秦西平のコラム 2005年
【心と身を投入して仕事する】:2005.05.18
【一流の精神力】:2005.05.25
【少林寺気功の勉強方法】:2005.05.30
【教える人に表れるもの】:2005.06.08
【梁の来日】:2005.06.14
【やるべきことをやっていればチャンスは必ず来る】:2005.06.22
【撮影そして日テレ学院体験教室】:2005.06.28
【密教とチベット】:2005.07.06
【教室の人気差の理由】:2005.07.15
【世界に進出】:2005.07.19
【全米気功協会の招待講演】:2005.08.01
【少林寺気功の魅力と今後の課題】:2005.08.11
【大連合の時代到来】 2005.08.18
【因縁・禅・修行生活の基礎・現実と学問的@】2005.08.25
【因縁・禅・修行生活の基礎・現実と学問的A】2005.09.01
【開花の時期】2005.09.07
【功徳・舎ということ】2005.09.16
【今回、旅行の大成功】2005.09.28
【少林寺の教育】2005.10.11
【モノを伝える真髄】2005.10.16
【各期生のブログ】2005.10.24
【発展の段階】2005.10.28
【少林寺を表す】2005.11.06
【サンフランシスコの出発前】2005.11.11
【協会の特色】2005.11.15
【最優秀気功師に認定】2005.11.17
【サンフランシスコ世界気功大会】2005.12.06
【日々の練習あってこそ効果あり】2005.12.10
【自分自身の足で書く】2005.12.15
【人類の将来に対して】2005.12.26
【健康的正月】2005.12.30

【健康的正月】2005.12.30

これを皆さんが読むのは正月になるでしょうか。 中国でも、新しい年はスタートの時に決まる、その日1日は朝に決まると言います。
ですから、正月は楽しく、元気に過ごしてください。 正月は、いろいろと楽しい事があると思います。TVも楽しい番組があるし、神社参拝とかもするでしょう。
私は、日本に来て3.4年くらいたった時に、正月に中国に帰らなかった時があり、一度明治神宮に参拝したことがあります。大勢の人が出ていましたた。
正月は、家族で楽しんで、美味しい食事・おせち料理を食べてという事はありますが、動くということは少ないかもしれません。楽しい連休ですが、こういう時には、健康のことも是非忘れずにいてください。
沢山食べて、心は楽しいですが、少し気功や武術などで身体を動かし、時間のあるときには練習してください。 動くには、場所が必要ですので、なかなか出来ない人は、站椿功(たんとうこう)でもいいです。 TVなど見ながらやってもよいでしょう。
普段忙しい人は、連休の時間があるときに、集中的に練習をやってみるのもいいでしょう。 各期生で勉強している人は、授業で勉強しているものをやってもいいでしょう。 静功が好きな人は静功を、動功が好きな人は動功を、自分がやりやすいもの・やりたものでいいでしょう。
ただ、連休中の時間があるときに集中して練習したほうが、レベルアップや効果が出やすいものです。
私も、中国に帰っても、時間を作って鍛錬をするようにしています。
美味しいものを食べる・楽しい事をする以外に、もうひとつ、健康のための正月にしましょう。
新年が明けて、教室でみなさんの元気な顔が見られるのを楽しみにしています。


【人類の将来に対して】2005.12.26

そろそろ、(株)春秋社から出版予定の本の原稿が最終段階をむかえています。
今回の本は、指導員で授業の内容をよくまとめていた人に、出版の為にまとめなおしてもらい、出版社に提出しました。
本人は仕事をしているし、結婚していて家族との生活もありますが、その上に時間をつくって、本の出版に協力することは、かなり大変な作業だ思います。
しかし、そう経験をしたことで、協会会員の中では新気功理論については、いちばん良く覚えることが
できたと思います。私の教えたことを、いちばんよくおぼえていると思います。

これは、世の中には良いこと・悪いこと、プラスのことマイナスのことがあると言うことにも繋がります。
出版に協力して1年弱もの間大変でした。空いてる時間をもとられました。しかし、内容をよく理解しました。
理解してないと人に見せることはできませんから。また、書くことはもともと好きかも知れませんが、
書くことのレベルが、高くなったと思います。まとめて書くことが自分の趣味であっても、それが上達したと思います。
自分の能力と知識が得られたと思います。
また、大変な事でも、自分が興味をもったら、楽しくなります。楽しいかどうかは、本人次第です。
ある人は、こういう事をやると大変疲れると思うけど、でも、ある人は楽しいと思うものです。

協会は宗教団体ではありませんが、世界で有名な宗教書、聖書や仏教の経典は、すべて創立者の弟子が、創立者が死んでからいろいろ工夫して書いたものです。沢山の少林寺の物も、日本の禅宗も、そう道場の物もそうだと思います。世の中に、そういうまとめる人がいなければ、世界の文化財産は残らかったし、伝わらなかったことでしょう。まとめる事は、その人の理想や趣味だったかもませんが、創立者と同じくらい偉大なことかと思います。

そういう人の行動によって、わたしたちの現代文明はあります。少林寺のものが続いているという事は、そういうやり方で後世に残ったという事です。
今回、サンフランシスコで、たくさんの気功師と交流しました。

でも、たとえば、気功をしているある人は、自分の生きてる時に沢山のひとを治療して、お金ももうかって、ほめられてたとても、それは直感的な趣味だけ、本質的な気持ちの出発点にすぎない。こういう風に治療や教室を仕事としてやるのは、他のお酒を飲むとか、趣味で歌を歌うのとおなじことです。

それは、人類の将来に対しては何もない。だからあまり自分の目の前だけではない方がよいと思います。


【自分自身の足で書く】2005.12.15

今日は、気功とか気のレベルとか、本来のものを、
高める方法についてお話しましょう。

各期生は、教室に通ってよく練習を頑張っています。
一般にレベルを高めるためには、ただ単に教室に出るという
ことだけではなくて、いろいろな交流活動も大事な活動です。
ですから、協会では、世界的なレベルの高い大会に武術でも気功でも
よく参加しています。

授業の内容を覚える人というのは、良く教室に通って自分自身でメモを取ったり、
授業の内容を良くまとめたりしています。
8期生のKさんや9期生のMさん、Kさん、10期生でも、授業の内容をよくまとめて、
自分のためだけでなく、他の生徒や後輩のためにもこれを活用しました。
他人が見ても分かるように工夫して、他にも勉強して、補足して。
そうすると、これは、一番自分自身の勉強になったと思います。
また、自分だけでなく周囲の仲間のためにも役立ちました。

また、復習するために、後輩のクラスに再受講で出席すること。
自分の復習にもなり、後輩には、丁寧な指導が出来ます。

私自身もよく、そういうことを感じます。
私が、他人に教えるとか、本を書くときにも、いろいろ説明が、必要です。
自分の知識だけでは、足りないなーとよく感じます。

世界伝統武術大会の武術論文「伝統武術の世界での広まり」を書いたときにも
そう感じました。他の流派の先生や文献や演武を見て、更に、自分自身の
知識や技術を磨こうと思いました。

もちろん、皆さん無理は、しないで、でも、可能な限りやってみることを
勧めます。授業に出るだけでなく、自分自身で勉強することは、非常に大事だと思います。

経済界で活躍する、邱永漢さんは、作家としても有名で、
直木賞を受賞した方です。彼は、沢山の本を出版していますが、彼自身、これらの膨大な数の本は、手で書くのではなく、頭で書くのでもなく、足で書いたものです。と言っています。これは、足でペンを持つという意味ではなく、自分自身の足で、
中国・台湾などあちこち歩いて、良く交流して、情報や経験を人よりも沢山あるので、
沢山の本を書くことが、出来るのです。



【日々の練習あってこそ効果あり】2005.12.10

日常の練習は大切です。サンフランシスコではいろいろな気功の団体が演武をしました。気功の世界と武術の世界はそれぞれ特徴があり、その人それぞれに得意なわざをもっています。一流な状態。その中に、長い期間の練習も大事であり、その練習においても、ただ長いだけではいけません。協会の静功は100種類くらいの方法、治療は130種類くらいの方法があります。このような方法はよく練習して、効果を得られたら、よいレベルとなり、自分の表現できる特技となります。このようなときに、教えられたことをただ覚えるだけでなく、確かな自分のものとなるよう、練習によってできるようにすることが非常に大切です。どんなことでも、師が教えるということは生徒の最後までは保障できないといわれます。師は高いレベルまで案内するが、最後までできるかどうかは自分の努力次第なのです。

人間の行動と人生観は密接な関係があります。仕事が忙しく、その他のものごとに対応することは大変でありますが、目標があるのならば、練習をしましょう。ある人はいろいろなことをしますが、なんのために、という高い目標をもつことで初めて、努力した結果がでるようになります。ただ、組織のことや人間関係のことばかり気にしたり、自分の要望や利益を考えるだけでは、練習時間も作らなくなり、もちろん結果もでません。無の状態で練習することで、中身のレベルは高くなっていくものなのです。



【サンフランシスコ世界気功大会】2005.12.6

サンフランシスコ世界気功大会の3日間が終わりました。一言で言えば、今回サンフランシスコはみなさんとても努力し、よい成績を出せたと思います。これは指導員の11年間育ててきたこと、あるいは少林寺気功の実力で、世界の気功大会のチャンスで表現できたということです。
武術大会のサンフランシスコの主催は今年で第8回であり、だんだんと人気になっていますが、今回は60名近くの有名な気功師や武術家がきました。津村先生や劉超先生や、李記セイ先生など有名な方々もいらっしゃり、気功の盛大な大会になりました。気功の好きな人、気功で重い病気を治したい、痩せたいなど気功を求める人が多くきていました。

気功師の人材も有能で能力もいろいろとありましたが、協会は中でも際立っていたと思います。今回12人同行をした団体は私たちだけでした。大体中国人の先生は個人の人が多く、自分で患者さんの治療をしています。本当の気功の将来を考えるという信念のあるやり方をする方は少ないと思われます。私たちの信念は、少林寺のものを伝えることが根本にあり、11年前から将来的に人材を育てることが大切であるとして、指導員コースを開設し、健康気功と指導員は今のレベルと気功になりました。今まで少林寺のいいものをみなさんに教え、それを皆さんが吸収し、素質を磨いてきたので、今回よい結果が出たことは当然の成り行きといえます。今までに培ってきたもので、今回ロウソクの火を消したり、瞬間的に治療をしたり、気功の演舞や、武術の演舞がうまくいくのは当然だと思います。最優秀気功師をいただいたことも、ある意味では不思議ではないし、皆さんと気功団体に大変感謝いたしますが、今までの営みで自然に得られたことであると考えています。弟子がいる気功の先生は多くいると思いますが、弟子に演舞や気功を任せることはないようです。私が以前から考えていたことはやはり、少林寺の気功をもっと多くの人に知ってもらうことと、世の中に指導員の存在と、今までの実績をアピールする意味で、気功大会にも団体でています。このような考えが、今回のような結果を出したのだと思います。また、複数の被験者に対しての気功による抜歯をする試みは世界で初めてでしたが、これはまた新しい取り組みとして、これからに役立てていければと思います。

少林寺の実力と、人間性で、現地での交流はとてもよいものとなり、みなさん楽しく、よい思い出となったようです。現地の方々も来年もまた来てくださいとおっしゃってくださいました。参加したい人はその日のために努力し、今年よりもよい演舞で、より進化したものを表現できればよいと思います。


【最優秀気功師に認定】2005.11.17

サンフランシスコからの情報で、今回最優秀気功師に認定されました。これは皆さんのおかげであると思っており、感謝の気持ちでいっぱいです。長崎の方でも、熱心に推薦してくださり、私としてもこれからますます頑張りたいと思っております。少林寺のもののすごさ、あるいは協会のみなさんの頑張った十一年間の実績があることを世の中が認めたということだと思います。世の中には何十万人の気功師がヨーロッパ、東南アジア、アフリカなどいろいろなところで活躍していると思います。今回の会では六十何名の気功師が参加し、みな各国の代表です。多くの人々が協会のみなさんに期待しています。協会は皆さん共同の名誉です。今回サンフランシスコに行く人はみな頑張っています。あちらから帰ってきたらまた報告をしたいと思います。


【協会の特色】2005.11.15

協会の教室は若い人でも年配の方でもどのような方でもできるようアレンジしました。教室での効果がでるかどうかは自分の努力次第です。教室には年配の方がいらっしゃいますが、長年通っていて、とても元気です。万里の長城に協会の旅行で行ったときには若い方々よりも一番に高いところに登りました。仕事においても前向きで、多くのことを積極的に行ったり、協会の教室の協力をなさっています。このようなことは、ご本人の練習の努力や協会への協力でも同じです。上手に生きる人は技術面で環境をつくることでも努力し、文句や批判ではなく、自分の力を知恵や提案として貢献してくださいます。この協会は友人や知人など多くの方々のこのような知恵によって今の協会があります。協力してくださった方々は個人個人の仕事も上手くこなしており、自分自身のことだけでなく周りの人や団体に対してよいエネルギーを与えてくれ、そうすることは自分のためにもなると思います。


【サンフランシスコの出発前】2005.11.11

いよいよサンフランシスコ出発1週間前くらいになりました。参加をする人は仕事など合同練習や講演の発表のいろいろ準備をしています。その中には遠いところから来ている人もいますが、こちらに泊まって参加している方や、英語についての手伝いをしてくれる方もいます。世界の気功会なので、演舞は一生懸命練習して、合同練習の良いレベルに達したものを披露しなければ、恥ずべきことであり、もっと多くの練習をすべきでしょう。

サンフランシスコの主催者はわたしたち少林寺気功の価値をよくわかっておられるので、大いに期待され、5つ程の内容を公開してほしいとおっしゃりました。そこでは多くの気功師などとの交流などによって学ぶことも多いでしょう。この会は少林寺としても気功としてもひとつの交流となります。アラスカの伊藤さんやサンフランシスコの吉田さんなど日本にいない人とも、仕事が忙しくてもいろいろ話し合ったりしています。武術や気功をしている人が忙しくても一生懸命やっているのは、よい気が得られるからであり、また、まだ1回も教室に来たことがない人でもやっていけばその精神はだんだんとわかっていくでしょう。

