを、もう一度考えて見て下さい。そして、どう学ぶかによって、自分が指導する立場になった時に指導内容・方法も変わってきます。学ぶ時に、ただ表面だけ技術だけしか修得していなかったら、当然、教える時にもただ表面だけ技術だけを教える様になるでしょう。
 学ぶ時に、少林寺の精神(本質)をよく理解して学べば、自分が指導する立場になっても技術の中に、本質も伝える事が出来るようになるのです。
 ですから、私の指導するクラスでは、皆さん良くこのことを理解して授業に参加してください。なぜなら、私のクラスは体操やダンスではなく、少林寺の禅の精神のものですから。気功でも武術でも、少林寺のものは“武と禅と気”はすべて繋がっています。この“武と禅と気”は、繋がっているという事が理解出来ないと、根本的な本質は、理解出来ないでしょう。ただ理解をするだけでも駄目です。本質を深く理解し、また同じくらい深く修業して、同じくそれくらい深く身に付けて、初めて、少林寺のものを本当に自分のものにすることが出来るのです。長い期間(年数)をかけて、技術を身に付けて素晴らしい技を修得しても、表面的なものだけでは、この本質の理解は出来ません。
 実際、永信管長は、世界遺産への登録の際に“武術”という言葉ではなく“少林寺功夫(カンフー)”という言葉を使用していますが、このように他の武術と区別して、わざわざ強調しているのは、同じ原因なのです。少林寺武術は、表面的にただ跳んだり走ったり、体力の勝負だけではありません。それだけなら、本質的に少林寺のものではありません。
 今日、私が皆さんにお話したことは、永信管長もずっと別の形で言っている事です。今日の私の言葉を読んで、よく解らない人や疑問を持つ人がいれば、その人は、少林寺のものをゼロから学んだ方がいいと思います。
  自分が学ぶ時に何を学ぶか、何を理解して学ぶかということは、自分の成長・上達に非常に影響を与えます。自分の学んだ事を、人に伝える時、或いは学んだ事を自分なりに応用する時には、今まで自分がどのように学んできたかという事が、現れてきます。それは、まるで試験のようです。
 最近は、私の指導する教室は、気功も武術もだんだん長い期間になってきましたから、より深く・より広い面での学びと修得が出来ると思います。深いところまで理解して授業に参加すれば、皆さんの成長にきっと役立つと思います。

嵩山少林寺の武術と武術学校】2003年5月12日

先週の土曜日、10日に少林寺へ武術留学に行っていた2名が帰国しました。
[北京 12日 ロイター通信によると 中国衛生省は12日、重症急性呼吸器症候群(SARS)による死者が前日比12人増の252人、感染者が75人増の5013人に達したと発表しました。]連日、SARSのニュースが流れる中の中国からの帰国に、皆さんビックリされたかもしれません。
10日に帰国した生徒の1人は、指導員養成コースT第10期生で、3月末からの第8期生認定式の少林寺旅行に参加して、そのまま武術学校に1ヶ月半程、留学していました。もう1人は、指導員養成コースT第7期生で指導員養成コースUにも参加している生徒ですが、調度、ゴールデンウィークを利用して約2週間、武術学校に留学しました。
2人は、もともと10日(土)早朝に鄭洲から北京へ国内線を利用して帰国する予定でした。しかし、前日、9日(金)の日本時間で夕方5時過ぎに、現地から協会へ、急に10日(土)は、中国国内線が全線飛ばなくなったと連絡が入ったのです。それから、大急ぎで、旅行会社に確認し、また、2人は別々の学校に留学していましたから、それぞれの学校の責任者に連絡をして、2人も現地でそれぞれ連絡を取り相談して、決断しました。それから、急いで荷物をまとめて金曜日の内に、鄭洲から夜行列車に乗りこみました。少林寺から鄭洲の駅までは、車で2〜3時間程かかります。夜行列車は、北京まで16時間という長旅です。
日本では、全てがきちんとしていますので、中国のように急な事態が起こった場合は、その対応にとまどうかもしれません。今は、特別な時期ですが、中国では、急に変更したり不測の事態が起こるのはそう珍しくもありません。中国で、日本のようにきちんとした仕事をしていたら絶対失敗すると思います。もちろん、急な変更はよい事ではありませんが、中国では日常よくこういうことが起こるので、私は慣れています。だから、そういう環境に合わせて、こちらも素早い対応が出来ます。これも、いつも皆さんに言っている、“環境に合わせる”ということです。
10日土曜日の夜7時頃、無事に成田に着いたと2人から連絡がありました。前日、夕方の予期せぬハプニングからの無事帰国です。どんな状況にあっても、心がしっかりしていれば、その状況を乗り越えることが出来るのです。困難な状況下での無事帰国に、皆さんは、2人を英雄のように感じるかも知れません。当の本人たちは、全くそんな気持ちは無いと思いますが、一旦、心を決めれば、どんなところにも道は開けるのです。今回の少林寺への武術留学は、2人の帰国で一旦終了しましたが、今後の武術留学については検討も必要です。なぜなら、今までに武術留学をした生徒の中には、急激な運動量の増加に、身体を壊したり、慣れない場合もあるからです。去年は、20数年間の武術訓練をした人でさえ、少林寺の武術学校で肉離れをおこし、最後は練習が出来ない状態になり大変でした。今年も、膝に水が溜まってしまった生徒がいました。この原因は、現在の少林寺の武術学校の練習内容が、その目的を、試合のために、演武をして見せるために、或いは、スポーツの面からしか捕らえていないことに原因があります。武術学校の生徒は、10代前半が中心です。跳んだり、激しい動きには、10代の柔らかさが必要ですが、20代・30代になるとなかなか同じ練習メニューでは、身体がついていきません。もう1つの原因は、武術学校では、スピードの速さのために、体力の限界に挑戦するというメニューが組まれているからです。これに対して、嵩山少林寺では、武術と気功を心と一緒に鍛えるという事ですから、武術学校の訓練とは違います。武術学校では、