教室のときにはサンフランシスコの会に参加する人の演舞の練習を、それに参加しない生徒さんたちは改善点を是非指摘してください。そうすることによってよりよい結果が得られるでしょう。気功の世界はそのようにすることで、もっと自分のよい状態を表し、演舞においては、自分自身のものを持っているかどうか、そしてそれをどう表現するかということが重要です。人が多いと緊張し、自分のレベルを上げられないこともあると思いますが、練習し準備をしたうえで人との交流をしたほうがよいでしょう。またそのようなことのすべては時間がかかりますが、その交流をするうえで真剣に取組まないのは人に対して大変失礼であり、そうでなければ信頼性はなくなっていくのです。一生懸命取組むことは、良い方向に向うことにつながると思います


【少林寺を表す】2005.11.6

今回招待講演を行う、サンフランシスコの第8回世界気功学会では、2005年度最優秀気功師の推薦投票が行われています。そのようなことに関して、私は、特に関心はありません。しかし、今回の学会には、少林寺認定指導員11名が同行することになっていて、あちらでは最大の団体にあたりますので、少林寺の面子(メンツ)、名誉にかけて投票に参加することになりました。結果には執着しませんが、みなさんの気持ちを表現していただける良い機会だと思っています。また、世界の気功の事情をこのことを通して分かっていただければと考えています。みなさんが推薦する気功師は、みなさん各々の気持ちで決めていただければと思っており、また純粋な気持ちで推薦してくだされば、またそれも嬉しく思います。
アメリカに行けばアメリカですから、アメリカのやり方、日本では日本のやり方、中国では中国のやり方であらわさなければならないと思います。日本人でもアメリカに行けばアメリカ人らしくなり、中国に行けば中国人らしくなることが、理想のカタチと思われます。もちろん自分の特徴は、大切にするべきですが。もし、他人と一緒にやる、あるいは社会とつながる、社会と交流するということは、自分だけの感覚では足りないと思います。どんな時でも、その時の環境にあわせなければならないです。これは、気功の天人合一にあたり、人間と天は、ひとつであり、当然、環境に合うということでもあります。これは、気功の練習のひとつでありますから、大切だからといってあまりそれに心を執着させてはいけません。前述、2005年度最優秀気功師についてもそうですが、なるかどうかは気にせず、どういう結果でも構いませんが、「やれることはやる。」「いつでも最後まで、最善を尽くす」というのが、私の基本的な考えです。
みなさんもこのようなことがあるときは、このような考えでやると良いと思います。


【発展の段階】2005.10.28

指導員養成コースを卒業した皆さんは、ある人は練功を一生懸命して、ある人は社会的に何か役に立つ教室を開き、ある人はホームページやブログなどをいろいろ行っています。このように4年間習ったことを世の中に伝えるということは、非常によいことだと思います。
しかし、技術や学問の面で少林寺的にみると、個人的にやるよりも組織的にやる方が、効果は高く、それは、人類の歴史の中ですでに証明されていることでしょう。
原始の人間から特に工業が始まる際、人々は、手で作る手工業を行い、商品は、1つ1つ手作業なのでとても生産高も低いものでした、それが、発展したら1つの場所と専用の機械を借りて、だんだんと会社となります。農業もそのように発展していきました。発展すればするほど大きな会社になり、今現在は、世界的に発展している会社も多く存在します。日本の今の銀行もどんどん合併して、大きくすることで資金を多くし、知恵と人材がとても強く、競争力は高くなり、強い相手のアメリカなどによってつぶされないようになります。
気功なども同じで、1人で行ってもなんとなく良い感じがあると思いますが、個人でやる場合、効果は、なかなかでません。このようなことから、気功の教室をやるとなるといろいろなことをやらなくてはなりません。場所を借りるのも、人々の関係や信頼性など、あるいは、教える生徒の信頼や会社、病院からの気功に対する信頼性は、長い期間やっている組織、特に有名な組織においては、個人よりも高いです。世の中でなんとなく見えることは、個人的によりも組織的にやるほうが、良いでしょう。
私自身日本に来た時も、人脈も組織もなく個人的に行っていましたが、人に頼めることは、頼んでいくことで、段々と統一されていき、各地域の活動の普及のために全日本少林寺気功協会をつくり、さらに、その10年後、日本の事情のためにNPOをはじめました。
これは活動を行う上でとても便利です。何においても物事は、その道のプロに頼むべきであります。掃除も掃除のプロがあり、そのような人たちに頼むことで人件費も減り、自分たちでやるよりも綺麗になります。協会の床はそのようなかたちで綺麗であり、個人でやった場合いくらかかってもプロがやるように綺麗にはならないでしょう。
いろいろな面で、協会でもスポーツクラブやカルチャーセンターに頼んでいます。このようなものは、プロの教える場所、習う場所であります。協会の認定指導員の場合は、気功をやっているプロであり、みなさんの力をあわせれば、協会の活動は、効果が、もっとよくなるでしょう。まず、皆さんの母体となる、協会活動を力を合わせて活発に行って、そうすれば、段々に、子供のNPO活動にも良い影響と社会的な需要が、出てくるでしょう。物事には、発展の進む段階があり、これを逆に行っても、なかなか効果は、出にくいと思います。
一方で、個人でやることは、続けてもいいと思います。人間の場合は、自分の個人的な活動は、自由自在であり、自分の満足感があれば、生徒の募集があってもなくても文句なしです。しかし、これは、社会にたいしての効果が、あるかどうかは別であり、その場合は、組織で行う方がよいのではないでしょうか。これは歴史から証明されています。
しかし、人間は、一般に人それぞれ好き嫌いがあります。大人の人間は、他人のことをよく理解でき、人間の成長は、自分個人的には能力や身体の成長、もうひとつはそういう体質の認識でもあります。人間と人間の関係は、子供時代から始まっていますが、好き嫌いが激しくグループを分けて、嫌いな人はグループから排除していじめを行ったりします。本当の気功をやっている人、修行者などは自分の精神が強く、集団の中で調和して一緒になる。特に自分の周りの人の好き嫌いをなくし、そういう自分自身の感情を克服し、乗り越えなければならなりません。功徳圓満になると、天地人合一、全てと調和する。少林寺気功をやる際に、他人に理解させようとしなければ、どこから証明して助けたい人々や気功を知らない人に伝えることができるでしょうか?まず自分自身あるいは自分に一番近いものごとから始めて、乗り越えられたら、本当の教室を開き、生徒に教えることができるでしょう。そうでなければ、純粋な仕事としてのやり方ではないし、自分の知識と自己の身体の行動から表現し、伝えることは難しいと思います。



【各期生のブログ】2005.10.24

全日本少林寺気功協会のホームページは、連載やニュースなどが、ブログでも見られるようになり、携帯からも記事を読めるようになりました。そして、今後は、各期生ごとに生徒によるブログをつくっていきます。このようなことは、非常にいいことだと思います。なぜなら、今までの各期生は、それぞれに私の授業を受けていろいろ勉強や修行をしていきましたが、生徒同士の交流は、食事や会議のときしかなかったからです。授業の内容や勉強について、さらにいろいろな交流をすれば役に立ち、自分自身の進歩や上達、深い理解につながっていくと思います。そのうえに各期生間の交流もでき、先輩は後輩に指導しながら、自分が習ったものがどのくらい身に付いたのかがわかるようになります。こうゆうことは少し時間がかかったり、ある人は変な内容の書き込みなどの心配することもありますが、私は、みなさんを信頼しています。
各期生はこのようなことを通して自分自身の上達をし、また教室の風景が、書かれることで他の人に伝える効果も得られると思いますので意味のあることではないかと思います。
協会HPの内容は、ほとんど私の授業や連載のことで、内容は少林寺のものですから、内容が少し固いですが、各期のブログは、みなさんが好きな形で別の角度から全面的に私達の教室のことを紹介して、みなさん自分自身もおもしろくなると思います。



【モノを伝える真髄】200510.16

少林寺のものは表面的ではなくて、中身の内容が大事である。少林寺の世界ブームは続いており、新聞でもいろいろと少林寺の記事がある。教室のほうでも、武術の団体や気功の団体や、会社もあり、いろいろである。でもこの団体達がどういうふうに活動するか、どうゆうふうに少林寺を伝えてくかは、すごく大事な課題である。
少林寺では、この大事な課題は1500年の歴史の中に自然に流れており、少林寺を正しく・長く伝え続けている。少林寺以外の禅でも武術でも歴史の途中でなくなっていき、残ったものは少ない。少林寺がなぜ残ってきたのか。これは、これはモノを伝える真髄の問題。少林寺のものは武術でも禅でもちゃんと根本的なものから他人に伝えている昔は師から弟子に伝える際になんの型や形の説明はほとんどないかった。伝えるときは人間性からはじまり、別の面では武術の場合でもちゃんと禅は教える。あるいは武術練習で深いところに入れば気も使える。
今使えるものを教える際、ここを間違ってしまえば、歴史から途中でなくなってしまうかもしれない。あるいはその組織やそれを伝えている人は一生懸命であるが、間違えて伝えてしまったら無駄になてしまうので、伝え方は大事である。このようなことを伝える際は、総本山のものを正しく伝える事が大事である。本当の少林寺のものと本当の村寺の門人(一定の身分のある人)から伝える。まずそのひとのどこの視点から見る、入る、伝えるか。一般に伝えるひとは勉強したことのある人であり、だいたいわかるが、その人の少林寺の理解はどのようなものか。少林拳はなにか、少林寺カンフーはなにか、少林寺気功はなにかをみればだいたいわかる。
もうひとつはその人の行動、言い方である。他人や他の組織に対して自分はどういうふうにやるか。もしその人が、ただ純粋なビジネスとして、純粋な技術から、こちらは本物で他は全部だめ、組織としてもこちらは残っていいが他は全部いらないというのは、人間性としては少林寺らしくない。これはただ街の商売を教えるもの、ひとつの道場、商売としてすることである。少林寺武術などで武術演舞ができる、何か覚えるなどは本当は少林寺と言えず、少林寺のは少林寺の教え方がある。組織としても同じことである。自分のことは自分のこととして一生懸命やってよい。伝えるものとしてサークルや組織などは組織の利用である。
全日本少林寺気功協会は今年で11年になる。去年の9月のときに10周年の活動をしました。今年は10月になると、今年は11年目です。NPOはもう1年の誕生日になります。このようなときなので、まずNPOの話をします。
なぜNPOはつくられたのか?これは実際去年のNPOをつくる1年前に、私自身考えてたことですが、NPOのかたちは、少林寺のものを広める、自由なかたちでいいなと考えていました。協会は協会のやりかたと任務、NPOはNPOのやりかたと任務がある。
二つの組織がある場合の関係を考えるが、どういう形はいる、どう形がいらないと考える人には理解はできないところでしょう。
どちらでも自分の使命がある。当然にNPOの会員は協会の会員からきたもので、協会が親でNPOは協会から生まれた子供であります。去年成立したばかりですし、母親と子供はいつも関係は変わらないとおもいます。
NPOはよく頑張りました。今の時期日本は不景気であり、気功にたいしての理解はヨガのようにわかりやすいものでもない。ですが、ヨガのブームのは気功に対してもいろいろな考えかたをもたらしたようで、気功の教室のほうも、だんだん増えてきている。
しかし、頑張ってもNPOはNPOの使命であり、NPOは協会の替わりは永延にできない。なぜなら、協会と中国の嵩山少林寺との間のつながりのような形は、中国の事情から言っても、今はNPOのかたちとしてはは無理である。
しかしNPOは少林寺もっと広めるために、協会がやれないことをNPOでやっていける。NPOとしてがやりやすい形もあるからだ。NPOを一生懸命をやることも大事だが、協会をふるさととして考え、東洋としての考えとしても正しくする。
共同で発展していくことは大事である。
これはNPOの1年と協会の11周年の希望である。



【少林寺の教育】200510.11

先日、少林寺のことや武術のことで朝日新聞に記事が掲載されました。今後も少林寺の名前は、世界にどんどん広まっていくでしょう。少林寺の修行や少林寺流のことなどにあこがれる人が増えています。少林寺の武術学校ではかなり多く5、6万人います。そういう少林寺の生活の中には、普通の人が想像しないくらい大変な面がある。例えば、武術留学をしたときに武術学校で、トイレがつまってしまったということがあった。これが、武術学校の生活事情である。少林寺は田舎のままでそのまま残っています。そういうところをみて、武術は素晴らしいがビジネスとしての面では不完全なところが多い。これが少林寺の現在の事情。今回旅行の際楽しいこともあるが大変なこともある。このようなことはよく自分で準備をしなければならない。一般の旅行では、絶対出来ないことをいっぱい受けている。例えば国立の演武で一番前の席と王占通先生や梁以全先生との関係。あるいは市長や体育局の方が、わざわざ武術学校の顧問就任のお祝いに駆けつけるとか。
熱烈歓迎の横断幕での大歓迎とか。少林寺では、管長から直接の認定式とか。他では、出来ない経験をみなさんは、出来たと思います。

中国の場合は、ひとつの事を決めるときに、一回の連絡では、なかなか決まりません。出発の直前にホテル宿泊が、一度出来なくなりました。そのときに、10数回の電話連絡をして、昼から夜までかかって、最後、日程が、大きな武術大会後ということで政府が、部屋を押さえていたのですが、その庁に連絡を入れて、やっと、私達の部屋は、確保できました。みなさんは、様々な事を見るときに、日本での一般的なやり方や考え方で、中国の事を見たり、少林寺の事を見て、自分たちと比べて、あれこれ文句を言う人が、毎年、何人かいます。でも、もしそういう目でしか、物事を見られないならば、もう、その人は、少林寺に行かないほうが、いい。少林寺のものを習わないほうが、いいです。

日本での一般的にこういった留学旅行は、ある経済学者の連れて行く旅行は、ただ少林寺に行って1週間で、タントウ功だけで、そんなに有名な先生たちにも会えないし、もちろん管長にも会えない、武術演舞もなくて、だいたい40万円ぐらいでしたよ。中国は、今、経済発展の時代ですから、どんどんどんどん変わっていて、料金も北京は、半年ごとにかなり観光の料金は、値上がりしています。北京オリンピックへ向けて、ますます、物価は高騰しています。結構、今回、いろいろ普通の旅行会社の何でもやってくれるツアーじゃないですし、スケジュールも現地の学校や管長などのスケジュールに合わせて行動していきますので、なかなか、予定通りということは、難しい。

みなさんが、旅行に参加するときに、よく考えて、参加するのは、いいと思います。ただ、ひとつの事に執着するのは、せっかくの貴重な時間や経験を無駄にしてしまいます。
特に、私達は、少林寺気功を2年間・4年間学んで、身に付けて、少林寺から動功指導員・気功師認定を受けるということ。だから、指導員のみなさんは、良く、少林寺の精神でいつも、日常から、行動してほしい。特に、気功ということは、相手や環境に合わせることが、一番大事です。
自分は、どうか、どうか。こうじゃなくては、おかしいとか、嫌だとか。そういうことを、いつまでも言っているようでは、本当に少林寺からの認定のレベルじゃありません。

どんなことも受け入れられる、心の広さと深さを良く身に付けて、これからもしっかりと学んでください。そうでなければ、私達は、管長や少林寺に対して、非常に恥ずかしいですよ。

ここで皆さんは、何を学びましたか?ただ、気功や武術の技術だけならば、わざわざここじゃなくても教えてくれるところは、沢山あるでしょう。何故、ここで学ぶのか?学んでどうするのか?
ただ、楽しい、遊びばかり、仲間が出来て、それだけじゃ、この2年間・4年間は、何のものですか?
せっかくここで皆さんは、時間もお金も使って、それで、自分自身は、どう変わったか?
皆さんが、心身ともにどう変わったか、結果が出なければ、しょうがない。私は、そういう皆さんが、心の面でも肉体的な面でも、もちろん技術も身に付けて、ここに入門する前とは、すっかり、変わって欲しい。
そういう結果が、出なければ、意味ないですから。

13期生の人は、少林寺の名前が、付いての合格は、たぶん、ほとんどの人は、合格しないと思いますよ。なぜなら、全ての人を皆さん見て、少林寺の武僧と比べて、何にも言えないでしょう。武術学校の先生と比べるも出来ない。向こうの武術学校の先生もまだ、少林寺の免許は、まだ、持っていないですよ。皆さんたちに教える先生も。でも、皆さんは、少林寺の管長から免許をもらった。これは、どういうことですか?これは、やっぱり、日本の事情を考慮して、もうひとつは、気功は、健康法として。
何故、皆さんは、今回の旅行で絶対他では、出来ないところの待遇を受けましたか?
少林寺旅行に行っていない人が、今回の旅行のことがわかったら、沢山の人は、羨ましいですよ。
これは、人間性としては、いろいろな事を自分自身で客観的に考えていないと駄目ですよ。

例えば、最後、帰国時の北京空港で、お酒は、手荷物に入れないということは、テロ事件のあとに決まったことです。協会の旅行の人は、みんな知っている、私も言ってました。別の人も、旅行の説明でみんなにちゃんと気を付けるように言ってました。本人は、よく気をつけなかった。こういうことは、本人でも周りの人でも、よく、反省したほうがいいです。何回も何回も周りの人は、説明しました。でも、こういうことが、起きて、逆に本人は、落ち込んで楽観的に出来ないでしょう。

だから、どっちでも、いいことを自分は、やるときに、ちゃんと、周りのことをわかって理解して、行動することが、大事です。そうすると、勉強でもいいことをもっと感じられます。マイナス面ばかりに執着していては、せっかくのいいところも何にもなくなってしまう。本人は、そう感じるでしょう。実際は、出来ない経験をして、たくさんの皆さんとのいい思いでもいっぱい作った。でも、最後、その人の心に残ったのは、あー失敗したな。という落ち込みですよ。これでは、何のために少林寺へ行きますか?

朝日新聞の世界発というニュースで、少林寺と少林寺周辺の武術学校が、今若者に大人気だという記事が、掲載されていましたが、やっぱり、武術学校は、かなり辛抱の努力してきた結果だと思います。
帰国後の武術教室から帰る電車の中で、こんなことがありました。親子3人で、父親は、40代くらい、子供は、15〜6才と11〜2才。その親子は、はじめ立っていましたが、席が空いたとたんに、その席から遠いところにいましたが、すぐ席の前に立ってる人もいたのに、その親は、2人の子供に競争させて席を取りました。その席に座った親子の、その表情は、他の人に勝ったという満足げな顔をしていました。
kこういう親の教育の元で育った子供は、将来的に強くなるとか、環境に合わせるといった事は、出来ないだろうなと思いました。

小さい時に、自分の利益のために争う、自分の利益じゃなくても争う、そういう習慣になると、これから成長したときにあまりいい人間には、ならないし、もうひとつ、強い人間にもなれないと思います。これは、私、大体分かる。多くの子供は、あまり学校に行かないとか、殺人までとか。そういう親の教育のためかなと思います。多くの親は、正しい教育、社会生活に適応するように教育している親が、ほとんどだと思います。でもやっぱり私の見た感じでは、人間性の教育という点が、少し弱いかなと思います。

昔、テレビ朝日で「30人31脚」という番組で、海外チームで少林寺の武術学校が、優勝した際に、私もコーディネートとして協力したんですが、その時、負けたチームの子供達は、すごく泣いてたのが、印象的でした。もちろん、泣いている気持ちは、わかります。でも、非常に泣いてる、ちょっと泣きすぎかなー。そういう原因で、そのあと少林寺の学校は、ずっと、呼ばれなかった。でも、こういうことも、ひとつ子供の教育ですよ。相手は、自分が勝ったときに、自慢しないで、負けたら、相手のいいところは、認めて、自分に足りなかったところをもっと努力して、克服しないと。努力しないと、進歩は、出来ない。試合は、自分より弱い相手だけと試合しているのは、本当に強い訳じゃないです。特に子供は、いろいろ人間性と成長の時代のときに、しっかりとした教育をしないと、本当の人間性と強さは、身につきません。

今回、少林寺のもの、少林寺の武術とかは、非常に子供の心身を育成するのに役立つと思いました。



【今回、旅行の大成功】2005.9.28

このタイトルを見た人は、秦先生は、毎回旅行は、大成功ですね。と思うかもしれない。

でも、実際は、そうですよ。旅行には、いつも万全の準備ですから。
今回、旅行は、13期生がメイン。副団長も他の人も協力してよく頑張りました。
全体的に、全員無事で何も事故は、起こらなかった。具体的に、毎回行っている、管長からの認定証授与式、達磨洞や塔林での瞑想、武術オプションなど、今まで同様、良い評判でした。
でも、今回は、今まで無い活動もいくつかありました。

まず、公立(国立かな?)の少林寺武術館での交流&演武鑑賞の際、私たちの席は、一番前の真ん中で、入場の際には、武術館の生徒たちが、大勢で歓迎の出迎えをしてくれました。この時、私たちの他にも、アメリカやフランスなど各国からのお客さんも大勢来ていましたが、熱烈歓迎の出迎えを受けたのは、私たちの団体だけでした。
客席に着くと正面には、“熱烈歓迎 嵩山少林寺第34代最高師範 秦西平代表 全日本少林寺気功協会訪中団”と真っ赤な横断幕が、掲げられていました。こういった横断幕は、特別な関係が無いと滅多に掲げることは、無いです。
武術館での演武は、少林寺観光の際の入場料に含まれている、国が、勧めているところですから。
それ以外に、日本では、テレビ番組でタッキー(滝沢さん)やケインコスギさんを指導したことで、ご存知の方も多いと思いますが、武術館一の王占通先生は、私たちの団体と一緒に記念撮影や握手に応じてくれたり、私との再会をとても喜んで下さいました。

第2に、少林寺ガハ武術専修院から、私に、特別顧問ということがありました。私は、学校に「この学校には、顧問は、何人いますか?」
と聞いたところ、私のような武術指導者の顧問は、初めてだということでした。実際は、政府の関係者が1名顧問についてるそうですが。
前回の春の旅行で私との武術対談を快く引き受けてくださった、中国十大武術家でこの学校の創立者でもある、梁以全先生も現在は、校長を引退されて、実際、特別顧問のような立場です。
今回の就任で、私も、梁以全先生と同じような立場となりました。
このことは、梁以全先生との長い間の友情と信頼からの結果だと思います。
特別顧問就任式のあとの私たちの祝賀会に、登封市市長と副市長と体育局の局長が、お祝いに駆けつけてくれました。
普通、私の場合は、少林寺へいく時は、あまり政府の人と会いませんが、今回は、春に中国で反日感情から暴動が、起こったり、抗議活動が、あったりしたため、皆さんの万が一の時の安全のため、政府の要人とも交流しました。もし、何かあった場合は、政府から力になるかなと思ったからです。すべて、皆さんの旅の安全を第一に考えたためです。私自身は、政府とは、一切付き合いたくないです。政府との付き合いは、難しいですから。でも、これからの皆さんの少林寺との交流が、うまくいくように、今回、政府の祝いをお受けしました。

第3に、一番大きな武術学校との交流活動。昔、塔構武術学校との交流で、1000人の大演舞を見たことがありましたが、今回は、そこの武術学校の一番優秀な先生に私たちの武術修行の先生をお願いしました。この学校は、授業のカリキュラムや内容は、しっかりしていて、指導方法もきちんとしていますから、校長先生と連絡して一流の先生を派遣していただきました。
実際、今回の参加者は、武術留学者や旅行も2回、3回目という人もいましたから、武術に対する目も肥えています。今回の武術修行は、特にその先生の実力が、皆さんの評判となり、何度も留学経験のある人でも、武術のレベルがあがったと喜んでいました。

第4に、いつもの永信管長の前での13期生演舞は、管長からいい評価をしていただきました。
また、達磨洞では、狭い洞内の中で、長い時間座禅もして、結構、良い気を感じて感動した人もいましたし塔林でも、日本人僧の墓の前で、歴史からの日本と少林寺の縁を感じながら、座禅を行いました。
他にも、武術修行に武術オプションなど皆さんも頑張って、良い成果が出たと思います。

中でも、武術は、今回がはじめてという69歳までの高齢者の皆さんの頑張りは、若い人に負けていなかったです。

今回は、スケジュールの関係で、鄭州での買い物は、出来なかったので、北京で買い物をしました。
今まで、お土産を買うのに、北京よりも鄭州のほうが、地方で物価が安いのでいいかなと思い、地元の人が行くようなスーパーや百貨店などに買い物に行っていましたが、今回は、北京のデパートで皆さん結構、満足で、評判が良かったので、これからは、北京での買い物もいいかなと思います。
鄭州では、大きな博物館を見学しました。今回は、私が、皆さんを案内して、ひとつひとつ説明して回ったので、前回の通訳の人が、案内するのとは、効果が、違ったようでした。なぜなら、私の声は、よく通る大きな声ですし、説明のときも皆さんに伝えようと気持ちが入っていたからです。だから、同じことをやったとしても、気持ちの入り方で、随分、皆さんの反応は、違ってくるなーと思いました。

だから、世の中の人間は、自分の気持ちと自分自身の特有のパワーは、いつでも出さないとだめですよ。

今回、行くときは、男性のほうは、練功服を持っていませんでしたが、行きの北京、バスの中と万里の長城でそれぞれ合うものを購入することが、出来ましたから、次回からは、皆さん、日本から先輩に借りたり、事前に購入しなくても大丈夫だなあと思いました。

最後、北京空港の税関で、ある人は、機内持ち込み禁止のお酒を、割れては困ると厳重に包装して手荷物で持ち込もうとしたところ
通関にかなり時間がかかってしまいました。実際は、その人は、お酒は、スーツケースに入れるということを知らなかった。
私は、言わなかったですから、やっぱりこういうことは、事前に皆さんに確認しないといけなかった。

今回もいつもの旅でも、成功の裏でたくさんの準備をしなければならない、
事務局もいろいろ頑張って、いっぱいのやることあります。これは、皆さん解ると思います。それから、
副団長を中心として参加者それぞれの役割と準備もいっぱいある。
当然、私も、中国とのこと一切は、何度も確認したり、食事のレストランやメニューにいたるまで、細部にわたって万全の準備をしていきます。

私のことを例に挙げて言えば、ただひとつのこと、中国との電話連絡だけをみても、出発前に認定式の関係で管長とその周りの人との電話連絡は、ざっとみても20回以上は、したでしょう。この20回の意味は、通じた回数。通じない回数を合わせたら、2倍〜3倍の回数になるでしょう。
登封の旅行社との連絡は、15回以上。武術学校、ガハ武術学校との連絡は、15回以上。塔構武術学校との連絡は、10回以上。武術館、王占通先生や他の人と演舞や買い物の連絡は、10回以上。
ホテルの紹介の運転手との連絡は、7〜8回以上。直接、ホテルとの連絡は、5〜6回以上。武術留学関係は、7〜8回以上。鄭州の関係は、6〜7回以上。また、北京の国際旅行社とのやりとり10回以上。飛行機手配関係、ある人は、キャンセル、名前の変更とか、10回以上。練功服関係、5〜6回以上。これらは、みんな通じた回数。通じない場合は、倍以上ある。
実際、毎回の旅行で、私が中国に掛ける電話連絡は、100回以上になるでしょう。
中国との事は、一回確認しても、2〜3日前にまた確認しないと良くだめになる。

今回、ホテルは、随分前に連絡して押さえていたにもかかわらず、近くなったら、宿泊できないという。
ちょうど大きな武術大会が、開かれた週の後で、政府が、ほとんどのホテルの部屋を押さえているといわれた。でも私たちの旅行ももう決まっていますから、どうしても宿泊できないと困ります。
ですから、この連絡だけでも、ある日の授業後、午後4時〜8時過ぎまで、ずーっと電話であちこち連絡して、もちろんなかなか通じなかった。この一日だけでも何十回も電話を掛けたと思います。
その中に、政府の関係の人に連絡をしたということは、ホテルに連絡の数には、含まれてはいません。
これらは、ただ、電話の数だけのこと。毎回、旅行のときは、少なくてもこれくらいの電話連絡をしなければ、旅行が、円滑にいかない。

だから、今、私は、本の出版のこと、授業のこと、HPの連載や他の外部とのことなどいっぱいある仕事の上に、この旅行のこともやっています。中国との事は、いろいろ繋がりもあるし、言葉のこともあるし、習慣の違いなどもあるので、他の人に頼むことも出来ない。中国語が、例えわかったとしても、相手との微妙なニュアンスもあるから、他の人では、難しい。
今回、旅行社の新しいガイドの人は、今回は、すごく楽な仕事になった。と私にいいました。なぜなら、手配は、みんな私がやっているからです。特に少林寺のことは、誰も出来ない。中国人でも難しいでしょう。旅行社に全部頼めばいいとか、ガイドに任せればいいとか、皆さんは、あまりの私の忙しさを見てこういいましたが、現地のガイドでも、少林寺の関係のことは、ここまでやることは、まず出来ません。そのガイドも、「いやー私には、とてもこんな手配は、出来ない」と言っていました。武術館の歓迎式や横断幕や座席なども、その校長や少林寺との関係が無ければ、まず、私たちのような、歓迎は、してくれません。
次に塔構武術学校の創立者と会うということも、そっちの国際旅行社でもまず、出来ない。私と、少林寺の関係で長い付き合いですから、出来ます。次は、管長と会うこと。政府関係の人と会ったり、祝いの席に来るということは、まず、旅行社は、無理。

ある経済学者は、日本の気功組織も、少林寺旅行や武術留学のときに、1週間で40万円くらいかかる。
でも、こっちは、旅行は、コストのみですよ。なぜ、みなさんもう2年間指導員養成コースを頑張ったのですから。毎回、こっちは、旅行で儲けるは、しない。
ただ、皆さんに一番いい条件で一番いい内容で、ただそれだけですよ。
だから、みなさんは、このことをよく理解してください。ある人は、北京ー鄭州の寝台車が、あー辛いとか、いう人もいますが、もし、寝台車を利用しなければ、故旧博物館も見れないし、万里の長城も見れないでしょう。
実際は、日本のツアーで4日間で安いところもある。でも、そういう旅行は、ただ、買い物ばかりですよ。向こうのガイドさんも言っていましたよ、安いツアーは、一日で何箇所もの買い物のところに行きます。高いお店ばかりですよ。

出来るだけ、皆さんにいい旅を提供できるように、最善を尽くしていますし、それだけ、どこの旅行社でも出来ない、一流の内容になっていると思います。
とりあえず、向こうのガイドさんは、私の手配のこの旅にびっくりして、非常に感動してくれていましたよ。プロの旅行社でも出来ないことをやっている。ということを是非、理解して、旅の満足感を得られるように。

私は、皆さんが生徒として、この協会の旅行をどう思うか?感じているか?私は、知らないですけれども、事情は、とりあえず、そういう事情です。

いい結果を得るためには、裏で大変な努力があるということでもあります。
皆さんの人生に、こういった活動を通じても、何か得ることがあれば、幸いです。



【功徳・舎ということ】2005年9月16日

いよいよ少林寺へ出発です。毎年春・秋と年に2回少林寺へ行くということは、
多くの人は、楽しんでいます。いろいろな都合で、行かない人もいますが、
なかなか他では、行くチャンスが、無いと思います。

来年は、日テレで企画中ですが、少林寺を撮影したい。
毎期生は、2年間練習で、認定証授与式に参加するため、卒業旅行のように
、それぞれのガンバリを現実にする、実際に少林寺に行って、
自分の目で見て、感じて、非常にいいチャンスだと思います。
そろそろ、13期生は、2年間頑張って、認定式をむかえます。
今まで、認定式まで12期生まで、良く頑張りました。
今回、13期生も認定式まで頑張って、非常に嬉しく思います。

そろそろ17期生も10月にスタートします。
説明会もまだ、2回あります。まだ、説明会に来たことが、ない人は、是非、時間を作って参加してください。もう指導員コースに入っている人でも、説明会に来て、もっと、少林寺や内容について、よく理解できると思います。ビデオも上映して、少林寺や協会活動を知るチャンスですから。
知り合いの人や友人にも、声をかけて、誘ってください。
沢山の人に、少林寺のものを広めてください。

以前、修行として舎の話をしましたが、
舎は、お金の寄付のことだけじゃなくて、少林寺は、禅宗の大乗仏教ですから、もっと多くの人を、正しい道に案内したり、精神と健康、あるいは、少林寺のことを紹介するということは、修行する道でもっとも徳の高いことといわれています。

これは、実際、私は、話したことが、無いですが、精神や健康に良いものや習ったものを教えたり、本場のものをここで習うために紹介するということもひとつの舎になります。
直接言ったらなんとなく、日本の場合は、誤解になる。実際、中国、気功の練習の人は、だいたい知っています。
中国の気功を練習している人は、皆さんこういった舎とか徳ということを良く知っているので、パッと言ったら、何十万人に伝わる、集まるということが、よくあります。
やっぱり、自分自身の基本的な練習のことだけではなくて、修行の功徳となります。
多くの人に伝えるということも、徳を積む重要なことです。

実際は、6期生の森嶋さん、10期生の大阪の江口さんと13期生の大嶽さんもボランティアで協力して8月に大阪で少林寺気功の無料体験教室を開きました。交通費や会場費などの経費も全部自分たちで負担しました。そして9月から江口さんを講師として、他の人もいろいろボランティアで協力して、チラシを作ったり、生徒を募集のためにいろいろ連絡したり、訪ねたりして、やっと今回大阪教室を開講しました。
もっと多くの人に少林寺のものを広めたい。
もっと多くの人に少林寺のことを伝えたい。
そういう純粋な気持ちから行動を起こしました。
江口さんから、協会にメールが来て、「今は、大阪教室は、人数が、少ないけれど、1人でも多くの人に少林寺のものを伝えるために、頑張りたい。」という気持ちで教室をやっていくということ。

たぶんある人は、自分以外の人のために行動するということは、理解できない、違和感があるかもしれません。でもやっぱり、人間の場合は、生きているは、理想がないと、自分のためにとかただ自分の欲望のためというのは、たぶん本当の理想状態では、無いと思います。

自分が、判断するときに、損得を考えて行動したならば、こういったボランティアの活動は、たぶん、やらないでしょう。こっちとあっちと、どっちが徳か?そういう考えで行動していては、本当のいい人生には、ならないと思います。
だから、本当の人生は、自分のためじゃなくて、他人のためにやる。普通、修行する人やいろいろすばらしいことをやる人は、だいたい、そういうことを考えて、行動をしています。

先ほど、お話した、舎あるいは、功徳は、無条件です。
相手は、例えば、私達が、ならった少林寺。
少林寺は、事務所は、どうかとか、今、協会は、今の時代、どういう希望とか、どういう風に完璧かとかは、全く関係ない。
もし、その人に人生の理想が、あったら、周りの環境がどうとか、協会がどうとか、少林寺がどうとか、そういうことは関係なくて、無条件で人々のために役立つ行動をして、進んでいく。これが、ほんとの精神を持っている人の行動です。

実際、私も自分自身も同じことですよ。
少林寺は、ひとつお寺としては、その完成度とか、なんにも言えない。
例えば、5〜6年前にある期生は、少林寺の旅行の時に、少林寺は、観光旅行としては、トイレ事情も悪いし、観光で来るところじゃない。という感想を持った人もいました。
でも、少林寺を訪れるのは、トイレが綺麗なために、皆さんを連れて行くわけじゃありません。この少林寺は、1500年の歴史から残っているものです。
だから、少林寺の周辺は、ビジネスとして旅行として、どういうふうになるということは、少林寺は、全然関係ない。もし、そういうものを求めているのならば、逆に、中国上海や北京に行ったほうがいい。あるいは、アメリカやヨーロッパに行ったほうが、いいです。

もし、少林寺に対して眼で見るときに、1500年間の歴史の中で残っている、現代にまで伝わるものを見る。私の考えは、少林寺を見るときに、これだけで充分ですから。他のものは、どうかは、関係ない。

去年行われた、第1回世界伝統武術大会は、実際、河南省鄭州でやりました。
国際中国武術連盟があります。この組織は、中国の組織だけじゃなくて世界中の100以上の組織からなる連盟です。ですから、この伝統武術大会の開催地を選ぶ時に、実際、世界中のどこで行ってもOKですよ。中国国内だけでも、上海や北京など、各地域はみんな、大会を開催したかった。でも、最後、決めた地は、河南省の鄭州でした。
一番の原因は、少林寺があります。もうひとつは、太極拳のふるさと。
鄭州の経済やビジネスは、大都市に比べてかなり発展は、遅れています。
ホテルなども都会に比べたら、充分な施設対応は、難しい。でも、伝統武術のふるさとで、一番伝統武術が盛んな地で、この第1回の伝統武術大会を開きました。

だから、ここで習うということも同じですよ。
全日本少林寺気功協会の伝える、少林寺の本物としては、まず、自分の目で見て、少林寺の本物があるかどうか?そこだけ見れば、いいです。
他のもの、例えば、ビジネスの眼で見てどうか?ということは、皆さんが、何を学ぶかには、全く関係が、無いことです。もちろん完璧であることは、いいですけれども、主に皆さんが真に求めるものが、あるかどうか?そういう眼で見ることが、大事です。

もし、少林寺で、管長が、教室を開催した場合は、皆さんは、少林寺のものに注目していると思います。誰も、少林寺で、管長のビジネスの面に注目は、しないでしょう。
そういった眼では、見ていないと思います。
やっぱり、教えるものは、どうか?

少林寺の武術学校でも、同じです。はっきり言って武術学校留学の時は、いろいろ大変ですよ。学校の環境としては、日本のように充分な施設でないかもしれない。みなさんが、想像するような、完璧な環境では、ありません。実際、少林寺と仕事をするときも、いろいろ大変ですよ。このお寺は、想像のような、完全なものでは、ありません。
でも、少林寺は、やっぱり少林寺。
こっちのほうは、本物かどうか?そういう眼で、判断します。

なんとなく、ある人は、少林寺のものを教えるかどうかよりも、仕事として、別のビジネスの眼で見て、全日本少林寺気功協会は、どうか?という考えが、結構、強い人がいます。でも、主にこういう立場、今日の言葉としては、皆さんの師として、少林寺の継承者の立場で話しています。全日本少林寺気功協会の会長としての話ではない。

もし、少林寺の本物を習うという眼で見て、頑張っている人は、絶対、上達が、早いです。逆にそうじゃないと、多分、なかなか上達は、出来ない。これは、断言できます。
もし、私が、自分自身の目で見て、少林寺のところに行って、少林寺のものを修行のためより、少林寺のビジネスが、どうか?あれが足りない、これが足りないという眼で見ていたら、絶対、少林寺のいいものを習うことは、出来ないですよ。

当然、私は、少林寺周辺の武術学校に希望者の留学の手続きをしたり、紹介したりしますが、武術学校の武術が上手いかどうか?ということを留学先の条件を考える時、重要視します。武術学校のビジネスの信頼性が、高いということは、あまり考えない。もちろん、みなさんの生活が、最低限出来る。安全性は、考えます。でも、あまり、環境や武術以外の別の面で強調する人には、私は、学校を紹介しないでしょう。なぜなら、その人を紹介したらいろいろな面で問題を起すと逆に大変だからです。

だから、功徳、特に舎ということは、無条件。もし、条件があったとしても、どっちのほうが、自分は、大事か?そういう風に考えたほうが、いいでしょう。
そうすると、物に対しての正しい認識は、出来ると思います。
他人がどうかとか、環境がどうかとか、そういうことよりも、常に自分自身と向き合って自分自身は、どうか?ということを考える。そして、足りないところは、もっとがんばる。足りない人や足りない環境が、見えたら、自分から進んで、助ける。誰かが、では無くて、自分自身が、行動をして理想状態になる。そして、基本的なものをもっとしっかり覚えて、自分自身の人間性は、もっとしっかりする。
気功としては、そういうことが、何よりも一番大事ですよ。



【開花の時期】2005年9月7日

この原稿を起しているのは、4日ですが、調度おとといは私の誕生日で、まぁ、自分では48歳かなぁと思ってたんですけど皆さんのほうが良くご存知で、実際は、47歳と言われました。
各クラスともいろいろ私の知らないうちに準備して、昼間は、13期生、夜は、武術クラス。翌日も、10期生、指導員2と連日最終電車近くまで祝ってくれました。12期生からは、プレゼントを貰いました。
実際、日本には、一人で来たのですけれども、なんとなく教室の皆さんは、大きな家族かなぁと感じられました。
普通は、一人で来て寂しいとか感じられるでしょうけれど、私は、少しも寂しくは、感じなかった。皆さんは同じ家族かなぁ。
考えてみたら、10月になるとそろそろ日本に来て12年になります。
昨年は、協会設立10周年記念大会、一昨年は、私の来日10周年記念感謝祭。こういった節目の時には、私はよく、人生の意味や自分の歩いてきた道、自分の歩く足元などを考えてきました。
日本に来てからの12年間は、多少、日本人のために、周囲の人たちのために、何か役立つことをやったかなぁ、と思っています。
周りの環境が受ける評判は、良くわからないですが、自分自身では、充実した12年間かなぁと感じています。もちろん、まだ、まわりの小さい活動をやっていますが、
今の自分自身の予感としては、12年間の活動の成果が現れてくる、花の開花の時期は、多分これからだと感じています。

今、ほとんどの修行者は、自分自身がどう修行するか、どう悟るか、と自分自身のことに集中してやっている人が、ほとんどだと思います。でも、私の日本に来てからの12年間は、全て自分だけの修行と悟りのためではなくて、たくさんの教室、たくさんの指導員の育成、たくさんの将来社会のリーダーと成っていく人を育てることが、できたかなぁと思います。

武術家でも気功師でも、生活のための仕事のためとか、お金をいっぱい稼ぐとか、多くの場合、気功師は、他人を治療するとか、生活していく上で目の前の必要な事をいっぱいやります。いっぱい治療して、対価として、いっぱいお金をいただくとか。
少林寺の周りの武術学校でも、そういうことが多いです。
教室でも治療でも、仕事として、商売として、経済的な面で考えている。
目の前の生きていくためのこと、やらなければならないことをいっぱいやっています。

私が、当初、全日本少林寺気功協会を設立した時の考え方は、今すぐ仕事になるとか、商売とか、そういうふうには考えなかった。今から種を蒔き、育てて、花を咲かせ、そうしてようやく実を実らせる。
目の前に、すぐ反応は、見えないかもしれない。5年後どうなるか、10年後どうなるか?
そうして、ようやく今から、開花の時期になりました。

今、だんだんだんだん、NPOも出来て、皆良く頑張ってきました。
指導員たちは、色々な場所で教室も頑張っています。
今回の全米気功協会との交流活動では、表演の指導員は、私が、当初指導員育成を始めたころの先輩たちに対する、厳しい要求をこなしました。特に先輩たちは、立派に演舞して、その他にいろいろ仕事も頑張って。私は、少林寺の目で見て完全に認可します。完全に合格。私も大変嬉しい気持ちで、彼らの表演を見ていました。気功表演といった外見のことだけでなく、日常からの協会活動に対する自主的な取り組みと、人間性の面で、今後、後輩指導員達の良い手本となってくれるでしょう。後輩の人達は、よく、先輩を見習って自分自身のレベルアップを頑張って下さい。

さて、これから協会並びに指導員たちは、ようやく開花の時期を向かえ、私の12年間の指導員育成も一段落し、次のステージに望むわけですが、もし、「今、一番の希望は、何ですか?」と聞かれたら、私は、「自分自身の修行です。」と答えるでしょう。
自分自身の感じとしては、なんとなく今の生活は忙しすぎですから、自分自身の修行は、足りない。だから、何ヶ月間か仕事を離れて、少林寺や他のところで自分自身の修行だけに専念したいと思っています。これまでは、自分のことは、最後にしてきましたから。自分自身は、もっと自分自身の修行のチャンスが、あってもいいかなぁと思います。
しかし、9期生は、4年間のカリキュラムが、そろそろ終わりに近づき、もう少しで皆さん気功師認定です。授業の進度が、少し遅れて空いた時間で補習を行っていく予定です。なかなか空いている時間が、無いので、かなりスケジュールは、厳しくなります。

実際、12年間正月でも連休でも、2週間以上の休みは、1回もない。指導員養成コース各クラスや武術教室は、休みの分は全部振替授業を行ってきましたから。正月中国帰国の際に、少林寺訪問と交流、自分の修行を行うほかは、ほんの1〜2日年老いた実家の父に会いに行く程度しか自由な時間は、ありません。日本では、授業の無い日は、本の執筆活動や外部教室、少林寺旅行手配、学会参加の原稿などなど、連日早朝から深夜まで仕事をし続けます。ですから1日も休みは、ありません。
今は、昔蒔いた種が、開花の時代になりましたから、自分自身は、もっと自分の修行をしたいと思いますけど、やっぱり、義務を果たし、責任を果たすことが、何より優先されます。

私の今生は、だいたいそういう運命ですから。自分自身よりも先に社会のこと、少林寺のこと、生徒や弟子のことが、優先になります。
行動する際に、個人のことは、いつでも最後になる。
たぶん私の周りの人達は、父親や子供でもこういう風に感じていると思います。
これは、もうしょうがないことかなぁと思います。

でも、これくらいまでは、生徒や弟子に対してそこまで要求していませんが、仕事をやる場合には、これくらいまでやらないとたぶんいい結果は、出ないと思います。
まぁ、人生の道は、人それぞれありますから、自分自身最大限頑張れるだけ頑張ってみたほうが、いい結果が、出ると思います。



【因縁・禅・修行生活の基礎・現実と学問的A】2005年9月1日

(前回のつづき)
こういった基礎は、当然、普通の仏教の修行過程です。
仏教は、十戒もあるし、かなり厳しい修行が必要です。ですから、お坊さんは、出家して、世の中の普通の生活を捨ててまで、がんばりました。中国歴代の禅寺では、ほとんど全てのお坊さんは、出家してこの厳しい修行をして、悟りの道へと至りました。

ですから、現代においても、私達が、現代の様々な精神世界や禅や仏教などについて書かれた本を読んだり、勉強したりする時には、まず、一番基本的な段階の事を、忘れないで下さい。
もし、「禅とは、悟りとは、〜の状態です。」という人がいたら、単にそれは、知識としてだけの趣味でしょう。
 禅の本質と先ほど例に挙げた大木の美しい葉の話は根本は同じです。どんな木でも概観の美しい葉は、まず、一番初めの種がないと芽を出し大木に成長し、美しい葉をつけることも出来ません。禅も同様にいくら美しい葉だけを眺めていても、根本とつながってていなければ真の悟りを得ることは出来ません
日本で、沢山の人は応用はすぐ上手いと思いますが、基本のところが弱く、まだ、こういった本質的な深い理解には、至っていないように思います。
 本質の心や精神といった禅の悟りを得たいならば、現代人も仏教のように、まず、根本的な、人生観を育て上げなければならない。
 昔は、禅寺でお坊さんは長い間厳しい修行をして、いつか悟りを得ました。
そして有名な禅師になる。

現代に生きる私達が、悟りを得ようと思ったら、昔のように出家は必要ないですけれども自分の身体と、自分の精神の状態が変わらないと絶対に、禅の状態にはなりません。
 ソファーに寝て、アイスクリームを食べながら、これは禅ですよ。と言ってもいい。アイスクリームは甘いですよー。そういうものは、はっきり言って世の中に何も役に立たない。世の中に何の役にも立たない状態はその人の心の本来の状態ではないでしょう。
 心は本来の状態になると必ず今心についている様々なものをとらなければいけない。
例えば、人間の欲望とか、何とか、いろいろ。
 こういう欲望を取るためには、修行しなければならない。これは常識です。でも、多くの人はこのことが、まだ理解できていません。

武術をやっている人もいるでしょう。中には、短期間の練習で、きれいなフォームを身につける人もいるでしょう。でも、本当の武術、武術の奥深さは、そんなに簡単には、解らないでしょう。
もちろんある人は、若くて動作も綺麗、見て素敵。素人の人から見たら、かっこよく見えるかもしれません。本当の深いところの武術は、ちゃんとした基礎練習を長い間、しっかりした上に、武術をやる人は、人間性と武徳と気がなければ、真の武術とは、言えません。中国武術では、これを重視します。
人間性と武徳と気が、無ければ、いくら外見の綺麗な動作が出来ても、武術とはいえないでしょう。

気功も当然そういうことです。しっかりと基礎を身に付けなければ、何も言えません。
私が、日本に来たばかりのころ、ある流派の資料を見たときに、30分間の練習で外気を出せるようになるとか、1週間の練習で大周天を回すとか、皆さんが、興味を持って来るような、内容を作っていたのですが、こういう宣伝を見て、心理暗示にかかりやすい人などは、いい気持ちである程度の練習で出来るようになるかもしれない。でも、もし、本当にそういうことをやったら、非常に危険が伴います。もともと、気が、足りない人が、気を出したら、どうなりますか?こういうものは、自然のものですよ。
人それぞれ才能や悟りの状態やいろいろな能力の違いが、ありますけどでも基本的に、ある流派の禅とか気功とか武術とか、長い歴史の中で現代に残ってきたものというのは、ただのものじゃないです。その中には、深いものが、必ずあります。
学問や修行、武術とか、単に、ただ頭で考えることでは、ありません。頭で考えることとは、単に言葉の理解とか、表面上の理解とか。世の中のことは、そんな簡単では、ありません。
もし、そんなに簡単なことだったら、日本中の人が、禅師や、武術家や、高級気功師になれるでしょう。でも、現実には、ごく一部の人しかなれない。だから、ちゃんとやるべきことをやらないとだめですよ。あるものは、ただ最後の結果を見て、簡単に見えるかもしれない。
そんなに簡単に見えれば見えるほど、ちゃんと根っこの部分から、たくさんの、しっかりとひとつひとつ積み上げてきたものがあるのです。
基盤が、しっかりとしているから、揺らぎの無い安定が、あります。だから、一見すると簡単に、安定していると見えるのです。

さっきの話の大木の葉も同じことです。概観を覆う綺麗な葉になるには、大地を這う根っこから、ずーっと通ってこなければ、葉に成れません。下の段階が、ないと何をやってもだめです。
海の中の岩も同じです。表面に見える岩は、小さいですが、それをささえているのは、地中に繋がる大きな山です。だから、水面上だけを見ていては、本質はわからない。水面下まで解らないと、何も真実は、語れないし、見えない。

このことは、私たちの日常生活の中でも、仕事でも、禅でも、気功でも、武術でも、私の薦める言葉です。

最後に禅になるかどうかということは、自己満足では、終わらないでしょう。
もし、評判になると周りと社会からも自然に認められるようになります。
自分は、こう思っている。誰でも自分は、いいと思っています。人間、自分の足りないところや欠点をちゃんと認識できている人は、少ないです。
だから、こういう認識は、絶対にしっかりと基準として持っていたほうが、いいと思います。最後の結果を出せるというのは、そこに至るまでに、必ず、汗と努力の結果の積み重ねが、あったということです。

歴史から見てもそうです。武術も、気功も、禅もそうです。
中国の悟りの禅師もそうです。達磨大師から現代の禅師まで修行は、本当に大変です。
悟りの瞬間というのは、ただひとつの瓶が、割れた瞬間とか、何かをふと見た瞬間とか、そういった何の関係も無いような、一瞬のうちに悟りを得たりしますが、その、一瞬の悟りを得るまでに、相当な仏教の厳しい修行を行ってきて、物事を見る目、洞察力が、修行の中で、磨かれているからこそ一瞬のなんでもないことの中に、奥深い悟りを得ることが、出来るのです。

前にもお話しましたが、悟りを得るには、まず段階として、一般のお坊さんの修行のレベルにならないとだめですよ。普通の修行者の中の高いレベルにならなければならない。そうなってから、ようやく上の段階に進むことが出来ます。中国の歴史上の禅師は、皆、こういった厳しい修行のレベルを越えて、その上に悟りの状態になっています。二祖の慧可が、腕を切り落としたことは、有名な話です。自分にそこまで厳しくした上に禅の道に入門できました。
禅とは、「自然のまま」とよく書物などには、表現されていますが、腕を切り落とすことは、自然なことではありません。人間の命を掛けて、禅のことを表しました。ですから、命まで掛ける、そこまで本気になって、真剣な姿勢が、必要です。もちろん、現代の皆さんには、慧可のように腕を切るまでとか、達磨大師の面壁9年までの要求は、しません。でも9年間ずっとひとりで座禅していることは、かなりの努力でしょう。9年間座っているということは、そのままの自然なことではありません。自分の命をすべてこのことに掛けていなければ、出来ないことです。
達磨大師に、私たちと同じような人間の本性が、なかったわけではありません。
ただ、達磨大師の禅の道には、9年面壁が、必要だったのです。


【因縁・禅・修行生活の基礎・現実と学問的@】2005年8月25日

最近は、精神世界に興味を持つ人が、随分増えてきました。
書店には、精神世界の本が、所狭しと並んでいますし、
セミナーや講演会に参加する人も多いようです。
誰でも興味があれば、精神世界に関するたくさんの知識をすぐに得ることが、出来るので今までと違った感覚や人生観・考え方などが、身に付くでしょう。
こういった現象は、良いことと思います。
熱心な皆さんは、頭も良く、深い理解も出来るでしょう。

しかし、私の印象は、確かに精神世界に精通していても、
それは、例えれば、ただ大木の表面を覆う美しい葉だけを見ているような感じがします。自然界に悠然と存在している、生命力溢れる大木の美しい外観は、しっかりと
大地に根を張り、太い幹から広がる、多数の枝々、そして、その先端に広がる
大地からのエネルギーを脈々と受け継いでいるからこそ、大木に成長し、生命力に溢れた美しい外観を醸し出しているのです。
無数の葉は、小枝に。小枝は、幹に。幹は、大地へと太くなり、地中に張り巡らされた
根へと繋がっています。こうして大地と表面に見えている葉とは、脈々と繋がっている
のです。しかし、私の目に映る、今の精神世界のブームは、根の無い葉っぱだけを見ているような感じなのです。木は、根が無ければ、葉っぱも無い。禅の話も同じです。

あるひとは、潜在能力に興味を持っている。
あるひとは、超能力に興味を持っている。
あるひとは、気に興味を持っている。

まず、禅は、どこからくるか?このことが解らなければ、この話は、難しいでしょう。
禅は、中国の八大仏教の中の一つの種類です。仏教は、本当は、何ですか?
お坊さんは、どんな生活をして、何を守っているか?
禅宗の寺では、お坊さんは、寺の修行を一通り終えた後に、ようやく、自分自身の
本来の心、禅の修行に取組むのです。
(次回へつづく)


【大連合の時代到来】 2005年8月18日

近年、国際化・大連合化は、更に加速しています。
日本の場合でいうと、いくつもの銀行の合併・日本と米国資産の結びつき、例えば、日産自動車など。資本や規模が、大きくなるほど、国際社会で生き残りやすくなる傾向が、うかがえます。
気功の世界でも同様のことが、言えるでしょう。
一つ一つの組織だけでは、足りない部分があるでしょう。最終的に社会にも人類にも良い結果を求めるならば、流派を越えて、交流し、まとめて、一つのものになると世の中の人に伝えやすいでしょう。実際に今回招待講演・表演で全米気功協会との交流活動では、そう感じられました。全米気功協会の理事長・副理事長との会談では、組織は、大きな傘のようなもので、その下に各団体が所属していて、ひとつの大きな組織となっています。日本には、まだ、そのような組織は、無く、各流派ごとに活動をしている状態です。今回の私たちの訪問を受けて、全米気功協会では、今後、全日本少林寺気効協会との交流・活動に意欲的に取り組みたいという意向です。
私たちも、お互いの知識や技術、人材の交流により、気功が、より多くの人々の心身の健康や人間の潜在能力開発、より良い社会づくりに役立てられるよう、これからもっと積極的に様々な交流活動を行っていこうと考えます。もともとは、今回は、少林寺のものをアメリカに伝える為の渡米ですが、実際現地で交流してみて、気功の世界の将来を考える時代に入ったと感じました。

この交流は、ただ口で言うだけではなくて、実際に行動・活動をしないと意味が無いでしょう。
今の時点での展望としては、全日本少林寺気功協会の認定指導員の全世界への派遣。そして、海外からは、当協会への外国人留学生の受け入れ等、国際交流活動が、活発に行われるようになるでしょう。
これらの活動を円滑に行っていくためにも、今から、しっかりとした準備を行っていく必要が、あります。ただ名前だけではなくて、国際交流のための組織づくりや取り組みの姿勢と管理が、しっかり出来なければダメでしょう。
これらの活動を行っていくには、これらの事を成し遂げる志と意思力、希望を持ったたくさんの人の協力と合力が、無ければ、出来ないでしょう。

もちろん、人それぞれの考え方や意見が、あると思います。
昨年の設立10周年イベントの際に、お話いただいた寺川先生の特別講演の中にこんな内容が、あったのをみなさん覚えているでしょうか?

『人間には、3つのタイプがあります。
1つは、歴史を作る人で、たくさんの人を導くリーダーとなる人。
2つめは、その歴史についていく人。
3つめは、どうしょうもないついていかない人。』

当協会の多くの会員は、少林寺の縁でここにいます。そして、健康或いは、精神と肉体は、良い方向へ向かって行く道を歩いていると思います。
今までよく頑張って、少林寺のものを習って、身に付けてきました。
今は、ようやく今まで習ったものが、自分自身に定着し、そして今度は、それを社会に役立てる時、各人の努力が開花する時期が、来たと思います。
もうひとつは、人生の目的としては、仏教でも修行でも、その中に、高徳・或いは、人間性という話になるとその人、いいとか悪いとかということではなくて、その人の人生の目的は、何ですか?ということが、あります。

もし、仏教の関係は、寄付・舎ということ。指導員養成コースの何期生かは、授業のときにこういった話をしました。人間性の訓練の一番大事な点は、舎。この舎は、ただお金とか財産の意味じゃなくて、もし、他の人に正しい道を教え、導くことが、最大の舎といわれています。
こういうことで、いいことを例えば、健康のこと、世の中に役立つことを広めるということは、ただ、広めるということだけの意味ではなくて、自分の人間本来の修行か、表面的な形の修行か、を判断する基準になるのが、舎ということです。
中国には、こういう伝説があります。『ある人は、龍が、好きなため、自分の家のあちこちに龍が描かれています。天空を舞う龍が、これを見て、この家に舞い降りてくると、この龍好きの人は、本物の龍を見て怖くなって逃げてしまいました。』この伝説の話の意味は、本当に修行が好きな人や本当に気功が好きな人。或いは、本当の精神。とか。こういったことは、やはり、自分自身の行動から判断します。
こういうことは、実際、みなさんの自分自身に対しての最大の課題でしょう。
他人がどうか、環境がどうかではなく、全ては、自分自身の行動・思考・選択の結果ですから。
自分自身の全てに、自己責任を持って物事をみたとき、更に修行の道は、一歩進むでしょう。
根本的な修行は、自らの行動が示します。
よく、自分自身の言動を観るとわかります。さあ、みなさんは、何を選択しますか?



【少林寺気功の魅力と今後の課題】:2005年8月11日
7月29日から8月4日の1週間で全米気功協会の講演に
参加してきました。十周年ということで盛大な内容で
いろいろな会議もありました。主に大きな内容としては
演舞があります。これは12〜13のグループで行なわれ、
私たちは2つのグループで参加しました。1つは指導員に
よる団体演舞の虎龍双型養生功と、もう1つは私が個人演舞
で羅漢神功を表演しました。他は大体4、5人による中国人の
先生の演舞がありました。これは武術もあるし武当派の気功も
あります。ほとんど道教気功が多いのですが、チベットの密教気功
もありました。色々な流派があり、アメリカに伝導された気功も
あります。私は団体の演舞を少し見ましたが、太極拳や武道気功など
ゆっくりとした動作のものが多いようです。指導員による団体演舞は、アラスカ在住の指導員コース受講者の
伊藤さんも合わせて行ないました。練習の段階では、個人的な技術は
覚えているようでしたが、全体的な雰囲気が足りなくスピードは少し
早すぎました。人間の脚と大地、空や天と繋がる感じはなく根がない
ように見えます。何度か私から要領を説明して練習を繰り返しました。
皆さんは大変な様子でしたが最後は上手くいきました。特に表演の時には
皆さん個人としての最高のレベルになったと思います。気功らしい
ゆっくりとした動きの中に、心身統一して虎龍の特徴である強さと
重みも十分に出ています。皆さんよく頑張りました。
評判は良く演舞の後には長い拍手がありました。終了後はわざわざ
後ろの方の私たちの席まで挨拶に来てくれたほどです。伊藤さんの話しでは、
アメリカ人はYESかNOははっきりしているので、本当にいいと
思わなければ誉めたりしないということでした。やっぱりアメリカは
実力主義ですから。機会があれば録画した映像をいつか見て下さい。
私の個人演舞の羅漢神功は、この5月に朝日カルチャーセンターの
講座でも行なったことがあります。でも今回は状況は違いますから、
高いレベルの中での表演ということで私も少し自分の状態を良く調節
しました。演舞については後から、すごく綺麗だったと言われたり
しましたが、最中は私の存在感はすべてなくなっていました。
思う通りの反応は出ていて、皆さんにも大きな反応がありました。
羅漢の表現のポイントは、当協会の授業でも皆さんにお話していますが、
感覚は言葉ですべてを表わさなくても自分の動作も中にすべて表れます。
それだけですから。 他には各教室が開かれたりして私たちも大体参加しました。また、
理論の方は新気功理論の健康システムの紹介や、活動写真など
展示しました。何人かの気功の研究者らしい人達が興味を示して
コピーを希望していました。反応も非常によかったです。
パーティーで向こうの人達と歓談したりした時には、気功理論や
禅と道の関係などの話題が出ました。こういう内容は、ただ本を読んだ
だけでは答えられるものではありません。本当の理解の上に話すものです。
向こうの組織のトップの人達で、もう何十年間も気功をやっている
人がいますが、迷ったり疑問も出て来るようです。
いろいろ話したら最終的には何か解かった様子でした。
このことはまた次の機会にお話ししましょう。 今回は、アメリカのその土地の気功の交流が理論面でも実技面でも
できたと思います。この交流には長い間の本当の修行が必要でしょう。
ただ表面的だったり知識的なものを持っているだけではうまくいかない
と思います。こちらの実績も認められたという実感のある訪問になりました。


【全米気功協会の招待講演】:2005年8月1日
皆さんがこれを見ている頃、私は全米気功協会の招待講演
のためにアメリカにいます。おそらく学会が終わったあたりで、
世界のエネルギーが集まる所と言われているセドナを
訪れているでしょう。この土地について私も少し調べてみました。
やはり、確かに個性があると本当にそう感じます。
特に、プロとしてこういう仕事をやっている人は、
いろいろ調べたいものがあるでしょう。もちろん中国の
いろいろな場所でも、そのエネルギーを感じることはできますが、
やはり常に自分の修行は止まらずに進むということは大事です。
アメリカは以前にグランドキャニオンを訪れたことが
ありますが、すごく強いけれど荒いエネルギーが感じられました。
セドナは、エネルギーとして有名な場所ですから本当に体験してみたいです。 三十何年間の修行あるいは少林寺の秘伝の修行でも、
自分のレベルが高くなれば、もっと前を向いてどんどん
進むことは必要です。やはり生命の修行は一生のことですよ。
ここまででもう終わり、ここまででもう頂点、限界、
そういうことはないです。例えば、自分のパワーは1度
もらって永遠に持っているという話がありますが、
これはただ心理的な暗示のことでしょう。なぜなら、
人間の身体の中の調子はだんだん変わっていきます。
年をとれば、身体のいろいろな機能はマイナスの方向
へ進みます。そうならない様に、逆にプラスの方向
へのエネルギーのための訓練法や修行法があります。
体の細胞はもっと若くなり青春に戻る方向です。
どちらにしても、動くあるいは進行中ですから、
ずっと止まっている状態はありません。
人間の生命にはそういう特徴があります。
若さの方向に努力をしないと、坂を下るように
不健康になるでしょう。だから常に訓練は必要です。 この旅行に参加する人は、忙しく大変な中時間を作りました。
料金もオフの倍にもなりますから、無駄にならない様に
是非いい経験ができるようにと思います。サンフランシスコでの交流のこともいろいろあります。
今回の学会はいろいろな経験ができると思うので楽しみです。
ある気功組織の代表に、アメリカで活躍している中国人もいます。
今回はこちらとの対面を非常に楽しみにしてくれている様です。 帰ってから具体的なお話しをしましょう。
だから皆さんも自分の修行のことはよく計画して努力して
頑張って下さい。私も同じく頑張りますから。
やはり、常にずっと自分の修行を進めてこそ、
皆さんの前に立ち、あるいは皆さんに教える立場の
資格があると思いますから。
ただ頭や口だけをうまく遣って、知識だけを伝えるのは
そういうものは必要ないと思っています。

【世界に進出】:2005年7月19日 今月末に参加する講演に関して、アメリカの全米気功協会
とのやりとりも順調に進んで訪問を待っていてくれています。
帰りにサンフランシスコを経由するのですが、
ここにもアメリカの気功の団体がひとつあります。
当協会の資料を見て非常に興味を持ってくれているようです。
連絡がついて、サンフランシスコでの乗り継ぎの時に
団体の代表が空港まで会いに来るそうです。この団体はこの3年間に毎年11月に世界の気功大会を開催しました。
大会には様々な気功の達人が来ます。
以前、雑誌でも見たことがありますが、
中国の上海気功科学研究所のチュウウェイ・ジョン教授を
紹介した資料を以前もらいました。今回のアメリカ訪問は、少林寺気功を紹介したり、
いろいろなお話しをしたり様々な交流ができる
いい機会になるでしょう。また、気が強いセドナという場所
にも訪れますから、これは練功のいい経験になると思います。ある人の話しでは、アメリカにいる知り合いが日本に帰ったら
少林寺武術を習いたいと希望しているそうです。
アメリカでは少林寺が非常に人気で流行っているそうです。
やはり本当の少林寺のものはどこでも応用ができると思いますし、
たくさんの交流ができると思います。
当協会で習っている皆さんが一生懸命練習したものが
役立つ場所もあると思います。
日常の訓練や練習は非常に大事だと思います。
自分のために、世の中のためにも頑張って下さい。

【教室の人気差の理由】:2005年7月15日
(さいしょに)
先週、イギリスのロンドンで悲しい事件がありました。
やるかやられるかの繰り返しは本当に良くないことです。
テロの形には賛成しません。根本的な解決方法は、
別の宗教を信じる人、別の国に住む人たちの間は
できれば友好関係でいることだと思います。
老子や孔子でも東洋の思想は和という形があります。
もちろんテロと和という意味ではなくて、
国と国との間の話しです。武力をもって
戦っていてはいつまでも終わらないでしょう。
アメリカやイギリスがテロに対して、
自分たちの思う通りに根本から
完全に解決するのはおそらく無理でしょう。
民族や宗教的な問題は深いものです。 皆さんも公共の場にいる時などなるべく気をつけて下さい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 当協会では、この春から新しい少林寺武術教室が
2つできました。秦以外の指導による教室は、
以前私が受け持っていた川口を合わせて3つになりました。
生徒さんたちもみんな頑張って来ている様子です。
やはり、どの世界でもどの業界でもそうですが、
いい状態の時も悪い状態の時もあります。
実際に、ある教室はいい状態で続いて、
ある教室は生徒さんは減ってしまっています。
どういう原因があるのでしょうか。教室の指導員を選ぶ時に、私はこういうことを言いました。
教室の成功あるいは結果は、技術は当然に必要ですが、
もうひとつ非常に大事なものはその人の人間性です。
生徒を心から大事に考えないと
教室には来なくなるでしょう。
いつでも私はこういうことを感じています。
悪い生徒はいないですが、逆に悪い教師はあります。
もし、生徒に良くない部分があっても、
教える側が直すことができます。
でもその逆はなかなかないでしょう。
結果はそういう事情を証明しています。生徒は技術を習うことや目的があって
教室に来ています。指導者がもし他のことに
とらわれていたら、生徒はその時は何も言わないかも
しれませんが、見ているところは見ています。
悪い結果が出たら、教室を持っている人も運営する人も
反省することが大事です。
責任は誰かのものではないでしょう。具体的には、まず教室の内容を充実した方がいいでしょう。
もちろん始めの方は皆さんのレベルもあります。
でもなかなか進まないと、どんな教室でも
だんだんと人気はなくなります。次に、生徒さんは
勉強のために来ているのですから、嫌な思いをさせたりする
要素は意味がないでしょう。教室でもひとつの社会ですから、
マナーもルールもあります。技術だけが問題ではありません。
皆はやはり心を持っていますから。こういう内容は、実際に教室を受け持っている人達に
私から言ったことがあります。教える時には誰でも
平等の条件で皆は存在しています。
だからこれに気をつけないと、日本で教室をもつことは
難しくなってくるでしょう。少林寺の最高師範として少林寺のものを教える
ことを大事にしてきました。
教室を持っている人達も
少林寺の精神と少林寺の禅を覚えていて下さい。

【密教とチベット】:2005年7月6日 <今年の日中旅行社主催の旅では当協会の10数名と一緒にチベットを訪れました。
観光のほかにチベット密教や地元の人達の生活習慣や考え方などにも触れてきました。
お寺を訪問してお坊さんと一緒に活動に参加してみた中で、
チベット密教と中国内陸や日本の宗教との一番の違いは、
やはり密教と権利の結びつきがあるということが印象に残りました。
その先には最高権力者がいるという意識があります。
なぜ、チベットというところで密教がそんなに発展し根づいたのでしょうか。チベットの人達は他の場所の人達よりも、仏教の素質がもっと高く悟りになれる環境はあります。
高レベルのお坊さん、いろいろなタイプのお坊さんがいます。
私は現地のお坊さんと話しをしたり観察したりして、
やはりチベットには密教に必要な環境が揃っていたと思いました。
まず密ということは、師と弟子の一対一の関係には絶対の権利が存在します。
日本はこういうのとはまたちょっと違うでしょう。
ダライ・ラマやパンチェン・ラマなどは、当時、宗教はもちろん政治でも最高の責任者でした。
共産党に変わってからは政治に関する権利はなくなりましたが、
宗教は皆さんの心の中にずっと深く残っています。
それ以前は実際には奴隷時代がありました。
外部とのつながりのない奴隷制度の時には、
奴隷主に対しては自分の命から絶対服従という考え方が強くありました。
師と弟子にもそういう関係が見られました。
そこには個人の解放や人権や平等、個人の価値観というものは一切ありませんでした。
自分の信仰した密教には絶対の服従ということでした。
仏教のお坊さんだけではなく、チベット民族のほとんどがラマ教を信じます。
遊牧民族たちは牛や羊を飼い生活をしています。
そういう人達も遠くからラサを目指して長い巡礼の旅をします。
お金は自分が生活できる分以外は寄附を納めます。
これは信仰が自分にとってのすべてであることからでしょう。
この環境の中でチベット密教が長く続いてきました。私はこのことについて沢山の本を読んだわけではありませんが、
でも自分の直感から思ったことは、密教の修行方法の環境は社会的な面では遅れをとる
ということがありますが、これが逆に個人的な気楽や人生の目的などを強調させなかったのでしょう。
そして奴隷と奴隷主の絶対服従の環境の中でチベットの密教は残ってきたということがあります。
この修行方法は他のところでもできるでしょう。
西洋でも修行は流行っています。
でももし完全なチベットの密教の教主との関係が、
個人主義の欧米に合うかどうかはちょっとわからない部分があるでしょう。
やはりキリスト教の基本的な考え方とはちょっと違いますから。
もちろん修行でいい行ないをすることは大体同じでしょう。
でもこの教主との関係はやはりチベットという場所の環境でこそ密教は育てられたと思います。中国にも昔は密教がありました。日本でもそうですが、
やはり具体的な修行方法や純粋にひとつの宗教としてほかの宗教とは
チベットの修行方法はやはり違う存在でしょう。
例えばチベット仏教を北京で信仰するのは難しいと思います。
政治的なことから皇帝との関係は非常に難しくなると思います。
たぶん何かぶつかって戦いの状態になることがかなりあるでしょう。
ひとつの文化、ひとつのものの存在は、必ず存在の環境と存在する土地があります。
禅宗の方は、少林寺から中国そして全世界へ広まりました。
特に中国の知識人など文化的な方面に人気がありました。
東南アジアや日本そして全世界で根づいたのも禅の特徴です。
禅の生まれる土地、環境は当然に関係しています。
私の考えはこういうことはどちらがいいということではないです。
例えば、バナナがいいですか?リンゴがいいですか?と聞いても、
やはりそういう土地や環境から生まれたものですから比べられないものです。
どちらにもいいところ考えるべきところはあります。密教の修行方法にはこういう特徴があります。
最後の高レベルに達成する人は確かにいます。
でもこれができる人は少ないです。
師と弟子は一対一ですからたくさんの人が達成できるわけではありません。
もし、間違った方向へ行けば、おそらく人生すべてが潰れるということもあり、
成功できなかった場合のマイナス面も怖いでしょう。
だからどっちがいいかどうかと考えたら、
いい方はうまく身につけてそうでない部分は下げて
バランスをとればいいと思います。日本にも密教があり、禅宗もあります。
それぞれには存在の条件があります。
でも日本の密教とチベットのものとはたぶんまた違うでしょう。
まず組織として全然違います。ダライ・ラマ13世のお墓だけでも
その権力の証明の印は結構大変なものです。
このような絶対の立場は、他の宗教とはたぶんなかなか比べられないでしょう。
そういう面は結構表わされます。
この宗教の代表者の選び方や絶対の地位と立場は違います。
日本ではまだそういうことにはなっていないでしょう。
そしてこの環境の中での修行からいろいろな文化がうまれました。
師と弟子の関係は少林寺あるいは禅宗とは違うもっと厳しいものです。
ある意味、師は自分個人の命よりももっと高いものになるということがあります。
また奴隷と奴隷主の関係もあります。
何となくそのような特徴からは修行の効果は出やすいと思います。
この環境の中でいろいろな知識などは入りやすいでしょう。
この修行の特徴をもし研究したら人体科学や深層心理学からも
証明できるものがあるでしょう。
この環境の形からは効果が出やすいということがあるでしょう。
だから、気功などの修行方法としては、ひとつは信念
そしてもうひとつはこういうシステムに自分の環境を
合わせることがあるでしょう。
師と弟子、その雰囲気すべてが関係し、
そのうえにいろいろな流派の違いがまたあるでしょう。
当然に修行の特徴と結果も違います。今回は、当協会として初めて少林寺以外の世界的に有名な
チベット密教に触れて感じてきました。
これらは研究されたものではなく、私自身の目で見た結論です。
たぶんほかの密教関係の文献と違うところは、
知識だけではなく修行や気功の練習あるいは宗教の存在の
本質と真髄からの話しになったと思います。
このことを皆さんも少し理解して、
自分の修行ももっとアップしていくといいなと思います。



【撮影そして日テレ学院体験教室】:2005年6月28日
火曜日は午後から夜までの間に、撮影や気功の体験教室などがあり長い一日でした。
午後はまず、タレントさんが協会事務所に訪れ、動作の指導をしながら撮影が行なわれました。
私が日本に来てからこのような仕事では、俳優の椎名桔平さんへの演技指導や、
テレビ東京の番組"奥様プラザ"でアナウンサーの八塩さんやタレントの松尾貴史さんにも
教えたことがあります。テレビ方面の仕事では、相手の特徴に合わせながら
気功の中身を引き出すことができるかどうかは大事なことでしょう。
この仕事を受けた時にちょうどある他の指導員にちょっと意見を聞いたところ、
その人は動作もいろいろ覚えていますがなかなか思い出すのは難しいです。
だから気功というものを場面場面で応用できることはまず大事だと思います。
これは、実際に自分自身で教室を持って教えたり、自身の練習でもそういう問題があります。
治療の方法を覚えて、この病気に対しては何の方法を使うか判断していったりというのは、
やはりこれは応用の問題です。習った理論と現実との結びつきは非常に大事なことです。
そうすると自分が習ったことを活かすことができますから。
これは気功だけではなくすべての勉強や学びにそういうことが言えるでしょう。 この後には教室の風景の撮影も行ないました。
7期生を始めとして皆さん協力してよく頑張りました。
他の期生や武術教室に来ている人の中には、このような撮影は初めてだった人もいることでしょう。 そして最後には7月からスタートする日テレ学院クラスの体験教室を行ないました。
まず、学院長の石川牧子さんによる挨拶では、若さや元気など健康のもとになる
というお話しがありました。石川さんは邱永漢氏主催の教室ですでに気功のいいところを
知っています。だから今回は自身が直接の監督という立場で、
非常に熱心に進めて下さったので体験教室も早く行なうことができました。
短い時間の中にも、外気ではいろいろな感覚を皆さんは受けた様でした。 その後の招待の食事の席では、気功の将来性や日本での健康面についての話題が出ました。
今後、団塊世代の人達が定年を迎える2年後には、さらに大勢の人達の健康が、
国としての課題になることなどを話しました。
上手く行けば気功はそういう人達の役に立つと思いました。
だから皆さんこれからも一緒に頑張りましょう。


【やるべきことをやっていればチャンスは必ず来る】:2005年6月22日
急な話しですが先週、全米気功協会より講演と演舞の依頼がありました。
ホームページを見ても、ここはしっかりとした組織ということがわかります。
場所はアメリカはコロラド州デンバーで、論文発表や演舞の他にも、
アメリカ以外の全世界からも気功に関わる人達が参加してきますから、
いろいろな交流があると思います。
私たちの協会は、ちょうど7月30日に枠をいただきました。
ちょうど日本の夏休みで旅行シーズンの時期です。 最初は向こうもこちらの協会についてはあまり知らなかったようで、
問い合わせがあった時点ではあまり反応がありませんでした。
でもいろいろ調べたようで最終的に依頼がありました。
やはり今までの意義のある活動は社会的にも認められていますから、
そういう面でも選ばれたのだと思います。
アメリカという離れたところでも、気功を通して、少林寺のものが広まっていくのも
不思議なことではなくなるでしょう。人類に意味があるものは、遅かれ早かれ世の中に
だんだんと価値が認められていくものだと思います。
こういうことには、目の前のことも大切ですが、ただ覚えるだけじゃなくて
きちんとした努力が必要です。世の中で進む一歩には、かなりの大変な汗と努力があります。
どんなことでも簡単にはきません。
例えば今回の月刊秘伝の取材では、梁とダニエレさんも私と一緒に受けましたが、
原稿や写真などのいろいろな準備に関して、私と何十回もの電話での打ち合わせがありました。
結構大変でした。
世の中で、ひとつのものとしてあるかは、自分が覚えるかどうか、
またはその人のやり方と人間性が関係します。すべての結果はここから表わされます。
日本に来て、気功や武術のうまい人は大勢います。
全国チャンピオンや全世界チャンピオンも知っていますし、
わたしと一緒に何かやりたいという人もいます。
でも、将来的に少林寺のものを本当に継承して日本でこれを続けるには、
少林寺の角度から見ると、技術面や人間面など全面的なところから足りないのは、
こういうことをやっている人はもっといろいろの修行と鍛練が必要でしょう。
どういう素質で、どういう方向に行くか、そういうことは大事だと思います。
私の考えではたぶん、気功と武術は技術とビジネスだけでは足りないと思います。
これだと日本でたぶん広まらないと思います。そういう例もいっぱいあります。
だから、ここでは指導員コースの中や武術教室、この「今日の言葉」や「少林寺の禅」には
そういう意味もあります。ここでは少林寺のものを全面的に伝えていきます。
個人的な趣味としてなら、ある側面だけでもいいでしょう。
でも、もし他人に伝えるならそれはたぶん不十分だと思います。
だんだんと問題も出てくると思います。
だから、全角度・全方位あるいは全人生でやることは必要でしょう。


【梁の来日】:2005年6月14日
中国から来ていた梁が先週帰りました。
帰る前の日にはサヨナラパーティーを開き、食事の後にはカラオケにも行きました。
もちろん梁にはたくさん歌ってもらいました。
また、参加したK米さんやM本くんによりいろいろな取材もしました。
技術的なお話しは協会のウェブサイトで紹介します。

私も梁も同じ中国人ですし、二人とも小さい頃から武術が好きで、
少林寺ものを学んだという共通点があります。そこで私は日本の印象を聞いてみました。
梁の話しは、日本の精神はすごく緻密で文明社会だし、日本人はよく頑張っているということでした。
でも、狭いという印象があった様です。住むところももちろん、街も狭いです。
中国の登封市の様な広さはありません。日本はすごく疲れます。人生としても何でも。
これは当然でしょう。登封市は都会というよりは田舎の方ですから、
東京の超高層ビルや賑やかさ、人の多さはやっぱり全然違います。
私は、もし将来的に条件が合えば日本で一緒にやりますか?と聞いてみました。
梁は「いや、ここで一生続けるつもりはない。」と答えました。
昼間は大体、ダニエレさんと一緒の行動が多く、ダニエレさんの持っている教室に
移動する時には地下鉄や電車をよく使います。でも電車に乗っても席に座れないことは多いです。
もちろん2人とも体力はありますから必ず座りたいわけではないですが、
急に中国の地方から東京の様な大都市に来て、電車の乗り継ぎや忙しいスケジュールで疲れるでしょう。
そういう環境の中での練習ではおそらく武術は上達しにくいと思ったのかもしれません。
やはり自分の故郷の登封市の方がいいということでした。
そして梁に、これからどうしますかと聞いたら、たまに日本に来るのは経済的にも
いいことだけれど、ここで何かをやるということは考えないそうです。
やっぱり人間ですから、故郷への懐かしさや恋しさは確かにあります。
私の陝西省の西安は、河南省よりももっと故郷の懐かしさの特徴があります。
ふたりは今も武術を続けていますが、違う道を進み違う人生観を持っています。
私が選んだ道は、忙しい人生、休まない、こういう苦労は仕方のないことです。
実際、サヨナラパーティーが終わったらもう夜は遅くて、家に着いたのは夜中の1時近くでした。
それから少し仕事を片付けて寝るのは2時近くです。
朝も何か用事があったかなあと思い、5時にはもう目が覚めました。
前の夜に梁とダニエレさんへの連絡事項を忘れたので、朝7時半に電話をしたら、
梁は起きて散歩しているところで、ダニエレさんはやっぱり恩師の滞在中ということで
ちょっと疲れてしまった様でした。武術教室もあるし大変だったのでしょう。
三人の中では私は年齢的に一番上です。でも日本での朝から夜までの超ハードな生活には
私が一番慣れているでしょう。最近は睡眠時間は普通3,4時間で、多い時でも4,5時間です。
その日も、朝は5時に起きて瞑想と武術を1時間づつやりました。
仕事も幾つか片付けてから9時からの教室に出掛けます。ハードな一日の始まりです。
これができるのはやっぱり気功のおかげだと思います。
気功と武術の両方で内部のパワーと外部の訓練を両方やっていますから、
このくらいできるのでしょう。梁と話す中で、自分の人生や中国と日本のこと、
将来戻る場所なども考えています。でもこの道を歩いたら予定していた結果もありますから、
普通の人間としての家庭や幸せはできなくてもこれもひとつの人生かなと思っています。
でも、周りの人達や社会からの評価、皆さんが健康になったり少林寺のものを身に付けたり、
嬉しそうな笑顔を見て何となくひとつの安心感もあります。
気功や武術を教える中にそういう深いものがあります。
これはただ口で言うだけや、考えだけではなくて、やっぱり自分の人生で行動して実現しないと、
この深さや高レベルのものをやり遂げたとは言えないでしょう。
逆にこういうものが誰にでも簡単にできたら、それは深いものでも高いレベルとも言えないです。
今回は梁といろいろな話しをして考えさせられました。
現代のいろいろな情報交換や、特に自分の人生の反省もできて感謝しています。


【教える人に表れるもの】:2005年6月8日
7月から日本テレビ学院で、私の指導による気功健康教室を開くことになりました。
外気調整もあります。スタートに先立って6月21日には無料体験も行ないます。
この教室ではもちろん能力開発や強い精神力など、いろいろな面の効果が期待できると思います。
また、朝日カルチャーセンターの講演会の方も好評で、次回もお願いしたいという話しもありました。
実際、本当は私も時間的な余裕がありません。
指導員も身に付けたものに自信満々で活動意欲もあるので、
健康教室は任せたいところですが、世の中の認識では少林寺のものは
まだまだよくわからない様で、なかなか人は集まらない状況です。
一般的に大きい規模の所は大丈夫ですが、小さいところや自分で始めるとなると大変です。
やはり少林寺のことが広まったと言えるにはまだ足りないのだと思います。
だから今回の日本テレビ学院でも朝日カルチャーセンターでも、
私が受けるのは、そういう面からの考えです。
2ヶ所とも直接私が指導する条件での依頼ということもありましたし、
これは忙しくても疲れても必要かなと思っています。
これによってもっと世の中に少林寺気功や武術、健康法などが広まったらいいなと思います。
やはり一つのものを広めるには一つの道と時間は必要です。
今いろいろの武術学校などを見ていて思うことは、
やはり全体的に本当にいいものというのは、例えばある武術家は年をとっても、
いい武術、いい武道かどうかは世の中に伝えた効果が出ています。
もちろん人気が集まったということもひとつの効果ですし、
深いものと言えるかどうかは、若い人でも年配の人でもできる、
そして身体が強い人でも弱い人でもできるといういい面からくると思います。
特に伝統的なものにはそういう特長があるでしょう。
こういうものはやはり教える本人からいろいろ表わすものがあると思います。
だから、ものを習う時には師の技術と人間性のバランスを見なければなりません。
世の中に残るということは、技術、伝える人の人間性が最後に一緒に表わされると思います。


【少林寺気功の勉強方法】:2005年5月30日
この話題は何度かしたことがあると思います。
この協会の教室に来た人の中には、他にもいろいろ習ったことがある人や教える側の人もいます。
でも体を動かすのも気功を覚えるのも初めての人もいます。
指導員コースを修了する頃には大体のことは解かってくると思いますが、
本当の勉強方法や環境に合わせる方法は、まだわからない所がある様に思います。
私は10才からずっと少林寺のものを経験しています。
少林寺のものは理論的には、かなり厳しい練習をしないと合格はできません。
例えば、站とう功でもきちんと90度の姿勢で30分以上できなければ、
次には進めないので他のものを教えてもらうことも習うこともできません。
この協会の指導員1のコース内容は元々10何年間くらいのものです。
でも、日本の環境や人に合わせないとうまくいかないものもあります。
これは私の考え方です。もちろん素質的なこともありますが、
習う本人はどうしたらいいでしょう。それはきちんとよく復習するということです。
例えば、静功では、2週間に一度新しいのことをやります。
次の授業までに、毎日できるだけ10分間でも復習してみて下さい。
そうすると、この方法は自分にどのくらい合うか大体解かります。
動功もひとつ新しい動作に進んだら、次の授業までに練習するということです。
試験の時にわざわざたくさん復習しなくても、合格はほぼ大丈夫でしょう。
でも皆さんも仕事や勉強もありますから、時間的な都合や体力の問題もあると思います。
だから2週間に一度だけやったり、あるいは他の期生の時に出たりするのもいいと思います。
日本には日本の事情がありますが、でもまず修行や練習のことは意識的に
自分で考えないと駄目でしょう。
中国には、先生はただ門の中に案内する人という昔の有名な言葉があります。
あるいは正しい道やポイントを指導したりします。もちろん経験も伝えます。
でも、やるかどうか、どのくらいの時間でやるか、最後には全部個人的な努力になります。
昔は、中国で一対一で教える場合には強制することも結構ありました。
でも現代で特に日本の場合はそれは無理なことでしょう。
先生から生徒に対して、あなたはどういうふうに練習しなければならないとか、
あるいはずっと見ていることなどは一切できないです。
だから、練習はやっぱり自分のこととして、時間を作ってちゃんとすることは大事です。
結果的によく覚えることができます。
私はずっと思っていますが、ある人はよく覚えている、これはもう本人の努力です。
ある人はよく理解できる、そしてレベルはどんどんアップして効果も表わします。
でもある人は、効果はあまり良くない、覚えない、これも自分の問題です。
だから今はやはり指導員1の時にちゃんとよく覚えることです。
常にやることが大事でしょう。
ただ、三大動功の鶴功と虎龍は場所が必要ですから、
たぶん自分の家でやるのは難しいかも知れません。
指導員2では少林柔拳には少し場所が必要ですが、
でも他のものは実際に自分の家の中で畳の上で練習できるものばかりです。
だから自分で練習したければできることです。これは大事です。
家で練習したりひとりで練習したりするのが難しければ、
ある期生もやっていますが集まってするのもいいことだと思います。
今、師としてはまず皆さんに正しいの道を案内しますが、
個人的な修行の結果の保証はできないということがあります。
もちろん有名な師につけば、これもやはり個人の努力と関係しますが、
いい結果も出やすいでしょう。努力して前の内容を覚えて消化して常に練習するということは、
非常に大事なことで、復習の中にもっと新しい発見もあります。
この関係ははっきり解かると思います。
そして将来もこういう仕事につきたいのなら、どんな世界でもそうですが、
常に新しいものを取り入れなければ難しいでしょう。
世の中は厳しいですから、流れに乗れずに沈んでしまい、
ついていくことができなくなることもあるでしょう。
ピラミッドの様に、高いレベルほど人数は少なくなり頂点に立つのはただひとりだけです。
協会としては将来的にもっと人材を育てるということがあります。
指導員コースでは1から始まり、この春から3まで用意しました。
もちろん無理はせずに気持ちと都合が合えばできたらいいと思います。


【一流の精神力】:2005年5月25日
先週の水曜夜にNHKの「プロジェクトX」の再放送を見ました。
この番組は、主に各業界で活躍した人を紹介しています。
例えば、病気を治した医者さんのことや、病気との闘い、世界の援助の話など、
いろいろな大変な難しいことを最後は乗り越えて感動できる内容です。
この間の内容はホテルニューオータニ建設の物語でした。
オリンピック開催前の東京では、各国からの大勢の宿泊者のために大きな建物が必要でした。
でもオリンピックまではわずか1年半の期間しかありませんでした。
この物語では、普通は建設に3年は必要なところを倍近くのスピードで完成させた内容が
紹介されていました。設計図だけでも時間がかかるものですが、全てにおいて普通のルールとは
違うやり方で、竹波さんという迫力ある責任者の指導のもと、スタッフの皆が力を合わせて
乗り越えました。建築も半分を過ぎた頃には、ホテルのオーナー大谷さんからの急な要望で、
住んだり寝たり食事をするだけの場所じゃなくて、日本として代表レベルのものにするということから、
直径45mの大きい回転式ラウンジをビルの上に作りました。
短期間の特別な任務は大変でしたが、結果的には成功の上に日本の技術にも革新的なものになりました。
柔軟構造理論やユニット・バスや回転式ラウンジなどすごく想像力にあふれたものでしょう。
今の日本の景気はとてもいいとは言えませんが、実際に世界で一、二番目の経済発展をしてきた国です。
やはりその時代の人の精神と想像力と前を向いたやり方で辿り着いたと思います。
このやり方は時代のひとつの特徴を代表したものだと思います。
もちろん今は他にも賢いやり方はあるかも知れません。
でもやはりその時代のものは非常に貴重な日本の宝物でしょう。
私はこれが日本の発展の原因だと何となくずっと思っていました。
今回の大谷さんや竹波さんの考えやそのやり方を見ると何となく、
私が中国で大学卒業後に10年間働いた会社生活での経験を思い出します。
世の中で不可能と言われても可能にするように努力するところは共通しているかもしれません。
準備と工事と同時進行させて短期間で完成させたことは、今では考えられないことだと思います。
私も常に昔からこういうことをやってきました。
例えば、すべて順調でルールの通りに一歩一歩進むことは、一般的にはいいことでしょう。
でも、特別な時代、特別なことをやる時、特に大きなことや一流のことをやる時には、
それでは足りないことが多いと思います。世の中で一流のものをやるには必要な特徴があります。
でも一歩一歩のやり方でもきちんと進むことはできます。
少林寺気功協会は、設立から7、8年経った頃にはようやく世の中に気功組織として
認められるようになりました。少林寺のNPO団体の活動の方は、今はスタッフの皆さんの考えを尊重してやっています。だから一歩づつ成長できるように、力を合わせて下さい。
NPO団体では協会ではできないことを何か成し遂げてほしいと思います。
特に、今の日本のこういう時代に、自分の精神力を強く持って他人以上の努力と
たくさんのことをやることは必要です。この番組のホテル建設では、
皆さんが決心をして病気になるくらいまで頑張りました。
夜も帰れず、何倍何十倍の努力から歴史に残る誇りある立派なものができました。
もし受け身のままで外部の要因に影響されていたら、ああいう立派なものはできなかったでしょう。
私たちがやっている少林寺のものは歴史から来ました。
少林寺のお坊さんは他のお寺のお坊さんよりももっと修練しました。
武僧は武術練習の時に、はっきり言って普通の武術家よりもっと練習します。
訓練では、たくさんの汗ともっとたくさんの血は出ました。だから少林寺の誇りは残りました。
もちろん私たちはお坊さんではないですし時代も違います。
でも本当に少林寺のことをやる時は、私たちの手の中でどういうふうにしますか。
半分寝ながら、半分のんびり、チョコレートやアイスクリームを食べながら、
じゃあやりましょうというのでは、本気の少林寺をやるのは無理だと思います。
これは、いつの時代でも同じだと思います。現代は楽しみもあり楽です。
ソファに寝ながら、アイスクリーム食べながら、
最後は自然に少林寺のものが身に付いて、"ああ私の世界が来るかな"と思っていたり、
そういうことを考えていては無理でしょう。
始める時、創業の時代はいつも絶対苦しいです。
そして、創業の時にやっていることはもっと意味があります。
歴史の評判を受けやすいです。もっと辛くもっと苦しい時だと思います。
皆さんも時代を頑張ってきた人達の物語を見て下さい。


【心と身を投入して仕事する】:2005年5月18日
三五館から今度出版される私の本について、今は作業中です。
この間は明け方の4時までかかって原稿のチェックをしていました。
送るだけならと思い、その時にライターの佐藤さんにFAXで送信も済ませました。
するとすぐに佐藤さんからメールが届きました。
ちょうど会社で編集の仕事が終わったところで、原稿をありがとうございましたということでした。
佐藤さんが結構忙しいことは前にも聞いて知っていましたし、夜は毎日遅くなる仕事なのでしょう。
でも、明け方4時までとは思っていませんでした。
佐藤さんは評判もよく人気があるようなので、いろいろ頼まれていることが多いようです。
これは信用されているからでしょう。
仕事に対する態度と自分個人の努力で一生懸命やっていると、私も実際見ていて思います。
一番いい結果を出すために頑張っていることが解かります。
まだ日本は全体的に景気がいいとは言えないですし、出版業界もそうでしょう。
仕事量は多くて忙しい人もたくさんいるし、なかなか仕事に就けない人もいるでしょう。
そういう中ですから、佐藤さんも納期完成を目指して眠らないで頑張っています。
もちろん体を壊してまで眠らないことはよくないですが、でも佐藤さんはたぶんもう慣れたのでしょう。
こういうことは前にも邱永漢氏を例に出して似たようなことを話しました。
たぶん自営業の人は企業に勤める人よりも、もっと前進する精神がないと生き残れないと思います。
上司からの指示を待ってばかりだと大きな変化に対処できなくなるのと同じでしょう。
これは、仕事のいろんな面に通じていると思います。
きちんと仕事を完了するということは、全てはまず自分の努力からでしょう。
そして、自分は常にお客さんの都合や満足を先に考えられることから能力もわかるでしょう。
いくら苦しくても自分は努力して一番最高のいい状態にします。これは大事でしょう。
少林寺の精神でも、やはりひとつのことをやり遂げる時は自分に厳しくするのがまず先です。
例えば武術では、時間をかけてたくさんの量の厳しい訓練をします。
汗もたくさん流して怪我もするかも知れません。
でもその代わり、自分のレベルと実力はどんどんアップしていきます。
当然に仕事の面でも、人間関係に対しても同じです。努力は自分から、我慢も自分からです。
自分は"いい気持ち"で終わっていると逆の結果になることが多いと思います。
佐藤さんは以前にも1、2冊頼んだことがあります。
その中でも「これが気功と武術だ!」は結構いろいろな人が読んで感動しました。
この時には、佐藤さんを連れて一緒に少林寺に行きました。
佐藤さんは、少林寺のものの中に染み込んでいる状態だった様で、
この本の編集は非常に感動したそうです。
最後は自分の努力と汗でいい結果になりました。
仕事に対しては、自分で努力して自分の体と心で向かい合います。
お金をもらうためだけや別のことを期待するということはありません。
だから、心身を投入し、肉体と精神が一緒に染み込んでその中に入ったら、絶対いい結果になると思います。
それから今日はひとつお知らせがあります。指導員IIIの内容を変更しました。
これは皆さんからの要望で、すべて少林寺のものにします。